第18話 黒い幕開け

 シイナについてお姉ちゃんに何と説明して良いかわからないまま、カルネージの本拠地である建物まで戻ってきた私。


 モンスター撲滅派の私達のアジトはシイナが住むアルハインの街から数km程離れた所にある廃城を拠点にしている。


 ここは以前、私の大嫌いなゴースト系のモンスターが住みかにしていたのだが、違う場所へ移動したらしく、ほぼ空き家状態に近かった。残っているモンスターも低級のモンスターが数体のみで、お姉ちゃん達が直ぐに片付けた。一匹残らず狩り、場所を奪う形で現在に至る。


 無論、私はここに定住するのは反対したが、お姉ちゃんから「絶対にモンスター・・・・・は出ないように対策してあるから」と説得された。


 お姉ちゃんの職業ジョブは以前、私と同じ操り師パペッティアだった。しかし、能力が爆発的に覚醒し、職業ジョブ転職へんこうがあって以降、人が変わったかのように口数が少なくなった。


 そして、お姉ちゃんが何に転職したのかは妹の私も含め誰も知らない。


 アジトに戻ってきた私はひとまず、街を襲う『存在外』の存在について説明しようと思った。


「あら……難しい顔をしているわね、ファナ」


 静かでいて、艶のある声。まつげの長いお姉ちゃんの眼は他者を誘惑しているかのような眼をしている。


 誘惑は幻惑に変わり、気づいたときには心の全てを取り込まれる。そうやってカルネージという団体は瞬く間に巨大組織となった。


「モンスターとは違う謎の生物が街やモンスターを襲っています」

「……そぅ。で、亜種テイマーの方は?」


 以外だった。

 モンスター関連の話をすれば、眼を皿のようにして『即抹殺』の言葉のもと、命を狩り取りに向かう対策や準備の命が下ると思っていた。


 確かにアルハインのギルド管理組合で

問題になっている『存在外』はモンスターかと問われれば、答えはまだノーだ。


 だからと言って、街の人間を襲っていた『存在外』を野放しにしていいのかという問いもまたノーだろう。


「亜種テイマーのシイナにんげんについては……」


 私の一言であの馬鹿シイナは抹殺対象になることが決定してしまう。


 『脅威です』と伝えるだけ。


 たった2秒程で伝えられる言葉。単純な事なのに私の口が無意識に制止した。


 なぜだろう。

 シイナの笑顔や行動が走馬灯のように私の脳内を駆け巡った。


 彼女の純粋な笑顔が私の思考を歪めた。


「あ、亜種テイマーは……『要観察者対象』です」


 私の回答を聞いてお姉ちゃんは黙ったまま此方に視線を合わせてきた。


 笑うでもない。怒るでもない。

 無表情の視線が私の瞳を刺激した。


「……殺さない根拠を教えてくれるかしら?」

「彼女は、テイムしたモンスターと不思議な関係を築いており、通常のテイマーの【指示】とは違い、【命令】のような高い拘束性を持たせたままを遂行させていました。彼女の操れるレベルが他のテイマーより高いのであれば……」


「『利用し、モンスター間で全滅するまで闘わせるよう指示することも可能』ってわけね。皆まで言わなくてもわかるわ……」


 ブラフだ。私がお姉ちゃんを言いくるめる事ができる筈がない。中身のない言葉に想いなんてない。お姉ちゃんが私の言葉を信じてくれる筈が……


「……良いわ。下がりなさい」

「……へ? 信じてくれるの?」


「実の妹を信じない姉がいると思って?」


 そう言い、空いたグラスの縁を指でなぞりながら不適な笑みを少しだけ浮かべていた。


 お姉ちゃんから信頼されているだなんてにわかには信じられない。お姉ちゃんは私の真意に気づいてもなお、シイナを殺さず利用したいと思ったのかもしれない。


 表情や言葉ではお姉ちゃんの本質を捉えることは何人なんぴとたりとも出来ない。妹の私でさえだ……


「あら、信用してくれないの? 疑り深いファナに、引き続きターゲットの監視を頼めるかしら?」

「わかったわ」


「……ねぇ?」


 再びアルハインへ向かおうと背を向けた私を呼び止めるお姉ちゃんの声。恐る恐る振り返るとお姉ちゃんは空のグラスを揺らしながらこう言った。


喉が乾いた・・・・・わ。お代わりを頼めるよう他の者・・・に伝えといてくれるかしら?」


 初めてだった。飲み物を運ぶくらい、私でもできるのに、敢えて私以外の『他の者』を強調し、私に運ばせないなんて……


 何故だろう。核心こそないが、今の言葉からお姉ちゃんと私の距離を感じたような気がした。


 それにモンスターと対峙しているかのような鋭い眼光を一瞬だけ私に向けた。『存在外』には一切興味を示さなかったのも気になる。


 玉座の間を出た私は厨房へと向かい、調理中の同士にお姉ちゃんからの伝言を伝えた。


「あの……お姉ちゃんが「喉が渇いた」って言っているわ。何か飲み物を頼める?」

「は……はい。わかり……ました」


 私の言葉に対し酷く怯えていた。何故彼が震えていたのか、わからなかった。


【お姉ちゃんには近づくな】


 カルネージ内での共通認識ではあるが、それは不用意にという意味で、お姉ちゃんからの要求であれば、そこまでかしこまる必要などない。だって、私達はカルネージという組織の同志なんだから。


 確かに私のお姉ちゃんのカリスマ性は抜群だ。誰からも尊敬され、そして慕われ。そして恐れられ……


 お姉ちゃんが立ち上げた、このモンスター撲滅派『カルネージ』は和気藹々とまではいかなくとも、同じ理念の下にそれぞれが熱く語り、そして一緒に行動してきた。


 だが、今はどうだろう。


 『お姉ちゃん』という言葉を聞くだけで、このアジトにいる全員が怖じけづいてしまっている。ここ最近になってかららそれは如実に感じるようなった。


 違和感を感じつつも、その場を後にした私はアルハインへと戻った。



ーーーーー


「お待たせしました。ラルディーリー様」


 広い玉座の間に厨房にいた男の声が虚しく響いたあと、ゆっくりと歩く足音だけがした。


 彼はワインボトルとグラスを運びラルディーリーのもとまで近づく。


「あら? ワインだなんて興味ないわ。貴方はもう知っている筈よ。それは貴方の最後の晩餐のみものとして召し上がりなさい」


 ラルディーリーは不適に笑った後、持ってきたワインを自分で飲むように催促した。


「ゆっくり……ゆっくり呑んでも良いのよ? 飲み終わったら、貴方は死んでしまうのですから」


 漆黒のダガーを彼の喉に近づけ、空のグラスを手にしながら心待ちにするラルディーリー。


「……可能であれば、一撃で殺していただきたいです」


 震えながら飲む彼。グラスに歯が当たりカタカタと何度も軽い音がしていた。


「それは駄目よ。噴き出したら上手くグラスに注げないじゃない」


 そう言うと彼の腕を優しく這わせている。彼女の指は踊るように移動させた後、持っていたダガーでゆっくりと傷つけていた。


 抉るでもない。傷口を広げるでもない。


 滴る紅い液体をグラスに注ぐに十分な傷口のみを作りだしていた。


「まさか妹から『要観察者対象』と言うとはねぇ……観察だなんて、流石は血の繋がった姉妹……血は争えないわ」


 テイスティングするかのようにグラスを揺らし、貯まった紅い液体を眺めながら、ラルディーリーは静かに笑っていた。


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