第17話 洞窟で存在外と遭遇

「あんた、もう少し離れなさいよね?」


 私は何度もシイナに忠告するが、当人は『えへへファナちゃん、ぬくぬく~』と甘えた声で私の身体に寄り添って座っていた。


 ここは現在地下4層。私達の住む街アルハインから北に5km先にあるナーガイヤ洞窟までやって来ている。



 洞窟へ向かう道中にシープボルトの群れにも遭遇したが、不思議と襲っては来なかった。


 それもその筈。先頭を行くスライムを見て怖じけづかないシープボルトがいるわけがない。いたらそれこそ亜種よ。シイナと同じで脳内のアドレナリンが有らぬタイミングで溢れ出ちゃう、変人・奇人の類いだわ。


 怯えた眼をする個体もいれば、それでもシイナに近づき撫でられたがっている個体もいた。


 不思議な光景だった。テイムしていないモンスターと人間が戦闘以外の交流が存在するなんて。


 強者のオーラに引き寄せられた個体なのか、それともシイナを求めて近づいて来たのかはわならないが、シイナは敵ながらも『流石はテイマー』と言ったところだ。


 以前の私なら、近づくモンスターが現れたら問答無用で魔法で殺すか人形達に闘わせるさの2択だっただろう。


「ファナちゃん、飲み物もありがとうね~」

「あんたねぇ、遠方への探索には最低限の食糧は必要不可欠よ。いつも日帰りで街に戻れる低レベル依頼クエストとは違うのよ」


 そう忠告したが、違うのは私の考えだ。シイナは最低ランクの駆け出し冒険者。素人同然の彼女を遠方の、それもモンスターが犇めく洞窟の探索という上級冒険者のギルドが受け持つような内容をさせている。無知で当然だ。


 だからってポーションガブ飲みしていい理由にはならない。


「てぃ」

「いたっ。凄いファナちゃん! 視ていないのに、私がこっそりポーション飲むのよく解ったね、凄い嗅覚!!」


「勘よ勘。匂いマニアのあんたと一緒にしないでくれる?」

「マニアだなんてそんな~えへへ」


「……褒めてないわよ」

「でも、ファナちゃんの匂いはだいたいマスターしたよ、えっへん」


 ……はぃ?


「いつ……嗅いでいるのよ? 背負ったあの時くらいでしょ?」

「んへ? 四六時中だよ?」


「しろく……はい?」


「うんっ! 寝てる時も、お話ししてる時も! 部屋の匂いも、タンスの中も、お人形さんも、片っ端から『くんかくんか』してるよ?」


嗅ぐカグヤマしいなシイナ!! 詫びなさい!詫びなさい!!詫びなさい"い"」


 常識とかそんなレベルの話ではい。シイナがテイマーで無くても、あやめるべき対象であることはわかった。


「やっぱり、怒るよね? ごめんなさい……今はライムちゃんにファナちゃんの匂いを再現できるか交渉中だから、次からはそっちを嗅ぐね……」

「はい?! ちょちょ……え?」


 私はスライムの元に直ぐに向かい抱き上げた。


「こら。亜種ライム! あんた、まさかシイナの提案を素直に聞く馬鹿じゃないわよね?! 勿論断るわよね?!」


 流石のスライムも、シイナの提案には困っていたようで、頷いてくれた。


「わぁああ! ファナちゃんがライムちゃんの事を初めて呼んでくれたぁ! しかもあだ名で!『亜種ライム』って『阿修羅アシュラ』みたいで格好いいね、良い……センスだよ」

「あんたは黙ってなさい"!!」



 シイナは、希少種のスライムを従わせている亜種テイマーだ。スライムは姿、形を変えるBOSS級の化物であり、兵としては申し分ない。


 が、匂いを再現させるだなんて、とんだ変態的活用じゃない!!


 モンスター撲滅派の私にとって、邪悪であるモンスターを生かしたまま行動する『テイマー』は殺すべき対象である。その為に今も尾行しているのは紛れもない事実。


 そして……


 近づき過ぎなのも事実っ! 隙あらば私の香りを楽しんでいる様子。私に鼻を近づけては毎度幸せそうな顔されるのが、余計にかんに触る。私ってそんなに臭うのかしら……。


「さっさと食事済ませたら向かうわよ」


 おもむろに立ち上がった私。暖を取る為に2人の膝にかけていた上着が地面へファサりと落ちた。


「んぇ~!! もう出発するの? これ以上階層はないから、存在外がいるとすればこのエリアなんでしょ。ファナちゃんはここにくるまで、モンスターいっぱい退治して疲れてるんじゃない?!」


 そう。シイナはいつもこうだ。

 自分の事より相手の事ばかりを心配する。


 大蛇サーペイントに襲われかけた際も、なりふり構わず私なんかを助けようとしていた。


 初心者冒険者でお人好しだなんて、危なっかしい存在以外の何者でもない。


 シイナは抹殺するべき対象なのか。

 それとも、保護すべき対象なのか。


 今までモンスターに絡む案件で迷うことなく遂行してきた私にとって初めて悩む案件だ。


「平気よ……魔力が枯渇しないうちに急ぐわよ」


 私は些細な嘘をついた。魔力量を誇る私が枯渇するなんて自体ここ数年は起きていない。


 洞窟の最深部は灯りが無く暗闇になっていた。ダンジョンや洞窟内を照らす輝鉱石も僅かに点在しているだけで、ほぼ暗闇に近い状況。


 流石にこの状況で探索は厳しく、灯り取り用として炎系魔法を現在は永続発動中ではある。


 だが、暗い階層もここだけ。

 逃げ隠れする存在外の正体を暴き、場合によっては仕留める等の動きをするだけの余裕は十分にある。


 私は数多くの死線を潜り抜けてきた上級冒険者だ。私さえしっかりしていれば、シイナの動向を注意しつつ、やりきれる自身も持ち合わせている。


 休憩後、奥へ進んでいると広い空間に到着した。


「ウァ……ウァ…」


 小さな呻き声が聞こえてきた。瀕死の小動物が必死に息をしているかのような声。か細く、そして憎悪にも似た声のようにも聞こえた。


「敵……かしら」

「私達が索敵するよ。ライムちゃん!」


 シイナの声に反応した黄緑色のスライムは 頭付近の突起部を電波塔かのように光らせていた。


「……キュ!」

「ファナちゃん、左後方!!」


 ここは素直に従い、魔法を詠唱しながら反転し、氷属性の攻撃魔法を放った。


「ウ"ァ……」


 呻き声は苦しさも感じる。どうやら私の攻撃が幾分か当たったようね。


「凄い、ファナちゃん。的確」

「方向さえわかれば、潜んでいる地点くらい特定できるわ。ほら逃げたわよ」


 黒い物体は液状化し、散らばったかと思えば、集合し球体になったまま、ピシャり、ピシャりと着地する度に音をたてながら移動していた。


 生物のようで液体でもある。謎の物質……あれが名の通り『存在外』なのだろう。



「あの一撃を受けても動いているわ。気を付けなさい」

「キャアアア……」


「シイナ?!」


 声がした方向を見ると、黒い液状の物体が人の形になっていた。聞こえてきたのは紛れもなくシイナの声。


 私が余所見しているあいだに、存在外に襲われているようだ。


 私は風魔法をすぐ詠唱し、近づいてシイナの身体をすっぽり覆っていた黒い液体を吹き飛ばそうと近づいた。


「待ってて、今助けるか……」

「待ってファナちゃん。それ、私じゃない!!」


「えっ……」


 別の場所からシイナの声が聞こえてきたので、我に返る。確かに、シイナが存在外に襲われている過程を私は目視していない。


 もし、『存在外』はシイナの声を操れるとすれば、この人型の液体はシイナではなく……


 ーフェイクー


 私は直ぐに距離を取ろうと離れたが、存在外は触手のように伸び、私の右脚に一部絡みついた。


「やめっ……あつ……い…」


 振り払おうと必死に脚を左右に振ったが、纏わりついた黒い液体は離れない。急激に意識が低下するのを感じた。


 抵抗する力が抜け落ち、膝から崩れそうななったとき、声がした。


「ファナちゃん!!」


 シイナの声だ。気がつけば私の脚から黒い液体は離れており、逆に黄緑色のスライムが纏わりついていた。


「しっかり、ファナちゃん!」

「……モンスターが嫌いなのに、存在外に掴まれ、そして次はスライム? 何の罰ゲームよ……」


 悪態はついたが、私にはわかった。このライムは治癒術を持ち合わせており、負傷した私の脚を治療してくれていることに。


 振り払おうとも思ったが、何故か実行に移せない私がいた。


「あの存在外、街で遭遇した個体と違い冗談抜きでヤバいわ。一旦地上に戻った方が賢明よ」


 その時、私は指先が軽くなったのを感じた。常に魔法の糸で人形達を操っている、私の指先。するりと解除された事に事の重大さを思い知らされた。


「まずいわ、シイナ!! 灯りがあるうちに早くここを……」


 脱出するべきだった。

 存在外が私を騙し、脚に取りついたのは攻撃でも何でもなかった。私の魔力を吸収ドレインする為の行動。


 灯りを必要とする私達の視界を奪う為の緻密に練られた策。私達はまんまとめられ、いざなわれたのだ。


 暗闇という破滅の沼へと。


 私の魔力が枯渇した今、トーチ代わりに永続詠唱していた炎系魔法も消え、そして人形達も操れなくなった。


 シイナがどこにいるかもわからない。既に存在外に取り込まれ殺されているかもしれない。


 私が何とかしなきゃ。

 しかし、暗闇のこんな状況でどうやって。


 魔物か、動物か、生物かさえまだわからない謎の存在外に私は殺されるのだろうか。


 モンスターに殺された私のお父さん、お母さんみたいに……。


 私の呼吸が荒い。絶望で心さえ暗闇に支配されそうで瞼さえ重たく感じてきた。全てを諦めようとした瞬間、


 溌剌した、あの馬鹿の声がした。


「わぁ~真っ暗! じゃあ次は私が明るくする番ね」


 声がした方向を見ると、薄い黄色のオーラに包まれたシイナの姿があった。オーラは電力を帯びているのだろうか。小さな雷がパチパチと音をたてながら纏っていた。


 シイナがテイムしているモンスターの能力を使用する際に、色のあるオーラを纏う事は知っている。だが、彼女がテイムしているモンスターのうち、黄色は蜂型モンスター『キラービー』だけの筈。今みたいに発光する程の光はなかった。


「すごーい、羊さんの能力は雷なんだぁ~綺麗で明るい~」

「な、シープボルトの事?! あんたテイムしてないじゃない」


「ほ? 確かに本当だね。なんで使えたんだろう。羊さんの匂いは憶えたから、使えたのかな?」


 人間がテイムしたモンスターの技をトレースする。それだけでも、シイナの職業ジョブ亜種テイマーは驚異的だ。


 だが実際はそれだけではない。テイムしていないモンスターと触れあうだけで、特性すらトレースできるとしたら……


 間違いない。シイナは要注意観察者だ。


「えっと……いたっ! 存在外。羊さんを襲った犯人! 匂いもしないし、ついでにファナちゃんを襲う悪い物体は私が退治するんだから!」


 私はついでですか。

 モンスターより順番は下ですか。

 えぇ、そうですか。


 大蛇サーペントに続き、今回も死にそうになったが、シイナに助けてもらう形になってしまった。


 煌々と光りシイナを纏うオーラ。鈍よりとした空気を一瞬にして変えた才はまさしく本物だ。


 対して、暗闇を喪い炙り出されたかのように存在外が一体。光を恐れているのか、こちらに近づこうとせず、威嚇をするに留まっている。


「じゃあ、ビリビリっと行きましょうか。羊さんを怖がらせた罪は償ってね?」


 痺れを切らして先に動き出したのは存在外の方だった。まるで猫に追い込まれた鼠かのように、黒い鋭い牙を出現させシイナを噛み殺そうと飛びかかってきた。


 シイナは電撃を指先に集めているようで、親指と人差し指を立てている。独特な指の形を作り、人差し指の先の延長線上に存在外が位置している。


「1度やってみたかったんだよね、狙撃」


『バンッ』というシイナの合図に合わせて、電撃を帯びた一筋の光線が目にも止まらぬ速さで駆け抜け、存在外を貫いていた。


「速っ……」


 いや、速いなんて速度ではない。指先に電撃を集めるまでの時間はかかっていたが、指先から放たれた光は、私の目視の限界を越えていた。


 シイナがシープボルトから浴びていた電撃は微弱な攻撃だった。しかし、シイナは浴びた電撃をトレースし、そして自分なりに出力を上げたようだ。


 まともに攻撃を受けた存在外は跡形もなく消えた。


「ファナちゃん大丈夫?」

「えぇ」


 そう。スライムに治療してもらった脚は完治しており、アザひとつない。


【モンスターが回復を施す】


 私はこの事実を目の当たりにしたが、素直に受け入れる事は出来ずにいた。


 シイナが洞窟内に潜む存在外を倒した瞬間、辺りを包んでいた黒色の霧が晴れた。


 輝鉱石も本来の輝きを取り戻し、最深部も少しだけではあるが灯りを取り戻した。


 残りのモンスターに注意しつつ、私達は街を目指した。

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