第16話 亜種テイマーとの遭遇

 私としたことが不覚だった。野蛮なモンスターを操る人間テイマーだなんて、ガサツで不潔で近寄りがたい存在だと思い込んでしまっていた。


 聞き込み調査の場合、嗅ぎ回っているのがテイマーに知られてしまう懸念があった為、独自に調査を行いつつ、対象者を発見し次第、殺害する算段ではあったが……


 誤算が過ぎた。


 まさか、知らずうちに一緒にギルドメンバーとして闘い、私の寝泊まりしている場所まで案内し、朝食を食べながら街の異変について作戦を立てあったシイナが亜種テイマーだとは……。


「ファナちゃん~。この子も凄くモフモフでくんかくんかし放題だよ」


 殺すべき対象である亜種テイマーのシイナは現在、嬉しそうにモンスターの身体に顔を埋めて涎をたらしていた。


 彼女が嗅いでいるモンスターは羊型モンスターのシープボルト。体内に雷系の力を蓄積し、危険を感じた場合に、ごく稀ではあるが雷系の範囲攻撃を行う事がある。


 比較的温厚なモンスターではあるものの、人間に懐くまで友好的ではない。


 そんなシープボルトの群れを見つけたあの馬鹿は、嬉しそうに近づいては無防備に顔を埋めに単独で乗り込んでいた。


「あんたねぇ……並みの冒険者なら今頃感電死してても不思議じゃないわよ?」

 

 そう。シイナの肩には上級モンスターで、かつ亜種の色違いスライムが。


 シープボルトの群れは、スライムの存在に恐れおののいており『どうか穏便に、何事もなくこの人間達が、僕達シープボルトに飽きてこの場から早く去りますように』と願いつつ、迷惑そうな表情を浮かべつつも嗅がれる事を受け入れていた。


 シープボルトの浮かない表情と、まるで新しい玩具を与えてもらった子どもかのように屈託ない笑顔を見せるシイナのアンバランスさがなんとも言えない。


 目の当たりにした私は、彼女を注意することも殺害する気も今は削がれてしまっていた。


「いやいや、ファナちゃん。私はわかる。この羊さん達は私に嗅がれたいから大人しいんだよ、きっと」


 何がテイマーよ。まだ従えてもいないモンスターを己の欲望を満たす為だけに接触するだなんて。


 あんたの方がモンスターよりモンスターじゃない。


 このシープボルト達は、存在外の影響により生息地から逃げるように走りまわって来たようで、現在はこのアルハインの街の入口付近までやって来ていた。


【乱入間近のモンスターを街から追い返せ】


 今回私達が選んだ依頼クエストであり、この案件が片付けばお姉ちゃんにシイナの情報を伝えに帰るつもりだ。


 そう。この依頼が一番簡単な内容であり、さっさと済ませるつもりだった。


 今住んでいる部屋代さえ稼いだら、直ぐに契約解除してこんな街から去る予定だったのに……


「あんた、目的を見失っているわよ。匂いを嗅ぐ為にこんな依頼受けたわけじゃないからね」

いじょーぶ。後でファナちゃんもくんかくんかしてあげるから、嫉妬しないでね~」


「するかぁあああ!!」


 この者は本当にただ者ではない。私が操っている人形達も被害に遇っているらしく、私の元までいそいそとやって来ては怯えるように震えてた。


 犯人は勿論シイナだ。問い詰めていた際、不馴れな口笛を吹きつつ誤魔化そうとアルハインの空ばかりを見上げていた。


 スライムさえいなければ……スライムさえテイムしていなければ、今すぐあんな奴、私の魔力で如何様にでも出来るのに。


「ファナちゃん!! この羊さん達、存在外の存在を知っているって!」

「ちょちょちょっと! あんたなんでモンスターの言葉なんて理解しているのよ?!」


「んぇっと、羊さん達嗅いでいたら【レベルアップ】ってピコンピコンうるさくて……気づいたら、ライムちゃんの言葉がわかるようになっていたの」


 ……はぁ?

 何言ってるのかしら、このモンスター娘は。行動も理解できないし、言葉の意味もわからない。


 確かに、私達の職業ジョブレベルや身体能力のレベルが上昇すれば、ピコンと音が鳴る。これは、職業を授かった影響で音が聞こえるようになる。神官は「神からのお告げの音です」なんて言っていたけど、胡散臭い話は私は好きではない。


 それにしても……だ。


 モンスターと戦闘を行っていない今、シイナがレベルアップするのはおかしな話。


 私は視力強化、聴力強化のバフ魔法を自身に施し、注意深く彼女を観察した。


「あぁ~この匂い……お日さまの匂いと葉っぱの匂いがしていい香り……くんかくんか」

「メ、メェ……」


 あぁ、私って今何しているんだろう。


 困っている無抵抗のモンスターに対し、全力で匂いを堪能している変態を間近で観察している。


 端からみれば、私達って滑稽の産物だろう。私だったら先ずもって関わろうとせず目線を合わせようとさえ思わない。


「くんかくんか……」

【レベルアップ】【レベルアップ】


 ……え?


「この部分、柔軟剤みたいな匂いする~」

【レベルアップ】【レベルアップ】


 ……ちょ。


 私は半獣人。聴力は人間なんかより性能は抜群に高い。聴力強化もしているから尚更感度は高い。


 確かに聞こえた。耳鳴りで無ければ、ピコリンって。レベルが上昇した際に聞こえる神のお告げ音が。


 でも、違和感だらけ。何故、経験値を得ているのよ。だって、嫌がっているモンスターは……死んでもいないし、スタミナキルで気絶もしていない。


 モンスターに触れるか触れない微妙な距離感で匂いを堪能しているシイナを見て、とある事実に気がつく私。



 経験値の取得方法は大きくわけて3種類ある。


 1つは、モンスター等を討伐した際に得る方法。冒険者の大半がこの方法により取得している。そして2つ目は、無力化させた事による方法。


 モンスターの息の根を止める以外の方法により、無力化させた場合に得る。気絶させる、もしくはテイムにより懐柔させたタイミングだ。


 そして最後のパターンは、先程の2例と種類が異なる。野生のモンスターの攻撃をギリギリで回避した場合により得る方法だ。


 掠りグレイズと呼ばれ、かする度に僅かな経験値を得ることが出来る。ただこれは、偶然の産物による取得方法であり、誰も掠りグレイズ目当てで野生のモンスターをギリギリで避けようとする馬鹿はいない。


 目の前にいるシープボルトは確かに野生だ。まだテイムもしていないし、懐柔……までは至っていないのだろう。


 そして、あの嗅ぎっ娘シイナ掠りグレイズの性質については理解していないだろう。『嗅ぎたい』という欲望の赴くままに、ただひたすらに嗅ぐ。


 シープボルトも電撃を発生し、シイナを幾度も追い払おうとはしているが、スライムに怖じけづいているのか、微弱な電撃程度で留めているのだろう。


 シープボルトからの攻撃は最小限にとどまり、掠りグレイズとして処理されている結果、シイナに対し謎の経験値だけが無駄に発生し続けているようだ。


 恐らく、シイナは亜種スライムと遭遇したときも、今と同じように至近距離で嗅ぎまくり、掠り判定が発生した影響で莫大な経験値を得ているのだろう。


【嗅ぐだけでレベルアップ】


 モンスターとの超至近距離を好むこの馬鹿だからこそ出来る芸当ってわけね。


 余りにも馬鹿馬鹿しく思った私は言葉を忘れ、ただ見つめることしかできなかった。


「それで、シープボルトはなぜご丁寧に『存在外』について教えてくれたのよ?」


「メェ~」

「キュ」

「ほうほう」


「メェ~、メェ~」

「キュ」

「あらっ」


 ……このやり取り、私観察しないと駄目かしら? 大嫌いなモンスター2匹に、モンスター語の意味を少しずつ理解し始めたシイナ。


 日に日に私の存在がちっぽけに思えてくる。憎んでいるモンスターと接触する機会が増えてしまっている私。モンスター撲滅派のNo.2としては非常識な事だ。


「わかったよ、ファナちゃん!」

「あっそ……一応聞いてあげるわ」


 するとシイナはキラキラした眼でこう言った。


「洞窟に暴れている存在外がいるから退治してほしいだってさ」


 肌触りと匂いを散々堪能したシイナはシープボルトの群れを解放した。重い枷を外されたかのように喜びを表現した羊達は、1秒でも早くシイナの元から離れたくて、すぐに私達の目の前から消えて行った。


 私とシイナはギルド管理組合に報告する為、一旦街へ戻ったのだが、出発したときと雰囲気が変わっていた。


 どうやら存在外である黒猫がまた別の場所に現れたようで街の人が怪我をしたとの事だった。


 モンスターから得た情報に流されるのは本意では無いが、モンスター撲滅派の私からすれば、人間が安全に暮らせる世界を作ることが目的だ。その為のモンスター狩り集団。


 存在外を処理することで、暴れ狂うモンスターの数が減るのであれば、カルネージの活動理念と合致する。


 シイナに関する情報を早くお姉ちゃんに伝えたいが、ここはシイナと共に洞窟へ向かう方が得策だと判断した私は、存在外がいるとさる洞窟へ向かうことにした。



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