第15話 正体に気づいたときは無防備な匂い?

「さぁ、行くわよシイナ!!」


 一段と気合いを見せるファナちゃん。威勢は良いのだが、気合いの入れ直しはこれでもう13度目である。


 ファナちゃんは私の背中を押してくれるのだが、必死になっているファナちゃんの表情を嗅ぎたい私との一進一退が繰り広げられており、このまま平行線を迎えれば次で14度目の再出発となる。


【散らかった宿屋の補修補助を完遂させよ】


 堅苦しい依頼書のタイトルではあったが、要約すると、宿屋のオーナーがビックリした拍子に階段から転けて怪我をしたので、オーナーの替わりに残りの業務を手伝ってほしいとの内容だ。


 この宿屋は、私が現在寝床にしている宿屋であり、私の他に利用者は殆どいない。しかし、完全に私独りというわけでもない。ただ、私のように長期滞在者は他におらず、オーナーさんとも仲良しになった。


 オーナーの手伝いをすることで、私自信も身を助ける一手になることは間違いはない。


 ファナちゃんと引き続きギルドを組んだまま今回の依頼を受けることにした。


「おぉ。シイナちゃんがこの依頼を受けてくれたのかい。それは助かるなぁ」

「おじさん、もう階段から転げ落ちたりしちゃ駄目なんだからね?」


 松葉杖を使用していたので見た目からは大怪我のようだが、オーナーの顔色を窺う分には元気そうで安心した。


 オーナーの話では夜間見回りの際に物音がしたので近づいたとき、黒い物体が急に動いたとのこと。びっくりして慌てて逃げようとした際に階段を踏み外したらしい。22段ある階段を転げ落ちるとか非常にSHOCKである。


 巷を賑わせている『存在外』関連かどうかは定かではないが、被害者であるオーナーが動く黒い物体の正体をしっかりと確認できていない状況から、依頼書としては『存在外』の準関連案件として取り扱われていた。


「何よ、驚いた拍子に怪我してたんじゃ宿屋のオーナーとして失格じゃない。ちゃんと補助手すりでも付けなさいよ」

「あっはっは。お嬢さんのいう通りだ。宿屋ここの評判が落ちて冒険者さんが泊まらなくならない間に是非そうするよ」


 他愛もない会話から始まり、オーナーの困り事を手伝うことにした。


「よっ……え、何これ重っ……」

「ファナちゃんはお人形さんの操作は凄いけど、力仕事になると困り顔だね」


ったり前でしょ?! 普段から身の回りの世話は操る人形にさせているんだから、自分から動くわけないわ。私が疲れると人形達の作業効率も同時に落ちるから非効率なのよ」


 部屋にあった人形やぬいぐるみは全てファナちゃんが操る用だった。職業ジョブ操り師パペッティア』であるファナちゃんにとって、大事な働き手である。ファナちゃんの家に行って直ぐに人形の匂いを嗅いでいたら、猫のぬいぐるみさんに尻尾でビンタされたのだが、あれもファナちゃんが操っていたのだろうか。


 さて、ファナちゃんの愚痴を聞き流しつつ依頼内容を淡々と終わらせる私達。思えば、ギルド管理組合の依頼書の内容の殆どがモンスター絡みか、モンスターが生息している近辺での採取系が多い。今回のような『人助け系』は案外少なく新鮮だ。


「にゃあ~」

「ひゃ……く、黒猫?! 何よ、あのオーナーもしかして、黒猫に驚いて転んだんじゃないでしょうね。んもぉ、街の人間って本当にのんびりし過ぎなんじゃない。でも、案外可愛いじゃない」


 ファナちゃんは言った。黒猫と。

 違和感が、私の体内を駆け巡った。


 偽りなんてこの世に無数にある。偽りを本物だと誤認すればそれは姿をがらりと変え……本物になってしまう。


「ファナちゃん、下がって!!」

「何よ」


 蓄積していた情報は私を裏切らない。勿論、過信せず真実かどうかを見極め、そして記憶する。


 そして、現状と照らし合わせる事で嘘を炙り出す。


『この宿屋に猫なんて存在しない』という事実を。


 一見、愛くるしい姿を見せていても、それは偽り。私達を欺く甘え泣きだ。狡猾でいてそしてしたたか。強者が弱者に見せる笑みだ。


「ライムちゃん!!」


 姿を消し、息を潜めていたライムちゃんは私の声に反応した。全てを指示しなくても、私達は繋がっている。


 ライムちゃんは身体を膨張させ、ファナちゃんを護るかのように覆ってくれていた。


「スライム?! 街中でこんな化け物が潜んでいただなんて……そうか、コイツが『存在外』の正体ってわけね……厄介ね」

「違うよ、ファナちゃん! 猫の方が敵だよ」


 最初は混乱していた様子のファナちゃん。だが、ライムちゃんに戦闘の意志が無いことを悟ったようで、ライムちゃんを警戒しつつ彼女の視線は狼狽うろたえつつも黒猫へと移されいた。


 そして気づく。黒猫と思っていた物体から無数に黒色の針が出現し、ファナちゃんの身体を狙っていた事に。全てライムちゃんの身体に取り込むことで、ファナちゃんは掠り傷一つ無く事なきをえた。


「どういう事よ! 野生のスライムと、黒猫あっちが街中で縄張り争いでもしているわけ?! それに今の動き、スライムが半獣の私を助け……た?」


 ファナちゃんは詠唱を何度も試み、闘いに応戦しようとしていたが、黒猫から放たれる攻撃の間隔は極端に短かった。詠唱を完了させることは無く、攻撃から避けることで精一杯の様子だ。


「ファナちゃん、下がって!」


 私は青色のオーラを纏い、全速力で黒猫まで間合いを詰めた。右指先にオーラを集中させた私はファナちゃんを狙っていた黒い針を全て破壊した。


 正確には、衝撃波を当てて粉砕した。


 牙に全精力を集め、全てを砕こうとしたあの大蛇さんのように。


「あんた……その力って、ダンジョンで遭遇したBOSS『サーペント』とそっくりじゃない……」


 黒い粉が空気中を舞い、全ては無になっていた。残りはあの黒猫だ。


 黒猫に接近したことで、初めてわかったことがあった。


『この黒猫には匂いがない』と。


 匂い好きな私は、匂いに敏感だ。これまで数多の動物さんの匂いを嗅ぎ、この世界に来て遭遇したモンスターの匂いは全て体内に吸引した筈。


 だから、わかる。


「この黒猫は『モンスター』じゃない」

「モ、モンスターじゃないって、どういう意味よ?!」


「匂いがしない。まるで生きていない……存在していないかのような物体」

「ま、まさか、この黒猫が『存在外』って言うの?!」


「わからない。捕まえてみないと」


 宿屋の中を駆けながら逃げようとする黒猫。サーペントだいじゃんの能力を纏って追いかけているが、速度としては同等、若干こちらが速い。


 廊下にあった観葉植物をなぎ倒し、行く手を阻みつつ逃げる黒猫。


「残念、そっちは行き止まりなんだよ」


 窓も部屋もない。完全な袋小路への誘導に成功した私。遅れてファナちゃんもやって来た。


「やっと黒幕を捕獲できそうね」


 小型モンスター捕獲用の虫取り網を持つ人形も2体。ファナちゃんが操る、頼れる助っ人のフランス人形ちゃん達だ。


 私も体内のマナを更に消費し、青いオーラを濃くした。


「チェックメイトかな、存在外さん」


 息を合わせ、黒猫に向かった私達。捕獲してローガン組合長さんに引き渡そうと考えていた瞬間、信じがたい光景を目の当たりにした。


 黒猫だった物体は、床に映る自分の影へ溶けるように姿を消したのだった。


「き、消えちゃった?! ライムちゃん、索敵お願い!」

「キュ」


 高性能索敵スキルを使用したが、ライムちゃんは身体全体を使って横にプルプルと震え『いない』事を表現してくれていた。


「あ、あんた……」

「ごめんね、ファナちゃん~。存在外逃がしちゃったみたい」


「いや、そうじゃ無くて。あんたの職業ジョブってまさか……」

「あ、そう言えばファナちゃんにはまだ伝えてなかったね。私、テイマーだよ。亜種テイマーなんだって」


 私がそう伝えると、ファナちゃんは驚いた表情に似た顔でこちらを見つめたまま、フリーズしていた。


 立ったまま失神しているかのように止まっているファナちゃん。とりあえず、まだ嗅いでいない箇所を嗅ぎつつも、ファナちゃんに異常が無いか確かめたが無事のようだ。


 あぁ良かった、無事そうで。

 あぁ良かった。おんぶの際に嗅げなかったふくらはぎの匂いを嗅げて。


 細い腕の匂いとはまた違う。アキレス腱よりやや上に位置するヒラメ筋から香る甘い匂い。そして、膝の裏にあるくぼみの部分の匂いは最高だった。私はここを『脚のわき』と勝手に呼んでいるのだが、この無防備な箇所を嗅ぐのが堪らないくらいに好きだ。


 私の職業ジョブを聞いて何故ファナちゃんがフリーズしているかは定かではないが、ファナちゃんの無防備な脚の脇を堪能できて、私の心模様は定かだった。


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