第14話 ドアの開閉は無限ループの匂い?
「よく寝たぁ~~おはようファナちゃん」
「あんたねぇ……暢気に挨拶してる場合じゃないでしょ? 朝になったんだからギルド管理組合の事務所へ向かう準備始めなさいよね」
見慣れない天井に見慣れない壁。
そして、可愛い黒い猫のぬいぐるみがきちんと列べられている、いかにも『女子の部屋っ!』と言った感じだ。
異世界に来て以降、私は宿屋暮しが続いていた。ベッドにテーブル、以上!! という殺風景の代名詞かのようなお部屋づくりで何日も生活していたので、部屋感のある場所は新鮮。まるで、現実世界に帰ってきたかのようにさえ思える。
そして、ファナちゃんの匂いがする毛布にくるまって寝るひとときは本当に最高でした。至福の時そのもの。
この毛布テイクアウトしたいのですが、おいくら万円ですか? 自分で持って帰るので半額にしていただけませんか?
そして、昨日部屋に訪れた時からずっとファナちゃんの匂いがしていたので、私は過呼吸になりそうでした。
ファナちゃんの部屋の酸素の殆どを私が吸引したのではと思うくらいに。大きなビニール袋があればファナちゃんの部屋の空気を入れて持って帰りたいくらいだ。
しかし、残念なことに異世界にビニール袋は存在していない。
「で、今日は何するんだっけ? お部屋の中で寛ぎタイムをエンジョイするんだっけ?」
「はぃ? 違うわよ!! 街の異変の調査に決まっているでしょ? 異変がモンスターであれば即排除!! 昨日の夜、あんたを招いて何のために私の部屋で作戦会議したと思っているのよ?」
そう。昨夜の言動でファナちゃんの弱点に気づいてしまった私。どうも『オバケ』が苦手らしく、一人住まいのファナちゃんは心細くて私を招いたらしい。
『あんたが良ければ、その……泊まりなさいよ?』と言われたときは、流石に興奮した。
ファナちゃんが寝静まってからは、くん活のゴールデンタイムに突入した。部屋の匂いを何度も味わいたくて、夜な夜な『玄関の扉を開けて一旦外に出て、そしてすぐに部屋中に入る』を永遠に繰り返した。
入退室を繰り返す事で、ファナちゃんの部屋の匂いを何度も新鮮な気持ちで味わえることが出来るのだ。
タンスに顔を埋めるでもない。
本人に近づいて直接嗅ぐでもない。
折角、ファナちゃんが寝ているのだ。部屋全体の匂いを長時間楽しめる大胆な策を実行したいじゃないか。
端から見れば、入ったり出たりするだけの行為は非常に怪しい。ゲームのNPCでさえそんなバク行為的な動きなどしない。
はっきり言って目立つ。だからこそ、人目につかない夜中にするべきなのだ。
「あんた強いから絶対に私より先に寝ないでよね」と忠告されていた。その言葉に従い、寝息を立てているファナちゃんの匂いも堪能しつつ可愛い寝顔をガン見していたのは、もはや語るまでもない。
「街の異変が解決しない限り、私独りで寝られないじゃない」とぷんすか怒りつつ、身支度をするファナちゃん。
用意してくれていた朝食を堪能したあとはギルド管理組合へと向かった。
「あ、おはようございます、シイナさん! 昨日はダンジョンへ出発して以降、お二人ともお姿が見えなかったので心配してたんですよ」
私達の顔を見るなり、一目散にこちらに来た受付嬢のアーリエさん。目覚めのファナちゃんからの出勤してアーリエさんの匂いにバトンパス。匂いを嗅ぐだけでレベルアップしそうな気がする。
「えへへ~心配かけてごめんなさい、これが報酬の輝鉱石だよ」
「えっ? この輝鉱石、純度が高過ぎませんか。ダンジョンの奥深くまで行かないと採掘できない程の代物ですよ?」
「その通りだよ、アーリエさん。あ、そうそう、あとこれも拾ったんだけど、使い方良くわからなくて、アーリエさんに聞こうと思ってて」
私はアイテムストレージから紋章入りのコインをアーリエさんに手渡した。
「こ、これ大蛇サーペイント討伐の証じゃないですか! まさか、2人でダンジョンのBOSSと闘ったのですか?」
「えぇ。しかも、この能天気Fランクのこの娘が一撃でね」
「いち……げき?」
呆れた口調のファナちゃんに、無謀な闘いをしたことを
「わっはっは! 毎度毎度、騒ぎを起こしてくれるじゃないか、シイナ君!!」
背後から現れ、私の肩をポンと押しつつ豪快な笑い声で場の雰囲気を変えてくれたのはローガン組合長さん。
「あの
「うん、ファナちゃんにおんぶしてもらいました」
「ダンジョン主を一撃で倒した英雄が担がれ帰還? がっはっは!! 朝から最高じゃないか」
笑い飛ばされる私。ギルド管理組合の受付フロアにいた冒険者全員に聞かれちゃう程の大きな声で笑われるので、とても恥ずかしい気分になった。
私を見ながらヒソヒソと話を始める冒険者さんもいるし……早く帰りたい。
「注目されるの私苦手なんです」
「FLアタッカーだ。素直に視線は受け入れなさい。それも強い冒険者の務めじゃぞ?」
「ほ? エフ……エル?」
「
褒められ……てない?
「冒険者は臆病な方が長生きできる。シイナ君は、ファナ君の戦い方を参考にした方がいいと思って、君たちでペアになってもらったのさ。立て続けに依頼が殺到しておるから、
「そう! オバケっ!! 街のオバケはどうなたのよ?」
喰い気味で話すファナちゃん。隠していた尻尾がピーーンッてなってますよ。モフモフ、ショリショリ、くんかくんかしてもよろしいですか?
「はて、オバケ? ゴースト系の依頼なんかあったかのぅ?」
「しらばくれるんじゃないわよ、私ちゃんと遭遇したわ! 冷たいのが私の身体に……ハニャアアアアア"!!! って、シイナ!! あんた、なんで今私の尻尾を触っているのよ?!」
全力で叩かれた私。しかし怯まない。透明化したライムちゃんのご好意により、私は今ダメージを受けた瞬間に回復をしている。
いくら殴られようとも私はやめない。この匂いと肌触りを全力でお護りしたい。紫外線という脅威から、そして外気から。
ふんわりしたモフモフ……
お布団と同じ匂い……
「初めてペアを組んだとは思えぬくらいに仲がよいのぅ」
「
「何も、マニュアル通りが正しいとは限らんよ、半獣人のファナ君。シイナ君は他世界から来た人間。お主の抱いておる
ニヤリと笑いながらファナちゃんと目線を合わしている
私、褒められているのか問題児扱いされているかわからない。
「私のお話ししてないで、情報をくださいよ。街の異変なんでしょ?!」
私の問いかけに対し、即座に反応したのはアーリエさん。「待ってました」と言わんばかりに関連する依頼書をカウンターの前に並べて見せてくれた。
「これが、現在『【存在外】に関する依頼書』の全てです」
「ほ? 存在外ってなに?!」
「お答えしますねシイナさん。存在外とは、モンスターとは違う謎の生命体を指す総称で、街の至る所でこの【存在外】の目撃が数例ですが確認されています」
「モンスターじゃないものっていったい……オバケとか?」
「ばばばか言うんじゃないわよ!!」
「君達にはどの依頼書からでもいい。存在外の調査も含めよろしく頼みたい。だが、街中だからと行って油断しないでくれぃ」
「危ないんでしょ? お断りしたいわよ」
プンスカしながらファナちゃんは拒絶サインを出している。
「別に、無理とは言わぬ。ただ、存在外は単独の人間や動物をターゲットにして襲っておるようじゃ」
「……それが、何よ。私は、別にコイツがい……はぁ!! 駄目よ、異変を早く解決しないと、私が毎晩シイナに急接近される羽目になるじゃない」
ファナちゃんは、そう言い出すと「一番イージーそうな依頼はどれかしら」とローガン組合長に聞きつつ積極的に選び出した。
ははははは。何をそんなに急ぐ必要があるのかね、ファナちゃんよ。私に構わず無防備な
「あんた、宿や……ひゃ!! ああああんた、ちょっと近すぎない?!」
不用意に後ろを向いたファナちゃんと、超至近距離で匂いを堪能していた私の鼻が数センチの所で鉢合わせた。驚いたファナちゃんの表情を大迫力のパノラマで鑑賞できた私。
ファナちゃんの眼って、澄んだ淡い紫色の瞳でキラキラと輝いていた。まるで夜空に散りばめられた星のようだった。
控えめに言って、最高です。
唇を奪ってやろうかと一瞬企みましたが、次の機会にさせていただきます。
「あんたねぇ……少しはパーソナルスペース考えなさいよね。私の人形でもその点は気を使えるわよ?」
そう。
操り糸は私の肉眼では見えず、自分の意志で勝手に動いているようにしか見えなかった。
「そうそうファナちゃん。良い依頼書見つかったの?」
「はぐらかそうとしている気が……まぁ良いわ」
ため息まじりに息を整えたファナちゃんは、持っていた依頼書を私に突きだしてこう言った。
「あんたの宿屋絡みの案件から片付けましょ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます