第13話 宿屋拒否からフラグの匂い?

「……これが輝鉱石よ」


 ファナちゃんに案内された私の目に映っている光景は満点の夜空のよう。どうせなら、ちゃんと自分の足で立って見たかったなぁ~。


 そう。私、香山は現在ファナちゃんの背中にくっついている。脚を挫いてしまっていた私を見て『無茶してまで誰かを助けようだなんて冒険者として失格よ』と説教された後、おんぶされてしまったのである。


【ダンジョン内にある輝鉱石を回収せよ】


 ダンジョン主『サーペント』を撃退した先に、少しだけ広い空間があった。この場にある総てが輝鉱石であり、収穫量に応じて、依頼クエストの報酬も代わってくる。


 でも、私は輝鉱石を1つだけ手に持ち、街へ戻るようファナちゃんにお願いした。


「あんた、大変な目をしてまで輝鉱石1つだけだなんて寂しすぎない?」

「えへへ。だって、これ以上持ったら重たくなっちゃうでしょ? ファナちゃんに負担かけたくないから……」


「……はぁ。あんた、本当にお人好しを通り越して、馬鹿ね。人間が半獣の私に気をつかってどうするのよ。そんな人間、この世界では非常識よ。他世界から来たのなら、冒険者の知識より、この世界の常識を勉強しなさい」


 冒険者として、この世界の住民として、ファナちゃんは私に意見してくれた。サーペントを倒した後、私は他世界から来たことを伝えたが『道理で常識ハズレと思ったわ』と変に納得された。


『他世界から来た事は他言するな』と、受付嬢アーリエさんから忠告されていたが、迷惑をかけたギルドメンバーくらいには伝えようと思っていた。


 ファナちゃんも嫌な顔もせず、話をしっかり聞いてくれたので凄く話しやすかった。


「私、ファナちゃんに怒られてばっかり。いろいろこの世界を知らないと……だね。でも、『私に気を使って平坦なルートをばかりを選んで歩いてくれているファナちゃんは優しい』って事は知っているんだけどな~」


 そう指摘すると、図星だったのか、わざと揺らされ始めた私。


 流石、半獣人さん。感情が耳と連動しているようで、ヒクヒク動いているから、いちいち可愛い過ぎて困る。


 そして……


 ファナちゃん、凄く、すごーくいい匂いするんですけどぉ~~!! 半獣人とか言ってるわりに、獣の匂いなんて一切しない。猫ちゃんの匂いがする。それプラス、そこはかとなくほのかに感じる、ファナちゃんの甘い匂いもして、私の食欲をそそる。


 かつて、匂いフェチの偉人様が

『好きな匂いだけで白飯3杯おかわりできる』という金言を残されていた強者がいた。


 ファナちゃんの匂いは、その食欲を加速させる。今の私なら、先ほど倒した大蛇『サーペイント』の姿焼きを10分で食べきれる自信がある。


 否……5分だ。


 ファナちゃんの綺麗なうなじを見つめつつ、気づかれないように体勢を整え、改めてファナちゃんの髪をくんかくんかする。


【無防備なうなじが、口に咥えてほしそうにこちらを視ている。はむはむしますか?】


 イエス

→はい


 いや、それは止そう。まだだ。


 私とファナちゃんはまだ知り合ったばかり。急にスキンシップを取れば拒絶されるに決まっている。もう2度とファナちゃんの頭をくんかくんか出来ない危険性だってある。それは全力で回避しなければならない。


 そう。私はファナちゃんという、この『禁断の果実』にまだ触れて・・・はいけないことくらい理解している。


 触れれば、痴漢だの犯罪だの騒がれ人生終了する。そんな現実世界を生きていた私にとって、予備知識くらい私にだってある。


 触れれば終了。

 しかし、くん活は違う。


 接触することなく欲望を満たせる魔法のような行為なのだ。


 そう。あくまで空中を……ファナちゃんに接触せずに空間だけを嗅いでいる。


 嗅ぐとは呼吸をすること。

 勿論、人間が呼吸するのは当然の事だ。


 ……さて、呼吸でもしようか。


くんか!くんか!くんか!くんか!くんか!くんかっ!!!スーハー。スーハーっスーハぁ~!!すぅ~~~!!!!


「ちょ……えっ? ナニナニナニナニ何が始まっているの、背中の方凄く怖いんですけど?!」


 私の呼吸音で取り乱すファナちゃん。


 もぉ、嫌だなぁ~。私は至って普通ですよ。私の住んでいた日本では、他の国の人より呼吸が少~~~しだけ、荒いだけなんですよ、あはははは。ちょっと、吐く息より吸引する息に比重がやや傾きがちなだけで、歴とした平凡な小娘の呼吸音なのです。


 私にはわかっていた。


 サーペントとのバトルでは透明化しているライムちゃんのプルプルで無傷でいられた。


 着地の際に足を挫いた事も、ライムちゃんに頼んでいつでも治そうと思えば治せた。


 しかし、治さなかった。


 解は簡単。ファナちゃんにくっついて『ご褒美くんかくんか』がしたかっただけである。


 あぁ、いい匂いだ。ファナちゃんの総てを今私が独占し、終わることのない楽園の空気を鼻で堪能している。その事実だけで、サーペイントの丸焼きおかわりできそう。


 すみません。替え玉サーペント1つ下さい。


「私……嫌な匂いするでしょ?」

ううん、そんなことないよぐへへ。優しいファナたんの匂い、くんかくんか


「えっ? くんかくん……えっ?」


 荒ぶる私の心とは対照的に、ファナたんは怒ることなく、ずっとおんぶを続けてくれた。私の心の声が時折ファナちゃんに悟られているような気がしたが、気のせいにしておこう。


「不思議ね。私みたいな半獣人が人間とくっついているだなんて」

「そうなの? 確かに奇跡かも。ダンジョンの神様ありがとうございました」


「ダンジョンの神って、さっきの主のサーペントを指しているわよ。あんたねぇ、攻撃してきた敵に感謝するだなんて、ありえない。しかも、命乞いをしてきた瀕死のダンジョン主に対してトドメをささずに逃がしていたのも常識外れよ」


 ファナちゃん曰く、今回はサーペントの白旗に了承した形で闘いは決着しているそうだ。殺害すれば大量のGゴールが獲得できたらしいのだが、命乞いをするモンスターさんを仕留めるのは気が退けたのだ。


 ファナちゃんといろいろお話ししている内に、アルハインの街まで戻ってきた私達。ファナちゃんの匂いと離れるのは寂しい。おんぶの位置で嗅げる匂いは全て制覇したが、まだ嗅いでいない箇所は多々ある。


 仕方がないが、次の機会まで我慢するとしよう。


 私はファナちゃんから下ろしてもらった。 


「常識外れといえば、あんたのさっきの能力……いったいあれは……」

「ほ? 言ってなかったっけ?! 私の職業ジョブは……」


 ファナちゃんに答えようとしたその時だった。


「君たち!! 無防備に街中をウロウロされては困るのだが!!」


 街に戻るなり、知らない人から声をかけられた。最初の口調は少し高圧的にも思えたが、私達2人が無事だと知ると、安堵の表情を見せていた。


 聞くところによると、声をかけてくれたのはこの街の警備隊の人だという事がわかった。


「君達、無事で良かった」

「警備隊さん、もしかして街で何かあったんですか~? モンスターが出ちゃったとか?!」


 私が『モンスター』という言葉を出した瞬間、ファナちゃんの表情が曇った。


「街にモンスター……忌々しいわね。退治できたのかしら?」


 眉間にしわを寄せつつ警備隊に聞くファナちゃん。背伸びをしつつ、警備隊の顔を下から覗くようにして睨んでいた。


「いやいや。『モンスター』だと断言は出来ていない。怪しい目撃情報や、物が消える怪奇現象の報告が多数。宿屋にも出現したとか。それに自分の影から突然伸びてきた黒い手に脚を握られたって噂もあったから君達も気をつけてね」


 そう忠告し警備隊の方は去っていった。


「怪奇現象系かぁ。新しい依頼書いっぱい貼り出されていそう~」

「か、怪奇現象とかそんなオカルトありえないわ。な、何かと見間違えたのよ」


 様子がおかしいファナちゃん。


 今までは、少しお姉さんぶっているというか、『私の方が上級冒険者なんだからね』という、可愛い先輩風を吹かせていたファナちゃん。少々の事では動じなさそうだった彼女だったが……


「ねぇ、ファナちゃん」

「な、何よ?」


「オバケ……だったりしてね」

「オババババ……ケな訳ないでしょ」


 ん? 叔母おば馬場ばば……ファナちゃんは何を言っているのだろうか。


 汗だくで顔色も悪くなってきているようだ。もしかして、私を背負い過ぎて疲れているのだろうか。それともサーペント戦で毒とか受けている……とか?!


 私はライムちゃんに頼み、透明化したままファナちゃんの回復をお願いした。


 すると……悲劇は起きた。


「……ギャアアアッ"!! 何か触った何か触った!何か触ったっ!冷たいのっ!冷たいのが、ツメタイノガッ!!!」


 急にご乱心のファナちゃん。冷たい? ……あぁ、もしかしてライムちゃんの事かな。確かに、ダンジョンにいたせいか、いつもよりライムちゃん少し冷やっこいかも。


 役割を終え、私の肩まで移動してきたライムちゃん。「キュ」と言いながら身体全体をゆっくり左右に振っていた。これはライムちゃんからの意思表示で「状態異常無かったよ」だ。


 あれ~。ファナちゃん体調不良だと思ったんだけどなぁ~。だって、さっきより顔色ますます悪化している気がするんだけどなぁ~。


 しかし、ライムちゃんはこう見えて回復上手。触診による状態異常の検査から始まり、触診による治療を施し、触診により術後の経過観察まで行えちゃう。


 ライムちゃんは、まさに触診ヒーラースライムなのだ。


 そんなライムちゃんが「施術無しでOK」と判断したのだ。名医の言葉を信用しないあるじがいるだろうか、いやいない!


「じゃあね」


 私は別れを告げ、その場を立ち去ろうとした瞬間、秒で私の腕を掴んできたファナちゃん。


「ちょっと、待ちなさいよ」


 速いよ、ファナちゃん。まるで万引き犯を逃がすまいと迫り来る万引きGメンかのようだ。前いた世界のテレビで見た速さと瓜二つだよ、さすが上級冒険者の身体能力だね!


「どうしたのファナちゃん?」


 鬼の形相に近い表情で私を見るファナちゃんの姿が。まさか、匂いを嗅ぎ過ぎたことを怒っているのだろうか。


 今思えば、確かにいささか嗅ぎ過ぎた点もあったかと思います。反省はしていませんが、次に活かします。


「お願い、あんたん家今から行っていい?」

「良い……けど、私は宿屋暮らしだよ?  何もないけど、それでもいいなら行こっか」


「宿屋ァ?! ダメダメダメダメさっきの警備隊が『宿屋に出た』って言っていたじゃない!! 却下よ」


 ファナちゃんよ。自ら提案しておいて却下とは、なかなかのワガママっぷりである。家に行きたいとお願いされ、行こうと言えば却下だなんて。


「私の家に遊びに……来なさいよ?」


 ファナちゃんは言った。

『今日両親いないの……。うち来る?』って。私にはそう聞こえた!


 ファナちゃんからの急な提案に、私は鼻息が荒くなってしまった。

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