第12話 呑気なFランク冒険者と密偵者ファナ

「うっ……嘘でしょ?」


 私は驚いた。異国の地であるアルハインの街に着いてからは、文化の違いもあり多少驚くことはあった。しかし、開いた口が塞がらない程驚愕したのは今が初めてだ。


「いてててて……また転けちゃった~」


 もうこれで何度目だろうか。ダンジョン内にある小さな段差で悉く蹴躓けつまずき、顔面から見事に地面へ着地している彼女の姿を見るのは。


 転んでばかりいる彼女の名は香山かぐやま 椎菜しいな。見ての通りのド天然そうな子。髪はセミロングで、色はやや焦げ茶色。所々に細い編み込みのヘアアレンジがあり、溌剌とした印象の同性の子である。


 だが、ご覧の有り様で、戦闘とは無意味な所でスッテンころころと転げまわっている彼女。私は今、そんな彼女と2人でギルドを組みダンジョン内に潜入している。


 これは望んだ結果ではないが、仕方ないことなの。


 お姉ちゃんの指令の下、スライムを操るテイマーを捜しにアルハインの地にやって来た。到着したまでは良かったが、すぐには見つからなかった。


 私の立場上、出来るだけ隠密で捜索することを優先した結果、街の人との接触を極限まで減らした。その反動で、スライムをテイムしている人間を見つけられずにいた。


 加えて、予想以上の悲劇が私を襲った。


 この街は私が今まで暮らしていたどの街よりも物価が恐ろしい程高かったのだ。テイマーを見つけ出し、サクサクっと殺害してお姉ちゃんの下に帰るつもりだったのだが、直ぐに所持金が底をついてしまい、捜索は難航した。


 そうそう。この街のホットドッグ1つが800Gゴールしたのが何よりも衝撃的だった。はっきり言ってボッタクリ価格も良いとこだ。他の街では100G辺りが相場だ。


 注文した手前、泣く泣くお金を支払ったが、すぐに金欠。その上、味は癖が強く好んで食べている人間がこの街にいるとは到底思えないレベルだった。


 都会の食べ物って必ず美味しいとは限らない事を学んだ私であった。


 金欠になった私は、稼ぐ頼みの綱として、この街のギルド管理組合で冒険者登録をしたが、直ぐにスタッフに呼び出された。


 この街でも私のような半獣人は差別を受けることが少なからずあるとの事。


 アルハインで暮らすには覚悟と回避術がある程度必要だと注意された。


 私の種族が半獣人だったことで、これまで多くの差別を受けてきたのであまり驚きはしなかった。寧ろ、ギルド管理組合が私の人権を気にかけてくれようとしている事に対して私は驚いたくらいだ。


 この街、アルハインは他の街より居心地が良さそうかもしれない。


 物価はあり得ないけど。


 こうして、私1人なんかの為にここまで尽くしてくれるギルド管理組合は珍しいと感じた私は、組合側の提案にいくつか乗った。


 まずは、定住するための場所の確保だ。街の宿屋は私のような半獣人の事を良くは思わない人間がいるためオススメ出来ないと言われた。そして、組合側が用意してくれた一室で独り暮らしをさせてもらっている。部屋の中は広く、快適な暮らしができている。


 彼等が提供してくれた寝床という事もあり、安心して寝ることが今のところお陰さまで出来ている。


 後は食費を稼ぐ為にギルド管理組合に集まる依頼書を眺めては参加しているのだが……


 とある依頼クエストが簡単なわりに高額報酬だった為、受注した。


 蓋を開けてみれば、2人での探索クエストに急遽変更されているではありませんか。こんな冒険者ド素人の娘とペアを組まされるとは、想定の斜め上どころの騒ぎではない。


 この街一の高難度クエストと言っても過言ではない。


【ダンジョン内にある輝鉱石を回収せよ】


 これが今私達が受けているクエスト。


「それにしても一緒に来てくれてありがとうございます。えっと……」

「私? あぁ、ファナよ」


「わぁあああ!! 可愛いお名前。私は香山椎菜。今日はよろしくお願いします」

「そう、よろしくね」


 私は彼女の名前はもう知っている。受注後、組合側から単独ソロではなく、2人で依頼を受けてほしい旨を伝えられた。その際に依頼書に彼女の名前が記載されていたのを憶えていた。


 地形に足元を取られる素人っぷりに、必要な情報を見落としている不注意さ。そして……


「ぐびっ、ぐびっ、ぷはぁ~~」


 彼女は事もあろうか、貴重なポーションを一気飲みしていた。腰に手を当てながら気持ちいい程の飲みっぷりではある。


「あんたねぇ……これで何本目よ。まだモンスターに遭遇していないのに、こんな調子で大丈夫なの?」

「えへへ~。何でも出だしが肝心って言うからね! 早めの初期投資だよ」


 何が早めの初期投資よ。ダンジョン探索において重要なのは命を守ること。治癒師ヒーラーのいないギルドの場合、回復アイテムこそが唯一の癒しだ。生命線の太さと比例していると言っても過言ではない。


 そんなアイテムを目の前で何本も一気飲みを見させられる私の気持ちも少しは考えてほしい。


 シイナと名乗るこの娘は紛うことなきド素人。だが、素人とペアを組むことは私にとって良かったのかもしれない。


 ギルド管理組合の本部から出発するにあたり、普通であればお互いの戦力を確認する上で職業ジョブや所持品、戦歴等も伝え合う。


 場合によっては、種族や性別、出身地など聞かれたくない事の情報を尋ねられる事も少なくない。


 私は半獣人。人族ヒューマンでも獣人族でもない。獣人族のように身体能力が長けているわけもなく、かといって人間のように集団行動に長けているわけでもない。


 身体能力は人間並みのくせに、群れるのは苦手。おまけに獣特有の耳と尻尾があるという、秀でた所のない物の集合体。それが私、ファナだ。


 私のように劣等感だらけの人間は、シイナのような能天気な娘の方が助かる。獣耳を見られたくないのでフードをずっと被っていても不思議がらないし、私の言葉にも反抗する様子もない。


 ……だけど。


「ちょっと、あんたね! またポーション取り出しているけど、まさかまた飲むんじゃないわよね?」

「ひゃ?! つ、つい癖で……」


 私がしっかりして、この娘をまともな冒険者にしなくては。


 持っていたポーションを全て没収した。その後、私達は遭遇するモンスターを退治しつつ奥まで進んだ。


 もうどれくらい進んだだろう。出現するモンスターも少しずつ強くなってきているので、今回の目的である輝鉱石を採取してダンジョンから脱出したい。


 ダンジョンの中は輝鉱石の成分のおかげで明るく視界は極めて良好だ。トーチ替わりに火属性の魔法を詠唱する必要もない。


「一先ず休憩にしましょ」

「ふぃ~~ちかれた。喉乾いたよ~」


 少し拓けた所で私達は休むことにした。普段は一秒でも早く依頼を達成させ、他人といる時間を短くしたいと思う私だが、自ら休憩を提案したのは、我ながら驚いた。


 所詮、冒険者ド素人のシイナの事を心配しての事だとは思うけど。


「喉乾いたからって、ポーションはやめなさい。あんた薬漬けになっちゃうわよ」

「ふぁ~い」


 少し嫌みを言うつもりで言ったけど、文句も言わずシイは素直に水を飲んで喉を潤していた。


「ファナちゃん!!」

「な、何よ?」


「フード、フードから、耳が!!」


 し……しまった。私も水分補給する際に耳を隠していたフードが頭から離れてしまっていたようだ。シイナは私の耳を指摘していた。私が半獣人であることを知ったシイナ。


 どうやら彼女との関係もここまでのようね。


「ファナちゃんの耳、ふさふさしていて可愛いぃいい!!」

「……んは? かわ…いい? 獣の耳が?」


「うんっ! 初めて見たぁ!! ファナちゃんは猫さんなの? あっ!耳動いてるっ!」


 ちょ……何なのよ、この娘。私の耳が可愛い? そんな嘘、私に通用するわけないでしょ。人族が半獣人の耳を見て、そんな感想をいうなんてあり得ないわ。


 迂闊だった。

 シイナが予想外な発言をした為、私の索敵スキルが疎かになった。迫り来るモンスターの驚異を私は感じる事が出来なかった。


「ファナちゃん、危ないっ!!」


 私の瞳に映るシイナの姿は宙に浮いていた。いや、正確に言うと少し違う。私の身体に向かって身をていして飛びついて来ていた。


「えっ……?」


 シイナに押された私はゆっくりと倒れた。何故倒されたかは、すぐにわかった。


 私が元いた場所に大蛇型モンスターが口を開けて突進してきていたのが見えた。


 もし、まだあの場所にいていれば、あの尖った牙が私の腸を貫いていたに違いない。


 シイナは、私がモンスターに狙われていることを察知し助けてくれたんだ……。


 恐怖心と憂慮の念が交錯したとき、今まで聞こえていた音全てが失くなるような錯覚に陥った。それでも、私の声は届いてほしい。


「シイナっ!!」


 勢い良く現れたモンスターはそのまま壁に激突していた。激しい衝突音が私の耳に到達する。シイナは噛み殺されたのか、あの大蛇型モンスターと衝突したのかはわからない。


 でも、駆け出し冒険者が受けていい衝突のレベルは等に越えていた。あの衝撃は、上級冒険者のタンク以外であれば即死級の威力であることは誰がみても明らかだ。


 ダンジョンの中では予期せぬ事態が発生して当然の事。私がシイナに気を取られてしまい索敵スキルを怠ったがばっかりに、彼女を死なせてしまった……。


 上級冒険者失格ね、私……。


 だが、聞こえてこないであろう声が聞こえてきたとき、私は何度も自分の耳を疑った。


「ひぁ~~びっくりしたぁ。凄い衝撃! でも、速さだったら負けないよ?」

「シイナ! あんた生きて……いるの?!」


 そこには黄色のオーラを纏ったシイナが飄々と佇んでいた。まるで遊んでいるかのように笑みを溢している彼女の表情に私は言葉を失った。


 何故、この状況で生きているの?

 何故、あなたは楽しそうなの?


 そして、シイナは目にも止まらぬ速度で移動した。初速は私の目視でも確認できたが、加速した彼女を完璧に捉える事が出来ず、気づいた時にはモンスターの目の前まで移動していた。


「さっきのお返し。もう悪さしないでね、蛇さん?」


 そう呟き、彼女の左腕の攻撃が大蛇の身体に刺さる。大蛇の声なき声をこだましたかと思えば、目の輝きを失い、脱力した巨体は地面へ叩きつけた。


 Fランク冒険者、香山カグヤマ椎菜シイナ。躓いてばかりの彼女も嘘偽りのない姿。そして、大型の蛇モンスターであり、このダンジョン主の『サーペイント』を一撃で再起不能にした力の持ち主であることもまた嘘偽りのない姿のようだ。

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