第11話 注意すべき同業者

「以上が今回ご報告のテイマーに関する案件の概要でございます。では対象者の名前……」

「待ちなさい」


 部下の人間が私のところへ報告に来たかと思えば、冗談にしては笑えない内容ばかり。


 モンスターを操ることができる人間は、少ないながらも一定数はいる。オーソドックスな例が『テイマー』だ。


 彼等はみなテイマーという職業ジョブの名の基に、モンスターを1体から多くても3体を手懐け、闘いのサポート役として活躍させている。


 テイマーは召喚士とは違い、手懐けているモンスターとの信頼関係や主従関係のような縦、ないし横との繋がりで帯同させている。


 その為、テイム中のマナ消費は意外と少ないと聞き及んでいるわ。逆に、召喚士は召喚させる際に大量のマナを消費するため、自ら闘いに参加できる程のマナは無いに等しい。


 一見、テイマーの方が有利かのように思えるが、実際はそうでもない。テイマーと帯同させるモンスターとの関係が崩れた瞬間から、テイムしているモンスターから襲われる危険性が常に伴うからだ。


 その為、テイムするモンスターは自分より弱いモンスターにするのが一般的。結果、戦力としては物足りなさが生じてしまう。


 つまり、テイマーはモンスターをテイムしつつ自らも戦闘に参加しなければならず、剣術や魔法などの戦術を備えておく必要がある。


 よって、神官から『あなたの職業ジョブはテイマーだ』と告げられた者は、残念がり、冒険者登録をせずに農業や水産業に就く者が多いのが現状。


 テイマーはハズレ職業ジョブとして敬遠されている程だ。


「それで、上級モンスター……それも亜種のスライムをテイムし、あまつさえ以前にテイムしたモンスターの技をあるじが使用したですって? そんな冗談を私が笑って聞き入れるとでも思うの?」


 報告者に対し、怒りが抑えきれない私。モンスターの事となるといつも不機嫌になってしまう。


 モンスターは時に暴走し、この世に害だけをもたらすだけの存在。暴れ狂うモンスターを一匹残らず廃除することが我々人族に託されたたった一つの使命だ。


「い、いぇ……ファナ様。ですが……」

「まだ引き下がらないの? サーマル。私がお姉さまより劣っているからって、私をからかって良い理由にはならないわ。貴方の剣術と私の魔法。どちらが優れているか、今ここで試す? そうすれば戯言を言わなくなるわね」


 私は彼の頭上に魔法陣を出現させた。紫色に光る幾何学模様の魔法陣から触手のようにするりと細い糸が彼の手足とリンクした。


「なっ……これが職業ジョブ操り師パペッティア』の力……私の手が……か、勝手に……」

「やめなさい、ファナ」


 背後からお姉さまの声がしたので、私は素直に従った。中指と人差し指でハサミの形を作り、私が生成した念の糸を切断した。


 サーマルの両手に握りしめられていた剣はするりと抜け落ち床へ転がった。乾いた音だけが空間内に響き渡った後、ドサっと鈍い音がしたので目をやると、ひざまづいて放心していた彼の姿がそこにはあった。


「お姉ちゃん。闘いの中断はマナー違反よ?」


 私の指摘に対し、お姉ちゃんは持っていた黒色の扇子で口許を隠しつつフフフと笑っていた。


「あら?『闘いは』本来、主張や想いが違う者同士で行うものよ、ファナ。サーマルは私達、モンスター撲滅派の一員になってくれてまだ日が浅いわ。許してあげなさい」


 お姉さまは気高くていて、そしていつも冷静だ。そして何より、己の信念以外信じて等いない。


 私達『カルネージ』は凶悪なモンスターを殺し尽くす事を誓い合った団体だ。カルネージの戦力が少しでも欠けるのは本末転倒だと判断し、私を止めたのだろう。


 決して、私の手が汚い血で染まるのを阻止する為ではない。


 両親をはじめ、私達の暮らしていた村はモンスターのスタンピードにより全滅した。残ったものといえば、焼け焦げた家の骨組みと、奇跡的に瓦礫の下で息をしていた私達2人だけだった。


 幼い時から私とお姉ちゃんはいつも一緒にいた。転んで私の手がどろだらけにならないようずっと手を引いてくれていた。


 あの優しいお姉ちゃんはもう何処にもいない。


 わかってはいるが、どこか寂しい気分はずっと拭えないままだ。


「ファナ。解っているわね?」


 長いまつげの隙間から、灰色の瞳がこちらを視ていた。


「……わかっているわ。偵察に行けば良いんでしょ? 戯言かどうかサーマルに案内……って、ほら。またお姉ちゃんの特殊能力で、死んじゃったじゃない……彼」


【私のお姉ちゃんには近づくな】


 モンスター撲滅派集団『カルネージ』にとって、数少ないルールの1つがそれである。


 お姉ちゃんは、神官からの告げを受けて暫く経ったある日、能力が爆発的に覚醒した。


 お姉ちゃんに近づけば正気を喪いはじめ、最終的にはサーマルのように亡骸となってしまう。


 しかし、困った。


 戦力が減ったのも痛手だけど、情報源であった彼が死んだ今となっては、上級モンスターのスライムを操るテイマーが何処の誰かも解らなくなってしまった。


「先程の彼、確かアルハインの街で剣術を指導していたわね。ファナ、まずはそちらに向かいなさい」


 何の手がかりもない今、ここはお姉ちゃんの指図に従っておくべきだろう。


 私はアルハインの街へと向かうことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る