第9話 仲間は優しさと裏切り者の匂い?

「ダダンさんっ!」

「椎菜さんは離れてください。あの炎柱に見えるのは毒タイプの範囲魔法の一種です。近づいて体内に毒素が入れば只ではすみません。人喰いダケが魔法だなんて、き、聞いたことが……ない」


 サーマルさんの握りしめていた剣からカタカタと音がしていた。震える手に力を籠めて無理やり冷静でいようとしている様子だ。


 毒性の範囲魔法には可燃性の力はないようで、近くの木々に火の手が上がっているような感じには見えなかった。


 だが、膝から崩れ落ちたまま動かないダダンの姿が。全身の血色は喪われ、青白い肌からは紫色の煙のようなものが蒸発していくように上がっていた。


「ダダンさん!」

「……」


 呼びかけながら近づいたが、返答はない。私とサーマルさんでダダンさんの身体を回収し、人喰いダケから距離を取った。


「ダダンさん、サーマルです! 私の声聞こえますか?!」

「……あぁ。リーダーすまねぇな。それに、嬢ちゃんは近くに……いるか?」


「はい、私はここにいます。もしかしてダダンの眼……」

「あぁ。眼も殆ど見えねぇし、腕の感覚も死んでいるみてぇだ。……嬢ちゃんの言った通りだった。新参者ヌーブだなんて言って……すまねぇな」


「ダダンさんしっかりしてください! さぁ私のポーションを飲んで! 薬草と違って飲むだけですから」


 サーマルさんは負傷したダダンの口元にポーションを流し込もうとしたが、ダダンは拒絶した。


「死にかけの俺に使うな。それに、リーダーも負傷しちまったんだろ。それ使って……俺を捨てて逃げてくれ」


 ダダンさんの指摘どおり、サーマルさんも脚の一部を負傷していた。恐らく、人喰いダケから攻撃を受けつつもダダンさんの人命救助に専念した影響だろう。


 だが、サーマルさんはギルドの危機的状況を察したのか、ポーションは私に託し、単独で人喰いダケと闘おうとしてくれている。鞭のようにしなる触手に悪戦苦闘し、傷が増えていく一方だった。


 そんなサーマルさんの姿を眺めながら、色を失ったダダンさんの瞳から滴る雫が。


 諦め、そしてこの世と決別する覚悟をしたダダンさんの姿がそこにはあった。


 私がプレイしたゲームや読んだ漫画には、死を覚悟した者の息づかいについて……


 表現されていなかった。


 悔しさを滲ませつつも、自分に言い聞かせようと力む拳の震え。そんな事なんて……


 表現されてなかった。



 これはゲームではない。


 たとえ、異世界であっても、創造された想像の世界等ではない。ダダンさんは虚像でもNPCでもない。


 私の目の前にいる、ただ1人の生きている人間なんだ。


「駄目だよ、そんなの。無理して闘ったり、諦めたり……しないで。2人は私が死なせないから」


 私はライムちゃんにダダンさんの治療をお願いした。ライムちゃんは、私を小馬鹿にしていたダダンさんの治療に対し、少し躊躇う素振そぶりをみせたが、私から説得した。


「ライムちゃんの力で救ってあげて」


 私の顔を数秒間だけ見つめたライムちゃんは、私の言葉に納得してくれたのか、ダダンさんを覆うように拡がり優しく包んでくれていた。


「こいつは、スラ……イム?」


 透明化を解除し、目の前に現れたスライムをみて驚いた様子を見せたダダンさん。


「大丈夫。私のモンスターだから危害は加えない。それより、許さないよ……キノコさん」


 ダダンさんの事はライムちゃんに託し、私は振り返り人喰いダケを睨み付けた。


「だ、駄目だ! 君独りでは危険すぎ……うッ」


 立とうと試みたサーマルさんだったが、抉れた傷で上手く立てずにいた。


「大丈夫……私だって冒険者です」


 これ以上誰かのお荷物にもなりたくない。サーマルさんやダダンさんが負傷した今、このギルドの明暗は私の動き全てにかかってくる。


 汗が私の頬を伝う。だが、不快に思うことは不思議と無かった。どうすれば、私達は生きてアルハインの街に帰ることができるのかを考えるのに必死だった。


 欲しい。彼等を護る力が欲しい。


 そう、願ったときに私の身体は黄色の光に包まれた。温かく、そして心地よい光だ。アルハインの上空から降り注ぐ日の光に似ている。


 いや、似ているのは光だけではない。

 『匂い』も似ていた。


 暖かい日の光に照らされた衣服の匂い。思わず顔を埋めたくなるような優しい匂いだ。


 私は最近、この匂いを嗅いだ記憶がある。


 眼を閉じて記憶を辿ると、ある答えに行き着いた。


 蜂型モンスター『ビーちゃんズ』達の匂いだ。ビーちゃん達はこの場にいないが、でも確かに彼等の匂いがする。


 彼等が傍にいてくれているようで心強い私。まるで、力もみなぎってくるかのようだ。


 ううん、違う。本当に力を感じる。もしかして、私の身体を纏っているこの光って……『ビーちゃんズの力』そのものだろうか?!


 だとしたら……


 私は全速力で人喰いダケへと向かった。


「なっ……速い!! Cランクの僕の眼でも捉えきれないスピードだなんて。まるで、モンスターのような速さだ」


 サーマルさんは唖然とし驚いていた。


 人喰いダケは何度も詠唱し、毒柱を発動し私を殺そうとしていたが、速度が上がった私を捉えられずにいた。


 もし私の身体が、ビーちゃんズの能力を纏っているのであれば、あの攻撃ができる筈。


 私は左手に意識を集中させ、黄色いオーラを集めた。肘を曲げ肩付近で待機させていた手を一気に伸ばし、対象である人喰いダケに向かって突撃した。


「いっけぇえええ!!!」


 マグレでも奇跡でも何でも構わない。私の渾身の一撃で生きる活路を見いだせればそれで良かった。


 一心不乱に攻撃した重い一撃。衝突した人喰いダケは一瞬にして大きな穴を空け、そのまま萎み跡形もなくなくなった。


「大丈夫かい、椎菜さん!!」

「勝った……の? はぁはぁ……ひ、人喰いダケは?」


「き、君が……一撃で倒してくれたよ。それにしても、今の技はいったい……素手だけで刃物のような切れ味に、槍でついたような衝撃に似た独特な波動」


「わ、わかりません。えっと、アルハインの街にいた蜂型モンスタービーちゃんの技を真似てみたというか、何というか」


 それから私は、黄色いオーラの事も、オーラから手懐けたビーちゃんの匂いがしたので、ビーちゃんの技を真似てみた事など、いろいろリーダーに話した。


「そうか。君の職業ジョブはテイマーとは聞いていたが、まさか従者であるキラービーの技をあるじである貴女が使用するとは。先程の技は恐らく、キラービーの得意技『ソニックニードル』。中級クラスの冒険者であれば歯が立たない大技ですよ」


「そ、それだけじゃねぇ! 嬢ちゃんが手懐けていたスライムの治療のお陰で俺の視力も回復し、麻痺していた俺の腕まで治してくれたんだ」


「ダダンさん、無事でしたか! 良かった……。あの上級モンスターのスライムをテイムしているだなんて……いや、それだけじゃない。君のテイムしているスライムは只のスライムではない。亜種、しかも希少種のスライムだ。黄緑色のスライムがこの世界にいるとは……君はいったい」


 サーマルさんの言葉に返答しようとした瞬間、私は力が抜けたかのように膝から崩れ落ちてしまった。


 焦りながら2人が駆け寄ってくれた。


「だ、大丈夫ですか?」

「えぇ……疲れすぎてちょっと身体に力が入りません」


「無理もない。Fランク冒険者である貴女が従者の技とはいえ、ソニックニードルを使用したのです。体内のマナが枯渇したのでしょう」


「えはは……参ったな。どうやって帰ろ……ほへ?!」


 次の瞬間、私の身体がふわりと浮いたかと思えば、ダダンさんの背中にくっついていた。


「ダ、ダダンさん?!」

「背負わせてくれ、嬢ちゃん。俺は、あんたの能力のお陰でこうしてまたアルハインで店が続けられそうだ。料理人としてまた厨房に立てる幸せが、またこうして……俺は……うっぐ……」


 彼は泣きながら私を背負ってアルハインの街まで送ろうとしてくれていた。


「俺の汚ねぇ背中だけど我慢してくれるか、嬢ちゃん」

「いえいえ、とっても温かいですよ、ぬくぬくさん。それに働き者さんの匂いです」


ぐっ~~。


 最悪だ。働きすぎ&安心したせいで、私のお腹のモンスターがお目覚めのようだ。2人に聞かれてしまい赤面する私。


「嬢ちゃん腹減ってるのか、よしまずは店に向かうぞ。今後も腹が減ったらいつでも俺の店に来てくれよ。お代なんか取らねぇ!」

「んへ?! 良いの?!」


「おうよ! 腹の虫は俺様が討伐してやんよ」


 ダダンさんは最後まで力強い口調の方だった。ダダンさんの料理楽しみだなぁ。


 無事に街に着いた私達。このままダダンさんのお店に向かう為、サーマルさんとはここで別れた。サーマルさんはギルド管理組合に討伐の報告をしてくれるそうだ。



ーーーー


 香山椎菜、ダダンと解散した後、サーマルは小さくなる彼女の背中を視ながら独り呟いていた。


「……亜種スライムやキラービーをテイムするテイマー、香山椎菜か。これは組織にとって邪魔な存在になるかもしれませんね。彼女を殺すべきか……まずは報告からか」


 眼鏡を指でクイッと正位置へと戻した後、隠密スキルを使い、姿を消しながら移動した。


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