第8話 認識の違いは危険な匂い?
「くんかくんかくんかくんか」
「あの……シイナさん大丈夫ですか?」
「えぇ、いつもの事ですから」
私は嗅ぐ。
気持ちを静めたい時に限らず、またその逆の気合いを入れたい時もそうである。
匂いとはリラックス効果もればアドレナリンを増幅させる作用もある。今回の場合は前者だ。
「転ぶと地味に痛いですよね。シイナさん、痛みが和らぐかはわかりませんが、この薬草を使ってみますか?」
「いいぇ、貴重な薬草をこんな事で使用しては迷惑なので止めておきます」
そう、恥ずかしいので是非そうしたい。足場の悪い地形を歩いていたら、木の根に足を取られ盛大に転んだ私。だけど、貴重な薬草をそんな事で使ってたまるもんか。
ここは迷いの森ヌーヴベール。
アルハインから南方に位置しており、険しい密林が多い地域だそうだ。輸送経路として整備された道以外は獣道とは言い難いほどのアップダウン。
巨大な木の根っこが突起しており、それをジャングルジムかのように手足を使い登り降りも。
こんな無防備な状態でモンスターに遭遇したら、誰よりも早く餌になる自信有り。
僅かな木の根さえ録にクリア出来ない私は究極のカモである。
私が嗅いでいたのは勿論ライムちゃん。冷やっこくて気持ちいいし、それにライムちゃんの治癒力に甘えたいのが狙い。
こんな甘えてばかりの私に対してライムちゃんは嫌な顔せずに冷静に対応してくれる。何とも頼り甲斐のあるパートナーだ。ライムちゃんには終始透明化してもらい、他の人に見えないように配慮してもらっている。
くんか、くんか、くんか、くんか。
…ふぅ。
それに、今日はいつもよりヘマをしたくない気持ちが強い。何故なら……
「この密林の中に古代都市跡があるので、そこまで移動したら一旦休憩を取りましょう」
「はぁ? さっさと先に進もーぜ。これ以上Fランクのペースに合わせても無駄しか発生しないぜ。これは遊びじゃねぇ」
休憩を提案してくれたのは、Cランク冒険者のサーマルさん。アルハインの街で剣術を教えている優しいお兄さんだ。今回のギルドメンバーのリーダさんでもある。先程から、私の身体を気遣ってくれており、薬草を勧めてくださったのもこの方だ。
そして、先に進もうと提案したのは、Dランク冒険者のダダンさん。同じくアルハインの街の酒場でキッチンを担当している料理長だ。腕っぷしはDランクの枠に収まっていない方で、純粋な力勝負であれば、Cランクのサーマルさんより上かもしれない。
【ヌーヴベールに生息した危ないキノコを狩れ】という依頼書のもと、私はこの2人と一緒に即席ギルドを形成し、この森へとやってきた。
私みたいな駆け出しFランク冒険者には難易度が高そうな依頼内容だったので、私は違う
やんわり断ったのだが、私は何故か参加させられている。
ローガン組合長さんからのお願いとはいえ、全力で断るべきだったと今更ながら後悔している自分がいる。ライムちゃんをテイムしている亜種テイマーとはいえ、私は冒険者登録したての出来立てホヤホヤのド素人だ。私がミスをすれば、残りの2人に迷惑がかかっちゃう。
何が、『シイナくんには、この異変の調査をお願いしたい』よ。全く関係の無さそうなキノコ事案を私に押し付けといて。いつか、ローガンさんの匂い嗅ぐんだから。
「いえ、大丈夫です。早く依頼を達成しましょう」
私は休憩を拒み、彼等について行った。ライムちゃんの匂いも堪能したことで精神力をも回復させた私。
遅れを取らないよう、なんとか食らいつくと前を歩いている2人が足を止め低い姿勢になった。
「どうしたんですか?」
「しー。静かにお願いします。……椎菜さん、あれが見えますか?」
サーマルさんが指差す方向に目をやる。大きさはだいたい30cmくらいだろうか。少し離れた大木の下に紫色の大きなキノコが生えていた。
「あれが今回依頼内容である毒キノコ……ですか?」
「あぁ、そうだ。おいFランク。黙ってよく見ていろよ」
ダダンさんの言われるがまま、茂みの隙間からキノコの様子を観察していると、キノコの周りに小さなリス型のモンスターが現れた。餌を捜しているのだろうか、鼻をひくひくと動かせながらキノコの周辺にやってきた時に……
想像していなかった事が起きた。
パクリッ
「あ……食べられた」
「そう、あの毒キノコは、捕食するキノコ型モンスター『人喰いダケ』だ。迂闊に近づくと、さっきの動物みたいに一瞬で喰われてキノコの胃袋行きだからな」
消化機能を兼ね備えたキノコなんて末恐ろしい。
仮に、この依頼を私独りで受けていれば、『あのキノコはどんな匂いがするのかな』と安易に近づいていて、今頃は丸飲みされていたに違いない。
『ヌーヴベールに生息した危ないキノコを狩れ』だなんて、依頼書のタイトルも意地悪だ。一見、簡単そうな依頼に見えたから、
「人喰いダケは滅多に現れない準希少種。確認された例も少なく情報も乏しい。食用として活用できるモンスターかどうかさえわかっちゃいねぇ」
「そうです。人喰いダケは音に反応し捕食します。その為、音を立てずに近づき至近距離から攻撃すれば倒せる筈です」
「あの、サーマルさん。遠方から魔法で攻撃すればもっと安全に倒せちゃうのでは?」
「その通りです。ですが、ここはヌーヴベールの中でも貴重な山菜が採取できる保護エリア。森林火災が起きれば、種の滅亡に繋がる恐れがあるため、
優しく教えてくれたリーダー。だから、剣術に長けているサーマルさんに、刃物を生業にしているダダンさんって
聞けば、サーマルさんは二刀流、そしてダダンさんは重剣士だそうだ。同じ『剣士』という
今回魔法系職業がいないのも、タンク系がいないのも納得。タンクの盾って大きいから歩くだけで金属が擦りあう音して気づかれちゃいそうだもんね。
……だけど本当に音だけ警戒していれば、それだけでいい……のかな。
『人喰いダケ』は捕食のみだから、音にだけ警戒すればいい。その情報は確かに貴重だけど、それだけを真に受け、鵜呑みにし、盲信する事が果たして正解なのだろうか。
「ではリーダーの私がまずは……えっ? ダダンさん?」
サーマルさんが先陣を切ろうとした瞬間、ダダンさんが「まて、俺が行く」とだけ言い残し勝手に行こうとした。
(ダダンさん、どうしたんですか?)
(大丈夫、俺に任せろ)
(まずはリーダーのサーマルさんの指示にしたがいましょうよ)
(うるせぇ。Fランクの
私やサーマルさんの制止を振り切り、勝手に人喰いダケの前へと向かうダダンさん。
(何がリーダーの指示に従えだよ。何もできねえ転んでばかりの
『音に反応し、捕食するだけのモンスター』
その認識が悲劇の始まりだった。
人喰いダケは口を動かし何かを呟いていた。
「え、詠唱……だと? まずい、ダダンさん下がっ」
リーダーのサーマルさんの声も虚しく響くだけに留まり、ダダンさんの身体は突如発生した紫色の炎に包まれてしまった。
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