第6話 街のピンチを救ったスライムは危険な匂い?
駆けつけた時には街の被害は既に甚大だった。美しい街並みが特徴的で、アルハインらしさを際立たせていたが、今ではモンスターが衝突したような崩れが所々に見受けられ痛々しい気持ちになった。
既に闘ったであろう負傷者が街の至るところで腰を下ろしては項垂れていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あぁ……腕が……」
赤紫色に腫れ上がった痛々しい跡。素人目からでもわかる。このまま放置していればこの人の腕は使い物にならないだろう。
この人は命をかけてでも街を護りたかったようだ。
「ライムちゃん」
「キュ?」
私の声かけに対して反応したライムちゃんは透明化を解除し姿を現した。
「ひっ……ス、スライムじゃないか!」
「大丈夫です。この子は私の……」
なんだろう。改めてライムちゃんの事を考えてみた。ストレートに言えば匂いフェチの私の『くんかくんか用モンスター』だ。所謂、クン活用の子。
私が嗅ぎ、この子は黙って私に嗅がれる。
それ以上でも、それ以下でもないのだが、初対面の人にそんな
ショック死だけは避けたい。この場は取り繕うとして、まずペット……ではない。相棒……でもない。ライムちゃんは私なんかより有能だ。
しかし、テイマーである以上ここは「私の手懐けたモンスターです」と伝えるべき所だとは思う。
仮にその発言が引き金となりライムちゃんが「はぃ? 僕は捕獲されてませんが?」と機嫌を損ね、今すぐ私やこの人を襲ってきたら、この街は蜂どころの騒ぎでは無くなる。確実に【The end】を迎える消滅確定都市として認定されること間違いなしだ。
私は負傷者さんに対して「これ以上、騒ぐと私も貴方も街も滅びますよ」と忠告しておいた。途端に両手で口を塞いでいらっしゃるが、まぁ良しとしよう。
「今から何が起きても動かないで。死にますよ」と伝え、患部にライムちゃんをポンっと置いた。
「
おや? 急にライムちゃんを置いたから患部が痛むのだろうか……血相を変えて必死に何かを訴えようとしてくれている。
しかし、私が「お話ししないでね」と優しくお願いした為、彼は律儀に護って言葉を発しようとはしない。だから、正直何を言われているのか解らない。
ごめんなさい。治療を続けますね~。
痛みを感じたら、また手をあげて下さいね~。
必死に抗っていた負傷者さんだったが、ライムちゃんを置いて以降、人生を諦めたように遠い目をされていた。
「は~い。治療終了しましたよ~」
私がそう伝えると、彼は自分の腕を確認していた。先程まであった傷が完治していたと知り、驚きのあまり言葉を失っていた。
ね、凄いよね~。ライムちゃんの再生能力。私も、この効果をさっき知ったばかりだから、傷口に対してどんな作用で治っているのか知らないんだ。
もしかしたら、強力なプラシーボ効果で治してたりしてね。ほら『病いは気から』って言うじゃない!!
私は、他にも周辺にいた負傷者の治療をしていきながら、先へ向かった。
ライムちゃんを使った壮大なる人体実験である。治らなかったらごめんなさい。私は無免許医師でございます。
さて、噴水がある広場には多くの冒険者らしき人が蜂型モンスターと死闘を繰り広げていた。大きな盾でモンスターからの攻撃を防いでいる方に、後方から魔法を唱える人の姿。ダメージディーラーを後方に配置し、陣形を突破させないようタンクが最前線に配置されていた。
私が現実世界にいた時、ゲームで採用していたような戦法が実際に目の前で行われていた。生で見たのは初めてだから壮観だった。本当にゲームのような戦闘シーンだ。
ただ、ゲームと違っている点は一つだけ。
街を護る使命感を胸に己の命をかけ、恐怖と闘っている人達の眼は真剣そのものである点だ。
淡々と闘っているゲームとは違う。逃げたい気持ちを噛み殺してまで、最前線で戦う者の息遣いに私は圧倒されてしまった。
私には何も出来ない。
剣技があるわけでも、ヒーラーでもない。
この世界に来たばかりの無力な転生者だ。だからって、この状況から眼を背けていい理由にはならない。
「ライムちゃん!! 蜂型モンスターの動きを止められる?」
「キュッ」
私の合図に合わせ、ライムちゃんは蜂型モンスターに向かって突進した。
「君はテイマーかい? 悪いことは言わねえ、キラービーは好戦的だから、迂闊に仲間を近づけさせると死なせてしまうぞ!」
忠告感謝します。ただ、私も本気なので退きません。
蜂型モンスターも応戦するかのように鋭く尖った前足でライムちゃんの身体を狙った。
いや、違う。
ライムちゃんは、わざと自分の身体を差し出しているのかもしれない。ドラゴンの攻撃に耐えたその身体を活かすつもりなんだ。
敵の攻撃を受けたライムちゃんの身体は、無数に弾け飛んだ。
嘘……ドラゴンからの攻撃のときはプルンプルンしながら衝撃を吸収してたじゃない……
「嫌ぁあああ!! 私のライムちゃん返事して!!」
「キュ?」「キュキュ?」「キュル?」「キュキュ?」「キュー?」「キュキュン?」「キュール?」
あれ? バラバラになったライムちゃん達から一斉に返事が返ってきた。もしかして、小さくなっても生きてるの?!
分裂したライムちゃんの破片は、蜂型モンスターの羽に纏わりついた。蜂さんも異変に気づいたようで、この場から逃げようと試みているようだが、ライムちゃんの破片が羽の邪魔をしているようでバランスを崩していた。
「(たぶん)モンスターを確保しました! 皆さん、今ですっ!(たぶん)」
私の声を
だが、ディーラー側も深傷を負っているようで、モンスターの体力を削りきるまではいかなった。
「か、硬い……どうすれば」
チャンスであるにも関わらず場に思い空気が拡がった。諦めと悔しさが士気をさげている。
そんな空気を変えたくて、私はゆっくりと蜂型モンスターに近づきはじめた。
「じょ、嬢ちゃん……何を?」
「私、蜂さんと交渉してみます」
「交渉? いやいや、人間の言葉なんか野良のモンスターに伝わるわけないだろ、早く下がるんだ」
「大丈夫です、私は数少ないテイマーです。私に任せてください」
そう。Fランク冒険者のテイマーは能力値が低く、ギルド管理組合に登録すらしない人が多いと、アーリエさんが教えてくれていた。
数少ないのはある意味本当なのだ。
えっへん!!
私は蜂型モンスターに近づいてみた。
改めて間近で見ると、威圧感がすごかった。私の顔と同じ大きさの赤く血走った複眼が此方を見ている。それに……
くんかくんか。くんかくんか。
ふむ、花の蜜のように甘く優しい匂いがした。控えめに言って最高じゃないか。
そう。私が近づいた目的は匂いを嗅ぐ為だ。羽根のあるモンスターは直ぐに距離を取られてしまうので、この機会を逃せば蜂さんをくんかくんか出来ないじゃないか!
いっひっひ。匂う……匂うよ。貴方の匂い。恐れているのか、警戒しているのか、蜜とはまた違った匂いが羽根付近からしている。
最近嗅ぎ過ぎて、嗅覚スキルだけが突出してしまっている。くん活の
「蜂さんも、ドラゴンに追われてびっくりしただけなんだよね? 大丈夫。もうドラゴンは遠くへ飛んで行ったし、私達もこれ以上は危害は加えないから」
交戦の意思はないと伝えた。人間の言葉がどれ程伝わっているかわからないが、今の私にはこのモンスターさんを撫でる事しかできなかった。
「お、おい見ろよ。モンスターの眼が紅色から通常色の黒に戻ったぞ」
タンクの1人が蜂さんを見て指摘した。確かに、良く見れば色が落ち着いたように思う。それに、身体の強ばりもましになり殺気も感じなくなり、蜂さんの匂いも微妙に変化したのを感じた。
蜂さんの表情も心なしか穏やかに見えてきたし一安心なのかな。
「ねぇ、蜂さん。貴方の仲間がまだ街にいると思うの。お互い怪我をする前に、撤退するように呼び掛けてくれない……かな?」
私の言葉を聞いた後、蜂型モンスターさんは定期的に羽音を立てた。その音に触発されたようで、街にいた他の蜂型モンスターさんがこの場に一斉に集まった。
「み、見ろ! モンスターが集まってきた……もう、終わりだ……」
「いや、待て。何か様子がおかしい」
疑心暗鬼になるダメージディーラーさん達。
私は集まってくれた蜂型モンスターさん達にお願いをした。
「皆、もう恐れなくていいの。貴方達の花畑付近にいた蒼いドラゴンはもう去ったわ。でも、いつまたドラゴンが現れるかわからない。だから、花畑や街付近に現れたら、私達人間に教えてほしいの。一緒に闘うから」
そう。私は彼等と共存し、次の脅威に備える為の同盟を提案した。
最初にお話した蜂型モンスターが、撫でてほしそうに頭を下げてきた。どうやら、私の意見に賛同してくれるようだ。
「じゃあ、貴方は、
私の号令と共に、蜂型モンスターの群れは一斉に飛び出していった。
「凄い……ビーちゃんばっかりの『ビーちゃんズ』だ。何匹いるんだろう」
「逃げた……やった、キラービーの群れを追い払えたぞ!」
「いや、違う。あの子がこの状況を収めたのだ。モンスターに話しかけるだなんて……」
戦場は歓喜に溢れ、どんよりとしていた空気は一新された。
だが、中にはまだ剣を握るのを止めない冒険者もいた。
「いや、まだだ! ス、スライムが残っているじゃないか」
「ばか野郎っ! あれは、あの嬢ちゃんの仲間……だと思う」
「スライムを? あり得るわけないだろ! あんな上級モンスターが人に懐くだなんて聞いたことがない。スライム一匹で滅んだ街がこれまで幾つあったと思う?」
「『モンスターは人を襲う』当たり前の事だ。他のギルドもみな重症で、もう助からない……」
「見てくれ、向こうから歩いて来たのは死にかけていた他のギルドの奴等ですよ! きっと
「いや、俺達はそのスライムに助けてもらった」
「スライムに?!」
討伐を喜ぶ者や、無傷でぷよぷよしているライムちゃんを警戒する者で場は騒然とした。
「えっと、ライムちゃんは私の仲間で……」
その時、背後から救いの声が聞こえてきた。
「……
声をかけてくれたのは、アーリエさんだった。私に全ての匂いを知られてるとは知らずに、普通に接してくれるので、余計に嗅ぎたくなるじゃないか。
はいはい、従いますよ。こんな広い場所より室内の方が、くん活しやすいから望むところだ。
ただ、今のアーリエさんの表情はいつもより堅かった。
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