第3話 ホットドッグは職業の匂い?

「はぁ~~。まさか門前払い……とは」


 ギルド管理組合の建物から出てきた私は思わず大きなため息をついてしまった。アーリエさんの話では職業ジョブが確定していない人には依頼をお願いすることは出来ないとのこと。


 解った情報を集約するとこうだった。


 15歳になる歳に、神官さんの所に出向き、「Youのジョブはこれですよ」と導いてもらうと、職業ジョブという能力が備わり、今後は能力を活かせるお仕事や依頼を選択するという流れみたいだ。


 確かに、このシステムであれば若年者の未来を育むことができているし、自分の職業ジョブが有利に働く仕事や依頼があれば活かす事でお金が得られる。


 神官さんという人物が、この世界でどういう位置付けかはわならないが、彼等のお墨付きの職業ジョブが存在しているからこそ、依頼主も安心して依頼をお願いできるのだろう。神官さんに会ってハローして、職業ジョブを見つけ、依頼ワークをこなす。


 なんだ、現実と大差ないじゃないか。


 だけど、困った。私の職業ジョブが確定しないと、ギルド管理組合での依頼を請けることはできない。つまり、お金は稼げないし、食べ物を買うお金も手に入らない。


 私の事を心配してか、先程アーリエさんからは「絶対、他世界から来たとを誰にも知られてはいけませんよ。貴女の身の保全の為にも」と念を押されてしまう始末。


「神官さんいないんじゃ、私、詰んでいるよ……」


 街の雑踏から少し逃げるかのように街の外れまで移動してきた私。大きな噴水がある広場までやってきた私は、ここで一息つくことにした。


 私の手にはホットドッグ。露店のおじさんの優しさが詰まった唯一の食べ物だ。空腹を満たす事が出来る唯一の食べ物でもある。


 職業ジョブが確定しないと、今後は露店商の壺や樽を破壊したり、無断で部屋に入って引き出しを物色して金作しないといけなくなる……


 あれ?

 もしかして、今まで現実世界から来た人達も神官さんと会えずに、コソ泥紛いな行動を犯したがために公開処刑されたのでは無かろうか。いや、絶対そうに違いない!


 その可能性が有りすぎて困る。私も同じバッドエンドを迎えないように気を付けないと。まずは腹ごしらえからだ。


 空腹は思考を停止させちゃう。


「う~ん、本当に素敵な匂い」


 口の中の唾液が「早く口に入れて」と催促している。この世界に来て初めて食事を行う。


 まさに、そんな時に限って……


 ドサッ。


 鈍い音が聞こえたかと思えば、私の視界には人らしき物体が横たわっていた。


 開いた口が塞がらないとは正にこの事なのかもしれない。びっくりして口が閉じなかったわけではない。


 本当はこのまま食べたかったのに……という後悔の念に近いような気持ちが私の動作を止めてしまっただけなのだ。


「はぁ……仕方ない。あの人を助けてからでも私の食事は遅くは無い……よね」


 暗示のように自分に言い聞かせながら、倒れている人に話しかけた。


「あの、もしも~し。大丈夫ですか?」

「お……」


「お? お昼寝ですか? ダイナミックなお昼寝でしたら私の視界から外れた所でお願いしたいのですけど? 私って、黙食出来ない派なので、私の咀嚼から風邪菌を飛沫感染をしても責任取りませんよ~?」

「お……お腹…」


 辛うじて3文字だけ聞き取れたした瞬間『ぐぅ~~』と私のお腹の虫が騒ぎだし、倒れている人の声を書き消した。


「ご、ごめんなさい!」


 『おなか』というダイイングメッセージ候補が聞こえた為、慌てて倒れている人の腹部を確認してあげたが、外傷があるようには見えなかった。


 まぁ、私のお腹の虫を聞かれた恥ずかしさを紛らわすには十分すぎる言い訳だった。

 

「たべ……もの」


 ……ん? 食べ物?!


 倒れながらに手を伸ばした先には、私の持つホットドッグが。ここで勘の鈍い私でも察する事が出来た。


『この人は空腹で倒れてるだけだ』と。


 転倒者の必死過ぎる行動に私は思わず笑ってしまった。このまま私もホットドッグを食べなければ、5分後には同じように倒れていそうだったからだ。


 私は、持っていたホットドッグを分けてあげることにした。


「……はん、はむ!はむ"!!」


 勢い良く食べてくれるから、あげた私も何だか嬉しくなった。


「どうですか、美味しいですか?」

「えぇ、最高に美味でした」


 私は彼の声を聞いてハッとした。聞き覚えのある声。獣さんに追いかけ回され、鋭い牙でこれから餌に成り下がろうとしていた時に聞こえてきた声と同じだったからだ。


「どうして、僕のような人間に食べ物を分けてくださったのです?」


 ホットドッグを食べ終った彼は、腰かけていた階段から立ち上がりこちらを見てきた。


 修道服のような服をきた男性。いや、男の子と言った方が正しいのかもしれない。身長の低い私より更に少しだけ低く、そして幼さが少し残っている綺麗な顔だち。髪は白髪に近いシルバー色。


 そして、瞳は碧眼。空のように蒼く、海のように深い不思議な眼をしていた。魅力的で魅惑的な眼に意識が吸い込まれそうになる。


「最初は解らなかったけど。貴方の声聞いてわかったよ。貴方なんでしょ? 森で助けてくれた『声』の主は」


「森で……あぁ、あの時の方でしたか。いえいえ、低級モンスターを追い払う事くらい朝飯前ですよ」


「朝飯前って、だからお腹空いていたの?」


「貴女も、ご自身の命より、これから食べようとしている野生のモンスターの匂いを気にしてしまうのは如何とは思いましたが?」


 少し意地悪で言ったつもりが、私の癖についていじり返されてしまった。お互い空腹も満たされ元気も補充出来た。


「僕はヘルメス。お腹がすぐに空いてしまうのは燃費が悪いというか、体質なんだ」


「私は香山椎菜。この世界に来てから凄く大変。匂いを嗅ぐのも命がけなの」


「この世界……君は他世界から来たのかい?」


 はっ?! やらかした。

 あれだけアーリエさんから「他世界から来たなんて言ったら許しませんよ? もう嗅がしてあげませんよ?」みたいに念押しされていたのに、流れで答えてしまった……。


 そんな私を見てヘルメス君は笑った。

「大丈夫ですよ。僕はあまり人と関わりがないので、口にしないことをお約束しますよ」


「ありがとう。私ね、依頼おしごとしてお金稼ごうにも、職業ジョブって言うのがないからギルド管理組合に冒険者として登録出来ずにいるの。だから、食べる物にも困ってるんだ。腹減りヘルメス君と一緒だね」


「一緒って、それじゃあ君はお金もないのに食べ物を他人に分けようとしていたのかい?」

「ね。もしかしたら、さっきのホットドッグが最後の晩餐かも」


 この期に及んで私は冗談を言い続けた。異世界に来たけど、お金無し、職業なしの私の命の炎はそろそろ消えちゃうだろう。


 どうせ死ぬのなら、最期まで笑っていたい。


「ホットドッグを分けたのは、森でヘルメス君が助けてくれたからだよ。だから私、そのあとスライムさんの匂いも堪能できた、だからそのお礼って事で」

「ス、スライムですか?! 職業ジョブなしの君が?!」


「んぇ? そ、そうだけど……」


 ヘルメス君は驚いた様子だった。ヘルメス君の話ではスライムはこの世界では上級モンスターに位置しているらしい。また、生息数も少ない上に、物理攻撃が効かず、おまけに攻撃パターンも多く、回避術も長けている。


 その為、スライムに遭遇した場合は即逃走するのがこの世界に住む人間の鉄則だそうだ。


「そ、そんな強いモンスターだったんだ、あの子」

「スライムの匂いを人間が嗅ぐ?! あはははは、椎菜しいな、君って本当に面白い人間だね、あはははは」


「ちょっと! 知らなかったんだから仕方ないで……」


 言い返そうとした瞬間、ヘルメス君が真剣な眼をして此方を見ていたので黙り込んでさしまった。彼の不思議な眼に見つめられると、背筋が自然と伸びてしまう自分がいる。


「面白くて、勇敢で、そして危なっかしい君に、僕から出来ることと言えばこれくらいさ」


 ヘルメス君が左手を上へ掲げた瞬間、空から目映い光が射し込んだ。私は思わず目を塞いだ。


香山かぐやま椎菜しいな。汝のあるべき姿を我の前に示せ。精霊契約のもとヘルメス・レターソンが命じる」


 薄目で目視を試みた私。すると無数に現れた光の粒が私に集まり始めたかと思えば、身体全体を薄く覆っていた。温かくて優しい光。匂いこそなかったが、私は何かの加護を受けていると直感的にそう感じた。


「眼を開けても大丈夫だよ」

「……さっきのぽかぽかしたのって」


「君を調べてみたら、他世界から来たのはどうやら本当のようだね。それと、加護に対して素直に受け止めていただいたので、無事に完了したよ」

「加護? 完了?」


「お伝えしていなかったでしたっけ? 僕、神官をやっているんですよ。君の職業ジョブが確定しましたよ」

「えっ?! ヘルメス君は神官さんだったの?」


「えぇ、そうですよ。貴女の職業ジョブは……へぇ。かなり珍しい職業ジョブに決まりましたね。これは運命でしょうか、それとも神々の悪戯いたずらか……」


 雰囲気から察するに、職業は神官側が選んでいるのではなく、ランダムなのかもしれない。


 人生を賭けたリアルガチャみたいなものかもしれない。どうせなら職業ジョブはアラブの石油王みたいな『それ、金持ち確定じゃね?』と思えるやつを是非お願いします。


 もし、必要でしたらSSレア確定時に起きるような光輝く演出みたいな感じを、私が出来る範囲で再現しますので、併せてご検討をよろしくお願いします。


 ヘルメス君はニヤリと笑みを浮かべながらゆっくりと天を見上げていた。黙っている私に視線を合わせてくれた時、彼の言の葉はするりとこぼれ落ちた。


「あなたの職業ジョブは……」

 頭文字『あ』来いっ!


「あ……」

 キタキタキタ!! アラブの石油王フラグ来たぁああ!!


「亜種テイマーです」

「アラブのせ……亜種テイマー?」


「えぇ。亜種テイマーです。どおりで黄緑色のスライムにも懐かれているわけですね」

「んへっ? どうして私が以前会ったスライムちゃんの色の事を知っているの?」


「あぁ……貴女はまだレベルが高くないようですので、認識スキルが乏しいのですね。貴女の肩にちゃんと黄緑色のスライムが一匹乗っていましたよ?」


「う、嘘? いつから??」


 焦る私に対し、笑いながらヘルメス君は応えてくれた。


『ずっとですよ』と。


 私にずっとくっついていたスライムを抱き抱えた。綺麗な黄緑色。改めてまじまじ見ると心まで吸い込まれそうな色をしていた。


 「ライムちゃん。綺麗なライム色だから、ライムちゃんでどう?」


 名付けると凄く嬉しそうにプルプルしていた。


「ライムちゃんは何で、透明化してまで私の方にくっついて付いて来ちゃったの? 一緒にいたいの?」


 ライムちゃんは嬉しそうに震えている。


「仕方ない。餌代がいくらかかるか解らないけど、連れていきますか」


 ライムちゃんとの出会いは、くん活から始まった。野生のモンスターだけど、ライムちゃんから攻撃の意思はなかったので、そのまま肩に乗せておく事にした。


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