第2話 無一文は無職の匂い?
「素敵な匂いっ!」
独特の香ばしい空気が周辺を活気付けていた。食べ物を持つ多くの人で賑わい、食を通じて幸せな時間を堪能している様子だ。
そして私も、その幸せに
私がたどり着いたこの街の名はアルハイン。食文化で発展した街だと、街の入口にいたおじ様がさっき教えてくれた。
それ以外にも尋ねようと何度か試みたが、「この街の名はアルハイン。食文化で発展した街だ」と同じ言葉を繰り返したので、私はお辞儀をして後にした。
何せ今の私は空腹。先程から鳴り止まない私のお腹の虫。もしかしたら、お腹の中にモンスターが寄生していて、これから私のお腹を突き破ろうとしているのではとさえ思っちゃう。
……お腹の虫って、どんな匂いがするのだろう。突き破られる際に私が即死してなければ、機会を伺ってお腹の虫さんを嗅いでみるのも有りかもしれない。
現実世界ではあり得ない話だけど、ここは素晴らしき異世界。私の知らない常識がこの世界には無限に拡がっている……
「……ょうちゃん」
運命的な出会いとなった、あのスライムちゃんのように、この世界にはまだ私の想像の斜め85℃くらいの先を行く未知の匂いがあるに違いない。
「……嬢ちゃん?」
そう。私の冒険はまだ始まったばかりだ!
「じょーちゃん"!!」
「んはぃ?!」
怒鳴り声は加速し、私の左耳から右耳へ駆け抜けた。それはまるで森で追いかけ回されたあの獣さんの速度と大差なかった。
私に声をかけていたのはおじさん。左手に調理器具の小玉を装備し、腕を組ながら私を睨んでいた。
凄い殺気。とても人間とは思えない覇気ね。一見、露店で食べ物を売っている販売員にしか見えないが、このお方はきっとこの街一の手練れの剣士さんか何かだわ、きっと。
こう見えて私は、数多のライトノベルを読み漁り、発売日のRPGゲームを初日でクリアしちゃう人間。
そして、匂いが記載されているページやシーンは余すことなく把握している程の無類の匂い好き人間。
そんな私に付けられた名は『嗅ぐや姫』。現実世界はそう呼ばれ、一部の方々からは恐れられていた。
「……さっきから呼んでいるんだから、返事ぐらいしておくれよ、嬢ちゃん」
「あはは。そうだったんですね~」
おじさんの話では、私は店前でずっと立っていて邪魔だったらしい。『客なら早く注文してくれよ』と急かされてしまった。
言われなくてもしちゃいます。だって、この世界に着いてから、罰走かのように強制的に走らされたので、お腹ペコペコだもん。
「この一番いい匂いがする、これください」
「おぉ?! 嬢ちゃん……このクセのある匂いのフードを選ぶとは通だね」
「えへへ」
「まいどっ。800
その瞬間、私の時間は止まり、音は息を潜め、色さえ失くなった。
無い。そう、この世界の通貨たる物を私は所持していない。森で遭遇したスライムさんも匂いを嗅ぐだけで満足し、討伐はしていない。
私の勘ではモンスターを倒すか、宝箱たる何かをパカッと開けばこの世界の通貨、おじさんの言う
仕方ない……。
「おじさん、小玉借りますね~。あと、店の横に置いてある樽の中とか、壺の中を見せてもらっても良いですか?」
「……えっ?」
かなり困惑した表情の店主さん。樽の中に隠し財産があればそこからお支払できればと思い、借りた小玉で破壊しようとしたら全力で止められた。
お金があれば……と、少し
「えっ?! 嬢ちゃん、うちの店の備品を破壊しようとしたよね?」
「えへへ、ごめんなさい。それよりおじさん。お金って、どこで手に入りますか?」
「んだよ、他所の国からの移住者かよ。仕方ねぇな」
客では無いことを知り、残念そうなおじさん。でも、こんな無知な私に対していろいろ優しく教えてくださった所をみるに、この街の治安は良い方なのだろう。
おじさん曰く、この街のギルド管理組合へ行けば仕事を斡旋してくれるとの事。
「おじさん、お金手に入れたら次は正式に買いに来るから、私が食べる分は残しといてね? 完売しないでね!」
「おぅ、任せろぃ! ほら、これ持っていきな」
おじさんはそう言って、紙に挟まれた、ほかほかのホットドッグを私にくれた。
「えっ……私、お金ないよ?」
「『移住者には優しくする』がモットーの街、それがアルハインさ。嬢ちゃんくらいさ。店の備品を破壊してでも支払おうとする図太い奴は。がはははは」
そう言って、元気良く送り出してくれた店主さん。彼の優しさに甘えながら、私はギルド管理組合へ向かった。
「ここが、ギルド管理組合……」
無知な私でもすぐにわかった。一際大きいこの建物は入口も広く、武器を携えた方々が吸い込まれるかのように
私も彼等の後を追い、中に入った。
入口を抜けると建物の中は活気で溢れ返っていた。至るところから話し声が聞こえてくる。交渉をしている人、依頼を遂行する為の作戦会議を行っているギルドなど、様々な人がいた。
「凄い……人だらけ」
そう、人だらけ。
重装備で表情がわからない甲冑の人や、不思議な色の装飾がある杖を持つ人、それに教会にいそうな修道服の女性も。
だけど、彼等は皆忙しそうに慌ただしい動きで右往左往していた。とりあえず、私は近くに通りかかった人に声をかけてみた。
「あの~。何か大変な事件でも起きたの……ですか?」
「えっ……貴女は?」
私がとある女性に声を書けた。背は私くらいより少し高いくらい。シルクのように綺麗な長い髪をハーフアップにしているのが特徴的で、緑と赤のチェック生地が可愛らしいカントリー風の女性に話しかけてみた。
私だって一応女の子。恰幅の良いお兄さんより、同性の方の方が話しかけやすい。
忙しい中、私の呼び止めに対して足を止め、親身になって聞いてくれているこの女性に経緯を話した。
「そうですか。お金を稼ぐ為にこちらに来ていただいたのですね。私、ここのギルド管理組合の受付を担当しています『アーリエ』と申します。手続き致しますので、まずは貴女のお名前と……」
そう言って、彼女は登録書を用意してくれた。名前は、
「カグヤマ様ですね、では次に性別……」
性別か。異世界に来ても現実世界と大差ないね。さっき、入口付近に置いてあった鏡を見たら現実世界の時と容姿が少し変わっていた。転移なのか転生なのかは解らないけど、とりあえずは異世界に来れた事を良しとしよう。
それに、私が書いた文字も伝わるみたいだし、楽勝、楽勝。えっと~『女性』っと。
「あと、
「……ほ? 職業? あぁ、大学生です」
「ダイガ……クセイ?」
「はい、私こう見えてもう立派な大人の仲間入りなんですよ」
私の誇らしげなドヤ顔が炸裂した。そう私は19歳の現役大学生。難関と恐れられた本命の大学に寝坊しながらも受験し、筆記試験中、前に座る子のポニーテールを長時間嗅ぎ散らかしていた私でしたが、見事受かっちゃった奇跡の女である。
だが、私の真ポジティブ笑顔と反比例して、アーリエさんの表情は困惑していた。
「あ、えっと……カグヤマ様はどちらの地方からこの街にお越しになられましたか?」
「ん? えっと、京都……」
いや、待て。
私、思い出す。
ここは異世界、モンスターがいるアナザーワールドだ。出身地を伝えても理解してもらえる筈がないじゃないか。
「あ……失礼ですかカグヤマ様のご年齢は15歳以下ですか?」
「ううん。こんなキャラだし、背も低いから高校生に間違えられちゃうけど、19歳だよ」
そう。異世界にいる今となっては無駄になっちゃったけど、車の免許も持っている立派な大人の女性なのだ。
まだ、仮免だけど……
「ジュ……19歳?! でしたら、15歳の時に神官からオラクルを受け、
アーリエさんと私の間に無音の時がするりと横切った。
考え込む表情を見せていたアーリエさんまったが、何か閃いたようで前のめりに尋ねてきた。
「も、もしかして
「あ、うん。そうだと思います、あはは」
「『あはは』じゃ無いですよ。この世界で他世界から来られた方は、過去に何例かございましたが『悪魔の使者』だの『厄災人』など、不吉な人種として隔離されたり公開処刑された例もございましたよ?」
そうなんだ~。公開処刑されるん……こ、公開処刑ぃ?!
可愛い顔して、貴女のお口から公開処刑だなんて物騒な単語を簡単に言うことではありませんよ、アーリエさん。
「公開処刑困るっ! 職業が無いと駄目なの?!」
それから私はアーリエさんと別室に行き、人目のつかない所で、この世界について教えてもらった。
この世界では、15歳を迎える歳の子ども達に対し、神官からオラクル、つまり導きを賜り、そこで自分の能力に対しどのジョブかを決定しているらしい。
つまり、神官がこの街に会いにいくタイミングで私のジョブ等が決まるとのことだ。早く神官に会わないと!
「神官さんに会うにはどうしたら良いですか?」
私の質問に対し、申し訳なさそうにアーリエさんは答えてくださいました。
「神官様は1年に1度だけで、次にお出会いできるのは11ヶ月後です」と。
ホットドッグ1つで11ヶ月生きろ、と?
詰んでます、それ。
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