匂いフェチの私、転生先はモンスターだらけなので、片っ端から『くんかくんか』したいっ!
玖暮かろえ
【第一章 亜種テイマーとモンスターを狩る者】
第1話 モンスターは癖になる匂い?
私、正直舐めていました。
異世界がこんなにもハードだとは知らず、穏やかに過ごしているモンスターで溢れているのだろう。そしてお利口に順番待ちをしているモンスター達を『くんかくんか』できる優しい世界が拡がっていると勝手に予想していました。
が、現実は違った。
「グルアアアアア"」
匂いフェチの私を必死に追いかけてくるモンスターさんが一匹。種族も名前も存じませんが、涎を垂らしながら私を食べようと先程からずっと追いかけて来ています。
余程、お腹を空かせていたのか、かれこれ30分は追いかけられている始末。匂いに敏感なのは私の方では無くてモンスターさんの方でしたね、どうもありがとうございました。
ここが異世界なのはすぐにわかった。
私は、車道にいた仔犬を助けようと無我夢中で飛び出した。その瞬間、仔犬がびっくりして逃げ出し、私だけ大型のトラックに退かれ、人生は呆気なく終了した。
そして、目が覚めたらこの世界に来ていたからだ。
ここはおそらく異世界。私の知らない世界と言うことは、私の知らない生き物だってたくさんいるに違いない。
だったら!!
私の知らない匂いがする生き物だって絶対にいるっ!
私はつい、テンションが上がり過ぎてしまい、独りでモンスターの鳴き声がしていた未知の森に入ってしまった。
軽率な行動であったと、今では後悔しています。
「ゲゥルアアアア"ア"」
獣さんの声がすぐ傍まで近づいていた。もし、この獣さんに喰い殺される事がありましたら、またこの異世界に転生していただけますよう、重ねてお願い申し上げます。
「どうせ死んじゃうなら、このモンスターの匂いを嗅いでから死にたかったかなぁ」
私の欲望が言の葉となり口からこぼれ落ちた瞬間、知らない声が聞こえた。
『初めて聞いたよ、そんな最期の言葉』
「えっ、誰……」
私の耳に確かに聞こえてきた。少年のような少し高い声。覇気は無く、か細い声だった。
気がつけば、先程まで追いかけて来ていた獣さんは、声を聞くなり、命乞いをするような鳴きを繰り返しながら私の元から去っていく姿が見えた。
「あぁ行かないで……私の知らない匂いが、逃げてゆく……」
嗅ぐ機会を失いはしたが、私は死なずに済んだ。
誰かに助けてもらったのは明白。
声がした方向に振り返り、お礼を伝えようとした時には声の主はその場にいなかった。
なま暖かい風が私の肌を撫でるように通り抜け、木々を揺らしている。
一瞬だけの静寂がこの場を支配し、何事も無かったかのように、鳥が囀ずり始めた。
私は不思議な体験をした。何事も無かったかのように優しい時間が流れようとしていた。
でも、私の身体は違っていた。
強く激しく動く鼓動が私に『動け』と催促し、私の探求心が『追いなさい』と命じていた。
「風は向こうに抜けて行った……よね」
何故、風を追いかけようとしているのかは私自身もわからない。風と、先程助けてくれた声の主とは無関係なのかもしれない。
でも、この異世界に来て、何の手がかりもない私にとって、この風との出会いは運命なのだと確信できちゃう程、不思議な魅力が存在していたのを感じた。
それから私は、背丈と同じくらいの草を無心に掻き分け、道無き道を一心不乱に突き進むと少し拓けた場所に到着した。
「ふぅ……やっと視界が拓け……た?!」
いた。
「プルプルプル」
私の前方に震える
「プルプルプル」
「ス、スライムだぁあ!!」
そう。私の目の前には、プルプルと小刻みに揺れている黄緑色のゼリー状の生き物が一匹いた。円らな瞳が2つ此方を向いており、口や耳等のパーツは存在していないようだった。
可愛い見た目に魅惑の動作が私の視線を奪った。
その時、私は良からぬ事を考えてしまった。
『スライムってどんな匂いがするのだろう』と。
モンスターを仲間にするだとか、スライムを食べちゃうだとか、ゲームやアニメ等でみたような記憶はある。
だが、スライムの『匂い』を嗅いだ人って果たして今まで何人いたのだろうか。
匂いは嗅いだ本人にしかわからない。もし、目の前にいるこのスライムちゃんを『くんかくんか』出来たとしたら、私はどれだけ幸せ者なのだろう。
幸いな事に、目の前にはスライムが一匹。先程の獣さんとは違い、私の肉を噛みきりそうな鋭い牙があるようには見えません。
だったら……
いつスライムの匂いを嗅ぐ?
今で……
くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんか!!
「こ、この匂いは……」
生まれて初めてスライムを、いや、モンスターの匂いを嗅ぐ事に成功した私。遭遇したスライムさんの背丈は15cm程。だから私は四つん這いになり、身を粉にして無我夢中でくんかくんかしている。
爽やかで清々しさもあり、そしてどこか懐かしい不思議な匂いだった。
堪能っ。圧倒的堪能ぅ!
未知なる香りが私の心を刺激し、私の脳内へ伝達する、『初めまして』と。
スライムさんだって、立派なモンスター。ここで返り討ちにあい、無防備な私がタダで済む筈は万が一にも有り得ない。
たとえここで殺されたとしても匂いを嗅げた事実はもう曲げようのない真実だ。
既成事実さえ作ればこちらの勝ちだっ!
私はきっとスライムをくんかくんかするためにこの世界に降臨したのだろう。もし、私がこの世界で初めてスライムの匂いを確認した第一人者なのだとしたら、今の私の姿を銅像にして後世に伝えてほしい。
タイトルは【くん活動はいつも命懸け】あたりでどうでしょうか。
もう悔いなんて無いです。ここで終わりでも全く問題ありません。異議なしです。
私は無防備。もう殺されてもいい頃合い。
だが……
目の前のスライムは、やや困惑した表情を見せてはいるものの、敵意や殺意の類いは感じとれなかった。
「えっ……もしかして」
スライムって非暴力派の超温厚型モンスター様ですか? こちらに闘う意志が無ければ、攻撃をなさらないタイプの正当防衛推奨派ですかね。
向こうから襲って来ないのであれば仕方ありません。おかわりをいただこうではありませんか。
くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかぁ!!
【レベルアップ】【レベルアップ】【レベルアップ】【レベルアップ】
効果音と共に私の視界には奇妙な文字が何度も現れたが、私は無視を決め込んだ。
目の前にいるスライムさんに対し、がむしゃらにくんかくんかをした。
これが、私が異世界に来て初日に起きてしまった出来事でした。
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