第3話 Reason(理由)

 北海道特区出張所は長官室の奥まで届く大きな声が聞こえた。

 「根本君♪ 脱税犯を捕まえたんだって。や~る~!」

 入口まで出迎えに来た北海道特区 出張所 長官 方便直視(ほうべんなおみ)である。根本平等は軽く会釈した。

 「本当に君はいい仕事をしたよ。我が国の人口は1億人を切ろうとしている。DINKSの流行、少子化、限界集落、労働力不足、税収入の低下、学業産業の空洞化、ひいいては、基礎研究、海外競争力、国防に至るまで質の低下を招いている。移民を推奨してスラム化をするのは避けたい。そこでAIの社会参加だ。AIを労働力とすることで税収・労働力を確保、人々は労働から解放され幸福な一生を送れる。まさに、君の仕事は国民を幸せにしてるんですよ。

 でもね、北海道特区の連中は罪があっても罰は無い。AI税逃れの常習犯だ。君みたいな人が働いてくれないと。

 まあ、言うなれば・・・」

 どうしよう。このまま、こいつに喋らせてるとずっと喋るつもりだ。いい所で話しを止めてもらえないかな。

 「すいません、長官」

 「ううん、何だね?」

 「トイレに行って来ていいですか。我慢できなくて」

 「それぐらい我慢しなさいよ。私の話しが終わるまでダメ」

 「すいません。自分、病気で。ギーク病なんです」

 「おお、そうだったな。行って来たまえ」

 会釈するとトイレに急いだ。トイレに行くすれ違いざまにデスクの男が聞こえるぐらいの声で言った。

 「チッ、バイト野郎が。高々、一件解決したぐらいでよ。付け上がるなよ」

 今、俺に何か言ったか。ここで言い返すとトイレに行けない。聞こえないふりをするとトイレに行ける。どっちなのか。今日は聞こえなかったことにしてやる。


 「ギーク病」 ギーク病は脳工学のごく初期の段階で発生した事故で罹患する病である。脳工学は脳に工学的アプローチをする分野であるが、近年、脳と機械の融合に特殊なタンパク質が必要であることが明らかになった。人の尿は健康効果があることが知られている。人は代謝した残留物が尿になって排出されるのだが、生体内で消毒されており無菌状態である。綺麗なオシッコの中にはピュアプロティン(清純蛋白質)という人体だけで合成される特異なタンパク質があることが分かっている。糖尿病患者の尿の中にはピュアプロティンを多く含んでいる。脳工学のごく初期の事故を起こしたものは綺麗なおしっこを定期的に飲んでPCと人体の結合を維持しなければならないのだ。


 根本は錠剤を口に入れ、紙コップの中の液体を一気に飲み干した。この錠剤が高い。錠剤は脂質異常を抑える働きがある。病気の影響で太り易くなるのだ。ギーク病患者はマイノリティーなので保険適用がない。1週間で1万円以上の費用がかかる。根本は生きるだけで金が掛かる。犯人と争う危険作業なのだが、収入のいいプブリカヌスを続けざるを得ない。

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