第2話 ブレイク・ウィンドウ

 「Fresh valley」は底が見えない谷だ。どうして、こんな谷が Fresh なのか。地上に戻る時には肉体が悲鳴を上げる魔の上り坂なのだが、海抜ゼロメートルまで来ると、すぐに気が付く。ほら、見たことか。やってやったぜ、ざまあみろ。この眺めこそ、谷そのものではないか。地上に戻った所でやってくる風、見下ろす景色に何とも言えない爽快感がやって来る。ああ、清々しい、すっきりした。故に、Fresh Valleyなのだ。

 Fresh valleyを形成してから80年近く経つ。北海道に突如できた大穴の中は日本政府が救援物資の支援は難航。生存者無し。国土で利用する方法が無いと判断し、救済不能地域と判子を押し、北海道特区と呼び習わし見捨てられた土地となっていた。は日本からそこに日本政府から逃げ隠れしている科学者、医者、カルト、ギャング、指名手配犯、実際に見た人はいないが宇宙人もいるそうなのだが、あらゆる反社会勢力が入り込み独特な社会システムを形成していた。Fresh valley の内部は下り坂の途中に粗末な衣をまとった人たちが住み着き、サークル状になって住み着き住人化している。下り坂には平地もあり、ここら辺で最大の商店街「アストラルゲート」があった。

 アストラルゲートの町に解体された車が幾つも停まっている。少し中を覗くとタイヤも外されており、運転席や助手席まで盗まれている。こうなると鉄塊ぐらいの値打ちにはなるが重くて誰も持って行くやつがいなかったのだろう。商店街のシャッターの隅に小さなスプレーで書いたマークがある。ジプシーらしき身なりの女が何に使うのか分からない石ころを売り付けに来た。それを邪険に追い払う。それより食いものだ。俺の食いものは儲かってそうな綺麗な飯屋を探してからだろう。アストラルゲートを歩くと車庫に外車があった。道の前のゴミも綺麗に清掃されてる。シャッターに落書きもない。気を付けて小さな汚れを見逃してないんだろうな。おあつらえ向きだ。この飯屋は美味そうだな。「鳳凰亭」のドアをくぐった。

 「いらっしゃいませ!ご新規様、ご案内」

 甘ったるい童顔のウェイターが注文を聞きに来た。メニューはカタカナで書かれてるので洋食を出すのだろう。

 「腹の部分が食いたい。豚のロースかバラ肉を食いたいんだが」

 「鳳凰定食がいいですよ。豚バラ肉の臭みを薬草で消してあるんです。甘いソースがよく合ってリピーター多いんですよ」

 それをくれ、と頼むと料理人が顔を見せた。恐らく、あれが店主だ。頬が痩せて色が黒い。随分と顔色の悪いやつが料理を作ってるんだな。鳳凰定食が運ばれて来た。甘くて薬みたいな味のする肉だ。レジで金を払うと出口に行かずに、厨房のほうに向かった。奥に踏み込むと予想を裏切られた店主がいた。

 「おい、お客さんなんだから、奥まで入って来ちゃダメだよ」

 懐から一枚の紙を取り出した。

 「俺は根本平等(ねもとひらひと)、国税調査庁北海道特区AI課のものだ。分かってるな。この店には未登録のAI使用の嫌疑がかけられている。脱税に関する令状が出てるので帳簿見せてもらえないか」

 「おお! お前は「プブリカヌス」じゃねえかよ」

 平等の視界にターゲットが割り込む。店主の肩の筋肉、ターゲットはまな板の上の包丁に置かれている。頭の中に声が聞こえた。

 「ターゲットは95%の確率で包丁で切ります」

 平等は店主を鯛落しで投げ飛ばし地面に拘束した。

 「AIはお前が刃物で切り付けると予測した。AIの予測は記録されている。記録は裁判に使われる。お前には弁護士を呼ぶ権利がある。自分に不利なことは喋らなくていい。12:52分、逮捕」

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