スター・エステート

沙月Q

エピソード1 ファントム・ヘブン


「今日もいい天気……」


 私は朝の水やりを終えて空を見上げた。


 青空の下には、惑星プラマタの広大な白い大地。


 その上にポツンポツンと距離を置いて立っているのが、私の育てたリウパスリの株だ。

 株の大きさは家一軒ほど。


 この星では、家がなる・・のだ。


 私たち、プラマタ星人が長年品種改良してきたハイパー植物リウパスリは、育て方次第で様々なタイプの住宅にすることが出来た。


 内部は自然にいくつもの快適な部屋に分かれ、巨人型種族には天井が高く、小人型種族にはフロア多めのモデルが用意されている。鳥型種族のものには、開放型の天窓もある。

 わずかな水を与えるだけで生活をまかなうのに十分なエネルギーを生み出し、おまけに知能を持っていて、住人の様々な要望に応えることが出来た。


 プラマタには、周辺宙域から雑多な異星人たちがやって来る。

 ほとんどが、衛星軌道上に浮かぶ中継ステーションに働き口を求めて来た労働者だ。だがステーションの生活区域は限られており、多くの人々が惑星上に居をかまえ、軌道エレベーターで通勤していた。

 いわば、この星がベッドタウンというわけだ。

 しかし種族がバラバラなこともあり、住民たちは群れることなく距離を置いて暮らしていた。

 それでも問題はない。プラマタの土地は広大だ。


「セシラ……セシラ……」


 カチューシャに内蔵されてるコムリンクから声がした。

 営業ロボットのトクベ8だ。


「はい? 朝のメンテはしてあげたでしょ。もうすぐ戻るけど」

「何をおっしゃっておられるのですか。内見のお客様がお見えになっておられらっしゃいますですよ」

「あ!」

「あ、じゃないでございましょう。私がお客様をお送りいたしますから、直ちに現場へ直行していただけますでございましょうか」


 過剰な敬語はトクベが営業用にチューンされているからだが、おかしすぎる。

 おまけに旧型で、ボディからはしょっちゅう得体の知れない電波が漏洩しており、まわりの機械や敏感なリウパスリまで調子を狂わせることがあった。

 だから毎朝、私がメンテしてシールドを締め直しているのだが……


「すぐ行く!」

 私は原チャ(核融合機関搭載エアバイク)にまたがると、新しく開発した西区に向かって走り出した。

 走りながらゴーグルに今日のお客さんの情報を呼び出してチェックする。


「チキュウジン……?」


 その種族は初めて知る名前だった。

 私たちと同じ、二足歩行型のエイリアン。

 同じタイプの顧客用に開発した、セブ222型のリウパスリを見てもらうことになっている。


「お待たせしましたー!」

 現地に着くとお客さん一家がちょうどトクベ8の運転するエアワンボックスから降りてくるところだった。


 男性と思しき一人と女性と思しきもう一人。

 二人の間には、ようやく歩き始めたばかりと思しき幼体がいた。

 どうやらプラマタ星人と変わらない家族構成をつくる種族らしい。


 外見は私たちと異なり耳は丸っこいし、触覚もない。

 髪は真っ黒で、肌は逆にシラっちゃけている。

 しかし、向こうにしてみればこっちの肌が赤すぎると思ってるだろう。

 私の自慢の真っ白な髪も、奇妙に思われてるかもしれない。


 まあ、そういうことはお互い様というわけだ。


「ご案内係のヤモー=リ・セシラです。ミヤケ様でいらっしゃいますね?」

「は……はい」

 男性体が答える。

「長旅、おつかれさまでした。ようこそプラマタへ。ここでの生活が充実したものになるよう、最高のお宅をご用意しました。我がヤモー不動産のモットーは、〈宇宙一の天国級マイホーム〉でございまして……」


 満面の笑みで披露するいつものトークを、トクベ8がさえぎった。

「あの部長、そのへんのご挨拶は私がすでにおすませあそばせてございますので、そろそろ内見に……」

 私は恥ずかしさで顔が紫色になるのを感じた。

 トクベめ……


「ま、そういうことですので、さっそく中をご案内いたしましょう!」

 玄関への階段を昇りながら、女性体の方が話しかけてきた。

「お若いのに部長さんなんですね。えらいんですねえ」

「いやあ、営業部長と言っても家業の成り行きでして。要は不動産屋の娘なんですよ」

 玄関をくぐり、エントランスを見上げながら男性が言った。

「ここの住宅はすべて植物だと聞いたんですが、本当ですか? とても信じられません」

「ただの植物じゃありませんよー。エネルギーを生み知性も備えたハイパー植物です。おくにはそういうのございません?」

「ありません。地球では植物自体、見かけることがあまりなくなって来ました」

「おやまあ……」


 知的生命体が宇宙へ出て来るのには様々な事情がある。

 この人たちの母星でも、色々あったんだろうなあ……


 内見は順調に進み、セブ222型はお客さんの期待に沿うものとして合格点をもらった。

 リウパスリ独特の内装の感触や、家の知能とのやりとりに慣れが必要だったが、8LDKという若い夫婦には使い出のある広さと快適さが気に入ってもらえた。


 晴れて契約となり、引き渡しも無事に済んで、この星で初めての地球人入植者は順調に生活をスタートさせた。


 ……と、思っていたのだが。


 数日後、事務所に私あての連絡が入った。

「セシラ部長、西37ブロックのミヤケ様からお電話です」

 壁から受話器に繋がったツタが伸びてきた。

 事務所もリウパスリで、電話を含めたインフラと一体化している。おまけに、取り次ぎや留守番もリウパスリ自身が行っていた。

 言葉遣いなんか、トクベ8よりもよっぽどマシだ。


「もしもーし」

「あ、部長さん。ちょっとうちのリウパスリの様子を見に来てもらえませんか? なんだか調子が悪いようで……」


 聞けば、家がなかなか言うことを聞いてくれなくなったという。

 ふさぎ込んだように静かになり、時々壁が苦しむように震えているとか。

「すぐ行きます!」


 原チャを飛ばしてミヤケ邸に着いてみると、事態は思ったより深刻だった。

 リウパスリは言葉でまったく反応しなくなっており、話にあった壁の震えも次第に大きくなっていった。

 こんなことは初めてだ。


「私たちが何か間違ったことをしたんでしょうか……」

 ミヤケ氏が腕組みをしてつぶやいた。

「そんなことはないと思います。ちょっとリウパスリの心理探査をやってみますね」

「まるで、人間みたいね……」

 奥さんは心配そうだ。

「多分、これで原因はわかると思います。どうぞご心配なく」


 私は家の神経中枢にアクセスするため、壁の組織をちょっと切って自分の触覚の先端をそこに突っ込んだ。

 プラマタ星人は触覚で植物の深層心理に話しかけることができるのだ。


 何がどうした? 病気かい?


 私の問いかけに、家は切れ切れの反応を返してきた。


 ……ナニカ……イル……カラダノナイイキモノ……


 生き物? ミヤケさん一家以外に誰かいるってこと?


 ……ワカラナイ……デモ、ソレガナイテイル……クルシンデイル……ソノクルシミガ……ジブンニモワカル……


 そうか、そのせいでリウパスリの感情移入機能が過剰に刺激されて調子が悪くなったわけだ。

 しかし、体の無い生き物とは?

 この宇宙には実体の無いエネルギー生物も存在する。時に、普通の知的生命体の精神からそういったものが分離成長して、イドの怪物と呼ばれる危険な存在になることもある。


 そんなものがいたら一大事だ。


 私はミヤケさん一家にいったん外へ出てもらい、非実体生物の正体を確認することにした。

 不動産屋専用のトラブルシューティングキットから、認識位相拡張ゴーグルを取り出してかける。これで大抵のエネルギー生命体は識別できるはずだ。


 私はすべての部屋の検査を始めた。念のため、警備用のプラズマバトンを構えて万一に備える。

 

 1階異常なし……


 2階異常なし……


 3階に足を踏み入れたその時……


 音が聞こえた。


 何かしゃくりあげるような……すすり泣くような……?


 声の源は、寝室の上にあるロフトからだった。

 ハシゴを登ってプラズマバトンの放つ光でロフトの奥を照らすと……


 いた。


 子供だ。

 長い髪をした、ミヤケさんたちと同じ地球人らしい女の子が泣いている。


 私はロフトに上がり、少女の前にしゃがみ込んだ。

「どうしたの……? あなたはだあれ?」

 少女はゆっくり顔を上げた。


 かわいい。


「……お外で遊びたいの」

「そう……お外で、ね」

 私は相手を怖がらせないように、慎重に言葉を選んだ。

「お外に出ても大丈夫よ。すごく広いから好きなだけ遊べるわ」

 少女は首を振った。

「ダメなの……私は病気だからお外に出ちゃダメってママに言われてるの」

「ママ? ママがいるの?」

 問いには答えず、少女はまたうつむいて泣きじゃくり出した。


「ブランコに乗って遊びたい……ブランコに乗るのが私の夢なの……」


 どういうことだろう???


 私はロフトを降りると、ミヤケさん一家に声をかけて中に戻って来てもらった。

 事情を説明し、なぜこんな子がいるのか心当たりがないか聞いてみた。


「あなた……やっぱりあの子のことじゃないかしら」

「あ、ああ……まさかこんなところまでついてくる・・・・・なんて……」

 私には何のことかわからない。

「どういう事情なんですか?」

「実は……多分その子は地球にいた時から私たちの家にいて、一緒について来てしまったんだと思うんです」


 聞けば、地球でミヤケさんたちが住んでいた家には妙な噂があった。

 その家の前の住人に、病気で死んだ女の子がいたというのだ。

 長い間伏せった末、外で遊びたいという願い……夢をかなえられないまま息絶えたという……


「家を買う時、不動産屋さんが言ったんです。その子の幽霊が出るかもしれないから格安にしておきますよ……って……」


 奥さんは自分の体を抱くようにしながら言った。

「ユーレイ?」


 私は初めて聞く言葉だった。

 どうやら地球人は、死んだ人間から分離した精神体をそう呼んでいるらしい。

 それが住宅などの建物に残って、不動産としての価値を左右するというのだ。

 プラマタの……いや、この宇宙のどの星の不動産屋も、そんなことで物件の値付けを考えたりしない。


「まあ直接的な害は無いようですし、原因がわかればリウパスリも回復しますし、何より見えませんから……どうでしょう。そのユーレイも一緒にこの家で迎えられては……」

 ミヤケ夫妻はそろって目を見開き、ブンブンと首を振る。

「いや、幽霊と同居は勘弁してください……」


 困った。

 原因は持ち込まれたものとはいえ、リウパスリの瑕疵保険で定められた免責事項にユーレイは入っていない。

 このままだと契約破棄になっても文句は言えない……


 ユーレイを追い出そうにも、実体のないエネルギー生命体では引っ張り出すことも出来ない。別の住まいに引っ越してもらっても、またついてこられたら同じことだ。


 うーむ……


 その時だった。


「部長! 朝のメンテがいい加減でございませんでありませんでしたか? 電波のせいでまたエアワンボックスが故障しやがりございますですよ!」


 家に飛び込んできたトクベ8が私にくってかかってきた。

 こんな時に……

「ちょっと。今、取り込み中だから後にして……わ!」

 何かが私の眼前をかすめて落ちてきた。


 あのユーレイの少女だ。

 さっきまでの泣き顔はどこへやら。

 どこかうっとりとした笑顔を浮かべ、トクベ8の隣に立った少女は、ロボットの体に両手をまわして頬を擦り寄せた。


「この人、好き……」


 はあ?

「どうしたんですか?」

 事情が見えないミヤケ氏がたずねる。

「いや、問題のユーレイの女の子が今そのロボットのそばに立ってるんですけど……」

 奥さんがひっと息を飲んで夫の陰に隠れる。

「なんでいきなり……あ、そうか! わかった! トクベ! そのまま外に出て!」

 これまた状況がのみこめないトクベ8が首をひねる。

 私はトクベの手を取り、引っ張りながら玄関をくぐった。

 案の定、女の子もついてくる。


「ミヤケさん、問題は解決しました。ユーレイは連れて行きます。リウパスリもすぐ回復すると思います。明日また連絡しますんで、よろしく!」

 ポカンとした表情を浮かべる夫妻を残して、私はトクベが乗ってきた故障中のエアワンボックスを牽引するために原チャリを接続した。


「何がどうしたんでございますですか?」

 トクベが聞いた。

「あんたのお陰でユーレイを追い出せたのよ。この子はあんたが発信してる異常な電波に反応したんだわ。いい具合にエネルギー波と同調したみたい。このまま事務所まで戻るわよ!」


 思惑通り、ユーレイは事務所までついてきた。

 しかし、このままではトクベの体から出ている電波をシールドできない。機械やリウパスリの調子を壊しながら仕事をさせるわけにいかないのだ。

 かといって、ユーレイがミヤケ邸に帰ったりしたら元の木阿弥だ。


 なんとか彼女をトクベから引き離さなくては……


 ふと思い立って、私は自分が子供の頃使っていた小さなブランコを物置から引っ張り出した。

 事務所の外に据えつけたブランコの前にトクベとユーレイを連れてくる。


「ほら、ブランコよ。これで遊びたかったんでしょ?」


 少女はしばらくブランコを見つめていたが、やがてトクベの体をはなしてそちらへ漂っていった。恐る恐るといった感じでブランコに腰掛け、ゆっくりと揺らし始める。


 このまま、ここにいてくれればよいのだが……


 キーコ、キーコとブランコを漕ぎながら、少女の顔に満面の笑みが浮かんできた。

「ねえ、ここは天国?」

 そうたずねる少女の声はトクベにも聞こえたらしい。

「いや、ここは惑星プラ……」

 答えかけたトクベの口を私は手でふさいだ。


「天国だよ……」


 少女の姿がすうっと消えた。


 私はゴーグルを外してみた。

 ブランコは誰も乗せないまま揺れ続け……やがて、止まった。


 地球人は不思議だ。

 元々は同じ人間で、ちょっと生命としてのあり方が変わっただけのユーレイを、なぜそんなに怖れるのだろう。

 自分たちから生まれたエネルギー体に過ぎないというのに……

 それも、この世に残した思いを果たしただけで簡単に消えてしまうというのに……


 私のもの思いをトクベ8の声がさえぎった。

「天国とはなんでありございますか? どうしてウソを?」

「ウソなんかかついてないよ」

 私は振り返ると、夕方の水やりのために原チャリの方へ向かった。

 新しいお客さんのために……宇宙一の天国となるマイホームをつくるために。


 そう、ウソなんかついてない。

 夢がかなう場所があったとしたら、そこは天国だ。


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