3,3度目の涙

私の聞き間違いでなければ、

今、母は兄の名前を呼んだ。


私の心中は穏やかではなかったが、

どうしても話の続きを聞くべく、

私は、リビング前の扉横に身を潜める。


のぞむ自身が、『ドナーになる』っと、言い。

 あの子との相性が良かったから、

 手術にこぎつけた。

 

 しかし、アイツの体がもたなかった。

 そう言うしかないだろ?」


「それじゃあ、あの子のせいで、

 のぞむが死んだと思うじゃない!」


母の言った通りである。私は、私が―――。



―――兄を殺した。



唐突に襲い来る恐怖と絶望に、

その場に居続ける事が、出来なかった私は、

家の外へと駆け出した。


2回目の涙の筈なのに、

1回目よりも、多くそして冷たかった。


頭の中がぐちゃぐちゃになりつつも、

私が向かった先は、兄とよく遊んだ公園だった。

駆けっこに、おままごと、

自転車の練習も此処でしたっけ―――。


私は、いつも座っていたベンチに、

何気なく座り、夜空を見上げた。

それと同時に、込み上がる思いが、

私の胸を締め付ける。


「何で、何で、何でよ!」


既に時刻は夜になっているとはいえ、

周囲に人がチラホラといた。

それにも関わらず、私は大声で叫ぶ。


「何で、誰も言ってくれなかったの?

 何で、私には内緒だったの?

 何で、兄さんが死んで!

 ―――私が、生きているの?」


兄さんの方が、優秀だった。

兄さんの方が、大人だった。

兄さんの方が、かっこよかった。

なのに、なのに、なのに―――どうして?


私はベンチの上で、自身の髪をクシャクシャに

かき回し、自分の膝を抱きつつ、

膝で顔を覆った。


「何でよ―――」


周囲は驚き、ヒソヒソっと、声がする。

それから、段々と人気が失せていくのを感じた。

そりゃ、奇声を発する人が居たら、

当たりまえ―――。


いっそ、誰もかれも、

消えてしまえばいい―――。


私の心は荒み切り、

良くない事を考え始めていた、

そんな矢先―――。


「大丈夫かい?」


既に、周囲には誰も居ないと思ったら、

最近聞き覚えのある男性の声が、突然聞こえた。


「あ、貴方は―――」


ゆっくりと、顔を上げた先には、

大学の文化祭で、 1つ目の箱を

開けてくれた人だった。


その人は、ハンカチを私に差し出しながら、

心配そうに此方を見ている。


「ご、御免なさい」


「いや、泣く時は泣いた方がいい」


「え?」


「だって、泣くのを我慢したら、

 また何処かで、そのしわ寄せが来て、

 取り返しのつかない事になるかもしれない。  

 泣ける時に泣いた方が、効率的だ」


「こうりつ?」


「バカ!」


「イタっ!」


彼の頭を勢いよく叩いた人は、

これもまた前回、 文化祭で会った女性だった。


「みんながみんな、和樹君のように、

 効率廚こうりつちゅうな訳じゃないのよ!」


「確かに―――」


「まぁでも、間違ってはいないか」


「じゃあ、何で叩かれたんですか!?」


「ん―――ノリ?」


二人の夫婦めおと漫才に、思わず「クス」っと、

笑ってしまった。


「あ、笑ってくれた」


「あっ、す、すみません」


「いいえ、大丈夫よ。

 あっ!この為に叩いたなら、どう?」


「納得―――しましょう」


二人のやり取りを見ていたら、

少しだけ心が落ち着いていくのを感じた。

それから、私はこれまでの箱に関することと、

兄の話を二人に話した。


話を終えた瞬間、男性は、

「また、やってしまった」っと、

いきなり、頭を抱えて落ち込んでいた。


「えっ?どうして―――」


「自分が箱を開けてしまったばかりに

 こんな事に―――」


「まぁ、きっかけは、間違いなく貴方ね」


「い、いいえ!違います。

 私が勝手に面白がって、

 箱探しを始めて―――。


そう、両親が兄の話をしたのも、

四つ目の箱を探しているのを父が見て―――」


そう、3枚目の手紙には、

このように書かれていた。


~・~・~・~・~・~・~・~


3つ目の謎はどうだった?

もしかしたら、今の夢は違うかもだけど、

いつも応援しているよ!


次は、家の庭にある。

「タイムカプセル」に、入っているよ!

次は、ちょっと分からないかも―――。

ガンバレ!


~・~・~・~・~・~・~・~


手紙を読んだ私は、自宅の庭で、

兄と一緒に埋めた場所を掘り始めた。

その私の姿を見た父が―――、


『急に、どうした?』


『兄さんと埋めたタイムカプセルを   

 掘り出しているの』


『そ、そうか』


恐らく、あれがきっかけで、

両親が、兄の事を話した筈―――。


「だから、貴方のせいじゃ―――」


「なら、貴女のせいでもないわ

 と言うか、誰のせいでもない」


私の訴えは、女性に遮られた。


「えっ」


女性は、私の両肩にそっと手を置き、

私をまっすぐに見つめた。


「貴女のお兄さんは、自分の意志で

 貴女のドナーになったの―――。


 結果的に、お兄さんは亡くなって

 しまったけど、それを覚悟の上で

 お兄さんは決断した筈―――。


 なのに、貴女がその決断を悲しめば、

 お兄さんも悲しむ―――。

 もし、お兄さんの為を思うのならば、

 感謝しましょ―――ありがとうって」


「は、はい」


私の涙は、尽きた筈だった。

でも、再び瞳の奥が熱くなる。

そして、3度目の涙は一番心が暖かった。


~・~・~・~・~・~・~・~


二人のお陰で、少し立ち直った私は、

ズボンに入っていた4つ目の箱を取り出した。


今回の箱は、一面(縦2列×横3列)が、

6個に分割され、それが六面で

構成されている為、合計36個に分かれている。


その内26箇所には、

“アルファベット”のボタンが刻まれ、

残りのボタンではない、

10カ所は、以下の通りだった。


【配/合/コ】【―/ヒ/―】

【頭/濁/点】【抜/a/b】

※a,bはボタン


恐らく、この箱を開けるヒントだと

思われるのだが、 私と女性の2人は、

首を横に傾げた。


一方、男性は、 深い溜息を付いて、

申し訳なさそうに 「わかりました」っと、

挙手した。


「ホントですか!」


「よくわかったわね」


「いや、ちょっと、さっきまでの話から

 あんまり、回答したくないのだが―――」


「「?」」


彼は、そう言って、箱のボタンを

【f/r/i/e/n/d】っと、 順番に入力していった。


「フレンドって―――友達?」


ポーン。―――カチャ。


私が囁いたと同時に、箱も開いた。


「何故、friend?」


「配合されたコーヒーを何て言います?」


「え?ブレンドコーヒーって―――噓でしょ」


「ご免なさい、私はまだ分からなくて―――」


「ブレンドの“頭”文字から

 “濁点”を“抜”くと?」


男性は、遠い場所を見つめ、

私にヒントをくれた。

そして、何が答えだったかに、気付いた。


「ふ、フレンド―――ですね」


く、くだらない。


私は、くだらな過ぎる兄のクイズに、

思わず笑い出してしまった。

すると、二人も合わせてくれたのか、

三人は、一緒に大声で笑いあった。


気付けば、あの恐怖と絶望は何処へやら、

私は、2人のお陰で、兄の死を

受け入れられる事が、出来たのだった。

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