箱男の告白 kac20243
愛田 猛
箱男と呼ばれた男 kac20243 参加作品
私は、箱男と呼ばれる男に会いに行った。
…俺の話を聞きたい?酔狂なやつだな。まあ、いいや。ちょうどヒマだし、ちょっと話してやるよ。
もう、昔のだ。中学生のときかな、阿部公房の「箱男」って本を読んだんだよ。段ボールかぶって歩く変なやつの話なんだけどな。
で、俺は文学とか不条理に興味を持ったわけじゃなく、なぜか「箱」にハマっちまったんだな。
いろんな箱を集め始めた。マッチ箱から段ボール箱、アルマイトの弁当箱やらティッシュの箱、カステラの箱までさ、手に入るあらゆる箱を集めたんだよ。
もちろん、高価な宝石箱なんかは無理だが、基本的に箱ってのは安いものが多いからな。中身を出したら、捨てられちまうものも多いしな。
中身が大事で、箱は運搬とか保存とか外見のためで、本質じゃないってのが世の中の固定観念だ。
だが、それで箱がないがしろにされるのは、箱がかわいそうじゃないか。世間が中身に注目するなら、俺だけでも箱に注目して、箱を愛でてやろう、そう思えたんだな。
哲学的に言えば、本質では無いと思われている物の本質をとらえよ、ってな。
まあ、そんなのは後付けなんだがな。本質的に、箱を集めるのが楽しかったんだよ。
まあ、コレクターってのはコレクションを楽しむものさ。
コレクターが「箱買い」とかいうけど、大部分の奴は中身がほしいから買うんだよな。俺は、箱がほしいから「箱買い」したんだよ。ユニークだろ?
こうやって、コレクションがだんだん充実してくると、ちょっとずつ金をかけるようにもなる。箱根の寄せ木細工の箱とか、古道具屋で売っている昔の薬箱とか千両箱とかな。解体された電話ボックスまで手に入れたよ。
え?集めた箱はどうしたかって?
そりゃあもちろん、集めた箱は、別の箱に入れて保管してたのさ。
コレクションが充実してくると、だんだん周辺にも進出したくなるってのがコレクターの性(さが)だよな。俺の場合、そのうち、本来の箱とは違う「ハコ」まで手を伸ばしちまったね。
山崎ハコの暗い歌を聴いたり、正月に芦ノ湖まで行って、箱根駅伝の応援したり、博物館に行ったりな。
六人のころから「ももクロ」は箱押しだったよ。段ボールの衣装でやってた馬鹿コントの「あーりんロボ」はツボだったな。
最近ではラジオの箱崎みどりアナウンサーの三国志の本も手に入れたよ。。
字が違うけど、昔の北海道で、函館から銭函駅まで行って来たんだよ。鉄道マニアでもないのにな。
高い買い物としては、ハコスカだな。いや、横須賀じゃないよ。ハコスカ。スポーツカーだよ。箱型のスカイライン。昔のやつだけど、妙にプレミアムがついてて、高かったな。音はうるさいし、燃費も悪い。古いからすぐ故障するし。
まあ、箱好きがハコスカに箱乗りした、なんて馬鹿なことして喜んでたよ。
金があれば、海外旅行したかったんだけどな。
え?どこかって?
トリニダード・トバコ。
世界のどこにあるのかも知らん。それに、これ、トバゴらしいんだが、、まあ箱つながりだよな。行ってないけどな。
どうせ行ったことあるやつなんて日本にはほとんどいないから、なんでも言えそうだな。
「トリニダードトバコの連中は、毎日段ボール箱をかぶってる。」って言っても、真偽はなかなかわからないだろうしな。
タバコは年中吸ってたね。ライターじゃなくてマッチ箱持ってた。
…でもな。ある時に箱車、じゃないな歯車が狂っちまったんだよ。
大箱のクラブでナンパした女とパコったら、それが箱入り娘でな。親が激怒しちまった。
その親父が、たまたま俺の勤め先の段ボール会社の親会社のお偉いさんでな。圧力がかかって、俺は職場をお払い箱になっちまったんだ。
それからは、積んだ段ボール箱が崩れるみたいに転がり落ちた。
早かったね。
あっという間に貧乏になって、ゴミ箱をあさるような生活になっちまった。
段ボール箱で家を作ってな。
途中、ギャンブルで取り戻そうとも考えたが、麻雀やればハコテンだし、競馬でボックス買いしても負けるし。パチンコだけは千両箱を埋めることはなかったな。
そのうち電車でハコ師って呼ばれるスリをやってたら見つかって、必死に逃げたけどハコ詰めのマッポに捕まってね。
こうやって自分がブタ箱入りさ。
男は寂しそうに笑った。
そろそろ潮時だな。
私は面会を切り上げることにした。
「これは差し入れです。」
私はそう言って、差し入れが認められている小さな石鹸箱を渡した。
男の顔が一瞬泣きそうになったような気がする。
「ありだとよ。ひさびさのハコだ。」無理に笑っているような顔だった。
(完)
===
お読みいただき、ありがとうございましt。
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特に短編の場合、大体が一期一会です。
袖すりあうも他生の縁。
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…もちろん私が最初に幸せになるんですがね(笑)。
箱男の告白 kac20243 愛田 猛 @takaida1
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