ひとつめ

ずっと前からあなたが好きでした。①

 放課後の校舎裏でのひと幕。


『別れない。別れたくない、絶対』


 ああ。またか。とヒズミは思った。中学に入ってからこれで何度目のこと。

 

『好きなの、こんなにも。恋したのはあなただけ』


 と同時に、これはもう仕方のないことなのだと半ば納得ずくだった。


 たまたま隣の席になった縁で気安く話しかけてみたものの、知り合ったばかりの彼女は放っておいてくれと言わんばかりのそっけない態度。露骨に距離を取りたがる。ほとんど表情も変えなかった。だからこそヒズミは彼女が気にかかった。なんとかして振り向かせてみたいと考えた。

 それがどうだ。今や見る影もない。目にいっぱいの涙をためて取り乱すようすは、まるで別人のよう。それを目の当たりにすると、ヒズミは彼女に対する興味をもうひとつ残らず失ってしまった。


「じゃ昔みたくなれる? オレのことウザいってくらい、もっとツンケンしてみせてよ。それからやり直そう」


『そんなの。無理』


「じゃ無理」


『そっちがそそのかしてきたくせに昔みたいにとか。そんなの都合よすぎ』


「人聞きの悪いこと言うなって。オレはべつにどっちだってよかったのに、告ってきたのはそっちじゃん」


 さかのぼれば初めて好意を直截ちょくせつ告げられたのは、幼稚園で一緒だった女の子から。あれからはや10年、お付き合いした相手は数知れず。そのことごとくが向こうからの告白を受け入れたものだった。ヒズミが自分から好きだと口にしたことはただの一度も、なかった。


 タルタリヒズミは人一倍、見目麗しい少年だった。

 男らしいより繊細と呼ぶにふさわしい。あまりに可憐で、それこそ両親はとヒズミを育てた。物心つくころにはだれもが目を奪われ、息を呑み、ふた言目にはその美しさを褒め称えた。それでヒズミはすっかり自分が並外れたルックスの持ち主であることを理解した。


『ねえ。全然わかんない。どうしたいの、私に嫌いになってほしいの?』


「オレのどこが好き?」


『え。と。やさしい、ところ』


 教科書を貸したこと。足を挫いた彼女を抱え、保健室まで運んだこと。どれもこれも彼女の気を引くためにしたにすぎないから、そんなのやさしさのカケラもない。

 大体オレの顔がオレじゃなくなったとして、チー牛にお姫様抱っこされてその姿が人目にさらされたとして、それでもやさしいだのなんだの言えるのか。ヒズミは問い詰めてやりたかった。けれどバカバカしくなってやめた。


「うん。そう。嫌いになってほしい。オレのことなんかさっさと忘れたらいいよ」


『やだ。忘れたくない。好き』


 彼女はヒズミに詰め寄ると、その両腕をつかんで激しく揺さぶった。


「やっぱオレ、アンタのこと好きじゃないわ」


『ウソ』


「恋だのなんだの言っときながら結局、アンタもオレの外ヅラにしか興味ないんだ」


『アンタって呼ばないで。違う。違う。私は、みんな直すから。どこがいけなかったのか教えて。ねえ』


「はああ。あのさ、目障りだから。早くどっか行ってくんない」


 なにか声に出そうととわずかに口を開いて、けれど彼女はすぐに下唇を噛みしめ、制服のスカートが汚れるのも構わずへなへなとその場にうずくまった。そしてそのままさめざめ泣き始めた。

 こんな一方的な別れの切り出し方をすればあることないこと、明日には言いふらされるに決まってる。それを思うとヒズミは気が滅入りそうになる。ただそれよりなにより、これ以上彼女と話を続けるのが億劫おっくうでしょうがなかった。


 もはや意思の疎通が困難と判断したヒズミは、ためらわず彼女に背を向ける。そこへ颯爽さっそうと現れる影がひとつ。その行く手を遮った。


「ずっと前からあなたが好きでした」


 クズガハラミユキである。

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