転生するまでに口にしたい100のこと

会多真透

プロローグ

 クズガハラミユキは毎朝6時半に目を覚ますと、身支度を済ませ、食事を摂ったら7時20分にはうちを出る。それから30分ほど歩いて、予鈴は8時15分だから余裕を持って学校に着く。無遅刻、無欠席で授業を真面目に受け、放課後は陸上部の活動に勤しむ。毎日の暮らしぶりといえば概ねこんなところ。


 友だちはそれなりにいる。休み時間にはそれなりに談笑して、給食のときには机を寄せ合う。だから体育のペア組みであぶれる、なんてこともない。いじめられたり、除け者にされたり、その身に降りかかった覚えは一度もなく、両親とも割合仲がいい。思春期を迎えた同年代の友人たちがなんとなく距離を置きたがる中、家族そろって出かけることもままあるくらいだった。


 とくべつの不満はなくて、それが却ってどこか満たされない気にさせる。そんなとりとめのない日々を送っていたある日、ミユキははたと気がついた。あれ。ボクの人生、普通すぎ?

 身長体重はいつも平均的。なにか優秀な成績を収めて表彰されたこともなければ、だれかに告白された試しもなくて、かといって大きな怪我や病気にかかったことだってない。


 謎の組織に怪しい薬を飲まされて見た目が小学生になったりだとか、どこのだれとも知れない女の子と身体が入れ替わったりだとか。それで時空を超えた恋に落ちるだとか。べつにそんなの望んじゃないけど、いくらなんでもなんにもなさすぎる。

 ひょっとしたらボクは毎朝、夢から覚めてもずっと夢を見続けているのかもしれない。たとえばこの世界は、本来ボクのいるべき場所じゃなかったり――。


 それからというものミユキは寝る間も惜しんで、手あたり次第参考文献(ラノベ)を読み漁った。あるいは来る日も来る日も、映像資料(アニメ)に片っ端から目を通した。やがてひとつの信じがたい事実にたどり着く。

 ただこの世界に愛想をつかしたわけでもないから、両親や友人たちと離れ離れになるのはいくぶん名残惜しくもあった。そんなときミユキは、常々父親が自分に説いたある言葉をその胸に言い聞かせた。


『人生はたった一度きり。やりたいことをやれ』


 そうと決まればミユキはすぐさま実行に移す。けれど痛いのは嫌なのでどうにかひと思いにゆきたいと考え、なるだけ大きめのトラックを狙うことにする。あとは、雨の日なら視界が悪くなるし、ブレーキだって当然効きにくくなるはず。

 決行当日。下調べしておいた車の往来の絶えない通り、その脇にある歩道にミユキは立っていた。万一、遺体としてこの身が置き去りにされたら、巻き込まれたドライバーには本当に申しわけないから責任を問われないよう、今回の顛末てんまつを書き起こした手紙をズボンのポケットにしまい込んだ。


 しばらくして、ふたつ向こうの信号に止まったトレーラーに目星をつける。これからボクは、異世界転生する。けれどいざその現実と向き合ってみたら、固く誓った決心も思わず揺らいでしまいそうになる。足が震えた。

 そこで深呼吸をひとつ、ふたつ、繰り返し、父親のあの言葉を口ずさむ。そうして一歩踏み――。


 次の瞬間、ミユキの体は後方へ激しく引き寄せられていた。大きくのけ反り地面に倒れ込むすんでのところ、なんとか踏み止まる。何事かとミユキが振り返ってみると、自身の体をつかんでいたのは見覚えのない制服を身にまとった、長い黒髪の少女。年のころはミユキより少し年上、高校生くらいに見えた。

 なんと彼女は、その身をていしてミユキの命を救ってくれたのだ。こんなにもドラマチックな展開が、まさか自分の身に起こるなんて。


 あまりの出来事にまともに働かないミユキの頭の中には、突如として無数の言葉が去来する。あれもこれも、一度は口に出してみたいとこいねがいながらとうとう使い道を見つけられず、半ば諦めかけていた言葉の数々。

 時にそれは銀幕スターのセリフで、時にそれはマンガの登場人物の声で、時にそれは歴史に名を刻む偉人たちの格言で、時にそれは名も知らぬ人々の願いだったりする。今際の際に立って、ミユキはまだいくらも言い残した言葉のあることに気がついた。


 ミユキはじっと目の前の少女を見据えた。この場に打ってつけの言葉ならかねてから用意してある。


「よかったらLINE交換しませんか」


『は。キモ』








※ここまでお読みいただきありがとうございます。この作品では一生に一度は口にしてみたい言葉を幅広く募っております。

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