第1話 私、彼氏いるから

 寒さで縮こまっていた蕾は春の暖かさで花を開き、辺りを鮮やかなピンク色へ染め始めた。

 そしてそれは新たな門出を祝福するように風で揺れ出すのだった。

 4月10日

「お母さん! おかしな所ない?」

 リビングにて、成長を見越して買った少し大きめの制服を纏う少女が母親に尋ねた。

 じっと見つめ軽く微笑む母親。

「え? 変? 変なの!?」

 不安気に尋ねる少女とは裏腹に母親は感涙する。

「もう、みのりは高校生なんだね」

「な、何で泣いているの! お母さん」

 予期しない出来事に慌てふためくみのり。

「親はね、そういうものなのよ」

「どゆこと?」

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべるみのりを横目に母親は涙を拭き取る。

「さあ、そろそろ行かないと入学式遅れるわよ。紗希ちゃん待ってるんでしょ」

「あっ、そうだった」

 みのりは急いで鞄を持ち、癖が付いていない靴を履き玄関前の鏡を見つめる。

 手入れがしっかりと施され胸あたりまで伸びた茶髪。整った鼻や眉、大きな瞳にそれをより引立てる左目尻になるほくろが美しさを際立てている。他人から見れば美少女の部類に入るだろう。

 そんな自分に数秒見惚れ、ニコッと笑顔を作る。

「よし、今日もバッチリ! それじゃあ行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。また後でね」

 母親からの見送りを終え、玄関を出ると小さな少女が空を見て待っていた。

「お待たせー、紗希さき

 身長はお世辞にも高いとは言えず、もしかすると小学生にも間違わられるかもしれないような容姿に丁寧に整えられたショートカットの黒髪がそれをより彷彿とさせている。

 玄関から出来てきたみのりを見て、ため息を吐く紗希。

「……遅い」

「ごめん! 準備に時間掛かっちゃって」

 そう言われ、髪を見ると左耳辺りから編み込みをしているのが分かった。

「浮かれみのり」

「べ、別にいいじゃん! だって今日から高校生だよ。今浮かれなくていつ浮かれるの? それに紗希だって浮かれてるでしょ。私の目は誤魔化せないからね」

 そう言われ、びくりとする紗希。

 唇を触り、ポツリと呟き始める。

「他の人に見せる為じゃないし……」

「どうしたの?」

「何でもない。それより行くわよ」

 二人は少し行き慣れない道を歩き始め、高校へと向かって行った。

 私立御影しりつみかげ高校校庭にて。

 そこには多くの新入生が集まっており、クラス発表に胸を躍らせたり友たちとの写真撮影に勤しんでいた。

「えっと、私は何組かな〜」

 校舎の壁に張り出されたクラス表を見て、自分の名前を探し始める。そして3組に天野あまのみのりと記されていた。

「あった。紗希は何組?」

「そのまま真ん中らへん見て」

 言われた通り視線を移すとひじり紗希と記されていた。

「やった! 高校でも一緒のクラスだね!」

 嬉しさのあまり、紗希をぎゅっと抱きしめるみのり。しかし体格差があるため、胸辺りでジタバタと暴れる紗希だった。それに気づき咄嗟に離すみのり。

「私を窒息死させる気?」

「嬉しくてつい」

「まったく。クラスではあんまりくっつかないでよ」

「はーい」

 クラス以外でならくっついていいのと口にしようと思ったが胸の内にしまうみのりであった。

 そして体育館での集合時間が近づき、多くの生徒たちが集まり始める。

 始まるまでの間辺りをキョロキョロと見渡すみのり。

(何してるのよ、みのりは)

 後方に座っている紗希は少し呆れ気味でみのりを見ていた。

 だがそうこうしている内に時間となり、入学式が開始した。

 学校からの祝いの言葉や新入生代表の挨拶だと30分ほどのプログラムを終え、いよいよ各自のクラス移動が始まった。

「では1組から順番に退室して、各教室へ向かってください」

 移動し始める生徒たち。

「みのり、キョロキョロし過ぎ」

「だって、いい人いるかチェックしないとだし」

「……ほんと浮かれすぎよ」

 1年3組にて。

 各自机に貼られている名前の場所に座り、担任を待ち始める。

(一番前の席か。先生にめっちゃ見られそう……)

 見慣れない生徒が殆どの為、静かながらも妙にソワソワしている。

 そして静寂を破るかのように教室のドアが開き、一人の女性が入ってくる。

 綺麗に結ばれたポニーテール。そしてそのうなじがより丁寧な性格と色気を漂わせている。またキリッとした目つきが彼女の美しさを引き立てる。

 彼女は教卓の前で止まり、左から右へと生徒を一望する。

 確認を終えた彼女は、チョークを持ち黒板の方へ「早瀬はやせゆかり」と記した。

「1年3組の担任、早瀬ゆかりです。担当科目は国語。みんなよろしくね」

 手短な挨拶だったが生徒からの大きく沢山の拍手が教室中に鳴り響いた。

 特に男子生徒は数人雄叫びを上げていた。

(早瀬せんせー)

 何かを考え込むみのり。

(めっちゃタイプ! 待って待って、こんな綺麗な人が担任なんて最高でしょ!)

 そんな心の声とは関係なく話は進んでいく。

「それじゃあみんなも順番に自己紹介してもらうね。最初は天野さん、よろしくね」

(決めた! 私絶対に早瀬せんせーと)

 しかし反応無く、少しざわつくクラス。

「天野さん?」

「は、はい!」

 ようやく呼ばれた事に気づき、立ち上がるみのり。

(ど、どうしよう。話聞いてなかった……)

 殆どの生徒がみのりに注目しており、その目線によって頭の中が真っ白になる。

「名前と一年間どうしていきたいかを簡単でいいからお願い」

 と助け舟を送るゆかり。

「えっと、天野みのりです! トップバッターなんで緊張しちゃって〜。クラスのみんなと仲良くなりたいので、気軽に接してください。よろしくです〜」

 まばらな握手ではあるが成功と言える挨拶だろう。

 クラスの反応を見て少し安堵するけど紗希。普段通りだと感じ、目線を外す。

 拍手が鳴り止み、席に座るみのり。

「ありがとう、天野さん。次岩崎君」

(もー、最悪。せんせーに恥ずかしい所見られちゃった。でも後で絶対に)

 その後自己紹介は順調に進み、明日の連絡事項を終え午前中で一年生は解散となった。

 殆どの生徒が教室を出ていく中、みのりはじっと何かを待っていた。

「何してんの?」

「待ってるの」

「だから何を?」

 だが返事は返ってこず、みのりは一直線にゆかりを見つめていた。

 そして教室にはみのりと紗希、ゆかりだけとなった。

「早瀬せんせー」

 勢いよく立ち上がり、教卓の方へ向かう。

「どうしたの? 天野さん」

「せんせーって付き合ってる人いますか?」

「ちょっとみのり!」

 その質問に眉をぴくりとさせ、少し声を低くし尋ねてくる。

「それを聞いてどうするんですか?」

「単純に知りたくて」

「先生すみません。この子今日おかしくて。もう帰ろ」

 みのりの手を掴み、教室を出ようとするがぴくりとも動かなかった。

「どうなんですか? せんせー」

 少し諦めの表情と小さなため息。だけどゆっくりとみのりの顔に近づき、そして……。

(え? せんせー、い、いきなりキ……)

 だが顔を素通りし、耳の方へ。

「私、彼氏いるから」

「え?」



ーーー

次回更新は4月3日予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る