第44話 EP5 (13) クララ、一人三役

「あと二つありますよ!」

「え? あと二つ……ですか?」


 思いがけないウォードの言葉にクララは目を丸くした。教師に復帰する他に何をやれと言うのだろうか?


「クララさんと同じような病気にかかったり、シングルマザ―で苦労されて体調を崩された方がこの町に結構おられます」

「はい……」


「その中で希望者、または推薦者を募って、山歩きを行うグループを作り、それをクララさんに率いて欲しいのです」


 がん患者のグループが一緒に山を登るような話がある。シングルマザーが力を合わせて何かのイベントを行う事がある。ウォードはそんな活動をこの地域にも導入し、それをリードする役割をクララに担わせようと考えたのである。


「そんな事、出来る訳がありません」


 クララは唐突な、しかも良く知らない活動を自分が率いるなんて、無理中の無理と感じた。しかし娘のクレアはそうは思わない。


「お母さん、昔しょっちゅう私達姉妹を連れて山歩きしてくれたじゃない。できるよ」


 クレアが叫んだ。クララは戸惑う。


「だってそれは昔の話で、今は山歩きなんて……」


 ウォードが付け足した。


「対象の方々は、ほとんどが山登りをされたことが無い方ばかりですので本格的な山登りをする訳ではありません。近郊の山の散策ルートと基本的な山歩きの知識を知っていれば大丈夫です」


「それは別に私じゃなくてもいいのではないでしょうか?」


「これは、もちろんグループ員のための活動ですが、クララさんに新しいコミュニティに入って、自信を取り戻してもらうためのアクションでもあります。それから、グループを率いて欲しいと言いましたが、実際には引率するというよりは仲間通しで登るグループの一員というイメージを描いて頂ければ結構です。グループメンバーと同じような境遇のクララさんに代表をやっていただくのが良いのです」


 ウォードの説得で、クララの心の中のハードルは下がった。即答し難いので回答は保留するが、もしかしたらできるかもしれない。


 クララ自身は気が付いていないが、彼女の目に少しずつ輝きがでてきたのをみんなが見ていた。表情も変わりつつある。


「……もう一つは何でしょう?」


「託児施設のアドバイザーをお願いしたいんです。赤ちゃんから児童まで、親から預かった子供の施設ですが、クララさんがお時間がある時に保育士さんにアドバイスしていただきたいのです」


「私、資格はありますが保育士の仕事はしたことが無いです」


 またもや否定的に答えるクララに対して、ウォードは彼女の心配が杞憂であることを説明する。


「小学校低学年の長い教師経験、娘さんお二人をクララさんお一人で育て、今またお孫さんであるクラリスの乳児保育もされております。間違いなく的確なアドバイスをしていただくことができると信じています」


「教師復帰に山歩きグループ、そして託児施設ですか……」


「クララさん、たいへんそうに感じますが、教職は一日二時間程度のパートタイムですし、山歩きは月に多くてもせいぜい2回、託児施設に至っては時間がある時だけで結構ですので、大きな負担増にはならないと思いますよ」


「そうは言いましても……」


 時間的には可能でも、人様と関わる仕事ではその責任は重大だ。クララはなおも渋った。すると、ニーモがコロとクレアに何か指示した。クレアは妹のクロエに目配せした。悩んでいるクララの傍にクロエがクラリスを抱いて近づいてきた。

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