第9話 EP3(4) モーテルにて  [メル]

 ニーモは手にコロを乗せて建物の横手に歩いて行った。あたりは暗くなり、あちこちの電灯から漏れる明かりが少し神秘的な雰囲気をかもし出している。コロは手元でスマホのようなものを出し、どこかに連絡した。


「今来る」

「え?」

「もう来た」


 不意に光が空からニーモの近くに降りて来た。まゆのような形の光の塊はすーっと消えて、その中から女性の姿が浮き出てきた。その女性がコロの方を見て叫んだ。


「やっほー、コロちゃん」


 活動的な感じの若い女性だ。ニーモはどこかで見たような気がする顔。

 コロが返事をする。


「メル、しばらくぶり。元気だったか?」

「もちろん! コロは?」

「相変わらずだ。ザックを見つけたぞ」


「あら、良かったね。で何の用事?」

「この子、ニーモって言うんだが、誰かわかるかな」

「え、この子、ニーモちゃん? ニーモ…… 初めまして。メルです」


 すごい活発な人。メルさんって言うんだ。登場の仕方が魔法使いか宇宙人っぽい。


「初めまして、ニーモです」


 メルがニーモの顔をまじまじと見た。もっとまじまじと見た。

 顔が、ち、近いよ……


 メルの表情が突然変わった。先ほどまではにこにこしていたのが真剣な顔に変わっていった。メルは目と口を大きく開けて、一度コロの方を見た。コロは(ようやくわかったか)という表情を返した。メルの目が泳ぎ、そしてまたニーモの方を見た。


「この人、まさか……」

「思い出したか?」

「え、ええ」


 そうメルが言ったとたん、どこかに消えた。あれ、メルさんどこに行ったのだろう。

「すぐ帰って来る」コロが言った。


 ◇ ◇ ◇


 メルは瞬間的に時空を移動していた。彼女は時空を自在に動き回ることができるマスターヒーラーという存在である。その詳細はまだ開示できないが、マスターヒーラーは人々を色々な疾病や不幸から救うために日夜活躍している未来の専門活動家の一人である。現在のメルがメインで活動している時期は今から500年後である。


 ――あのニーモって子、オリジナルの私じゃん。すっかり忘れていたよ。

 今の私と違って普通の人間だったニーモの頃は、そもそも私自身が相当メンタルやられてたことを思い出しちゃって目が熱くなっちゃった。私あんな顔してたんだね。別人だよ。ふーっ、落ち着こう。あそこから少しずつ育っていってもらわなくちゃ。


 ◇ ◇ ◇


 コロが言った通り、一分とかからずメルがまた飛んできた。

でも少し目が腫れている。真面目な顔のまま。


「ニーモ、箱は?」メルが訊く。

(え、何でこの人箱のことを知っているんだろう)

「はい、あります」


 ニーモが腰のコントローラを見せると、メルは言った。

「点けてみて」

 ニーモは箱のスイッチを入れた。

 薄紫の透明な箱がニーモの周りに現れた。

 メルは何も言わずその透明な箱をじっと見ている。


「箱を知ってるんですか?」 ニーモが訊く。


「もち……、いやまあ知ってるよ。いつから使ってる?」

「えっと、半年くらい前から……」

「そっか、まだその頃か」


 メルはそう呟くと、また箱をじっと見つめた。


「やっぱりきれいだよね。落ち着くよね、この箱」

「はい」


 ニーモは答えた。

 メルはまた泣きそうになったが、こらえた。

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