第2話 旅立ち(正しくは立ち退き)

 ウォードの日誌を見てニーモは思い出した。自分が親しい人から長い間、精神的な危害を受けて、このクリニックに入院したこと。SNSでも数々の言葉の暴力を受けていた事。


 でもクリニックでこの透明な光の箱に包まれていたら、私の心の中の汚れが洗い流されていくことがわかった。そして細胞が、体が、自在に変化していくのを感じる。


 若くなろうと念じれば体が若くなる。

 強くなろうと念じれば体が強くなる。

 聞きたくない罵詈雑言は完全にシャットアウトしてくれる。

 

 この透明な光る箱は外に出る時も一緒に体に付いてきてくれる。これが身に付いていれば何の外的ストレスも受けない。私はこの箱に修復され、守られて過ごすことができるんだ。


「おい、ニーモ!」


 突然声がした。

 奥のソファーに誰かいる。

 奥のソファーに寝ていた男が呼んだ。

 あの人誰だっけ?


「何? あなた誰? 泥棒?」

「誰って、お前……」


 男は立ち上がり頭を掻きむしった。

 結構背が高い。


「俺だよ。ザックだよ。また忘れたのか?」

「ザック……?」


「ま、いいや。ニーモ。あまり人のものを勝手に見るなよ、マナー違反だ」

「あ、ごめんなさい」


「いいさ、以後気をつけろよ。それにしても随分顔色が良くなったな。その箱のおかげだな。気分はどうだ?」

「あ、うん。とってもいい」

「そりゃ良かった」


 ザックはニーモに飛び切りの笑顔を見せた。


 ◇ ◇ ◇

 

 やがてウォードが帰ってきた。

 三人で質素な夕食を取った。


 ◇ ◇ ◇


 翌日は四月一日、出発の日。

 いい天気、春の朝日が差し込む。

 ウォードとニーモ、そしてザックは簡単な荷物でクリニックを後にした。

 

 ちょうどそこへクレアが颯爽と地上浮上型バイクでやってきた。彼女は常時一緒に行動するわけではないが、アトランティスまで付いてくる様子。やはり自由人だ。そしてニーモにはグレーズドケースがついている。輝く箱が。

 

 こうして四人の旅が始まった。

 一人は箱入りお嬢さんだ。



 To be continued……

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