抑えていた感情

 「あれ、私……」


 気が付けば、ユリアンは机の上でうつ伏せになり、そのまま寝ていた。


 「……」


 彼女は胸に手を当てながら、"自身の心"に問いかけた。


 (痛みが無い……)


 先ほどまで感じていた痛み、そして苦しみが消えていた。


 「はぁ…」


 彼女はため息を吐きながら、顔を横にし、もう一度うつ伏せになり、春兎のことを考えていた。


 (私は、ただの見張り役・・・・・・・だ)


 彼女が春兎と行動している理由は、あくまでも彼が《スキル》を使うか監視するため、彼女はその為に、彼と一緒に行動してるに過ぎない、だから……下手に"感情移入"するわけにはいかなかった。


 (それなのに…私は──)


 気が付けば彼に対し、特別な感情・・・・・を持っていた。

 それが恋なのか、はたまた信頼すべき男だと判断したからなのか……彼女自身もわかっていなかった。


 (思えば、あの時・・・から変だったと思う)


 彼女と彼がまだ城にいた時のことを、彼女は思い出していた。


 『それなら、私が膝枕してやろうか?』


 冗談で言ったつもりだった。

 あの時は……ベットで日和が寝てて、春兎が私に声をかけてきて──。


 (……困ってるハルトを見て、からかい・・・・たくなったんだ)


 今になって思えば、なぜあのような言葉を彼にかけたのか、自分でもわからない、しかし……"確かなこと"が、一つだけあった。


 (私は|信頼していたんだ。ハルトのことを……)


 だからあのような言葉をかけたんだ。

 春兎なら──《スキル》は絶対使わない・・・・・・と……。


 (この気持ちは、いったい……)


 そう思い、彼女は再度目を瞑った。

 その時、二階から日和が慌てて彼女の元へやってきた。


 「ユリアンさん!!春兎くんが……春兎くんが……!!」

 「ッ、何かあったのか?」

 「と、とにかく来てください!!」


 彼女は日和に言われ、一緒に春兎が寝ているベットに向かった。


 「これは…?」


 ベットの上で、春兎が寝ていた。


 「春兎くん、いきなり気絶したんです」

 「気絶?どういうことだ?」


 彼女は日和から、彼がこうなった経緯を聞かされた。


 「そうか、そんなことが…」

 「……」


 日和を見ていると、彼女は彼の手を強く握りながら、涙を流していた。


 「どうしよう、このまま目を覚まさ・・・・・なかったら《・・・・・》……」

 (……キュッ)


 日和の言葉で、胸が締め付けられる感覚がした。


 (目を覚さない、ハルトが……)


 彼女も日和同様わ気絶してる彼を見ていた。


 (…あれ、まただ……)


 気が付けば、彼女は日和の隣で、一粒の涙を流していた。


 (何で、また……)


 再び胸が締め付けられ、彼女は胸に手を当てた。

 涙を拭いながら、彼のことを考える。


 (何で私……今泣いてるんだ・・・・・・・……)


 彼が心配なのは、彼女も同じだった。

 しかし彼女が知りたいのは、"なぜ涙を"流したのかだった。


 (私は、ハルトが好きなわけでは無いはず……なのに、なぜこんなに苦しい・・・・・・・


 彼女は知っていた。

 日和が涙を流すのは、"彼が好きだから"という理由だ。

 だから涙を流している。


 「はっ……はっ…!」


 思わず口を手で押さえ、漏れそうな声を必死に耐えていた。


 (ヒヨリを励さなきゃいけないのに、何で……何で私まで泣くんだ…!!)


 日和の言った。

 "目を覚さない"と言う言葉が、彼女の脳内で何度もよぎった。


 (ヒヨリの方が辛いはずなのに、私は…)


 早く日和を励ましたい、しかし涙は止まらない、そんな状況が続いていると、日和が突然立ち上がり、こちらに視線を向けた。


 「ユリアンさん、私このまま──」


 こちらを見た日和は、少し驚いていた。


 「……ユリアンさん、泣いてるんですか…?」

 「──ッ」


 泣いてるところを、日和に見られた。

 咄嗟に涙を拭い、日和に返事を返した。


 「すまない、何だ?」

 「……」


 しばらくユリアンを見ながら、彼女は口を開いた。


 「あの…ユリアンさん、|私の代わりに《・・・・・・》、春兎の隣にいたくれませんか?」

 「え…」


 彼女の言葉を聞いて、ユリアンは驚き、彼女なら聞き返した。


 「なんで……私なんだ」

 「え?」


 ユリアンの言葉に、彼女は首を傾げていた。

 そんな彼女を見ながら、ユリアンは再度聞いた。


 「ヒヨリの方が辛そうなのに、なんで……」


 ユリアンは思った。

 思った上で、彼女に聞いた。

 泣きたい・・・・自分を、必死に抑えながら──。


 「一番"彼の隣"にいたいのは、むしろ君の方だろ」

 「…うーん……」


 ユリアンの言葉で、彼女はしばらく考えていた。

 そして考えたのち、彼女は少し笑顔になりながら、思ってることを伝えた。


 「だって、ユリアンさんも辛そう・・・じゃないですか」

 「──ッ!」


 ユリアンはまた・・、泣きそうになった。

 そんな彼女を見ながら、日和は更に伝えた。


 「私、ちょっとだけ嬉しいんです」

 「嬉しい…?」


 彼女の言ってる言葉が、いまいち理解出来なかった。

 そんな私を、彼女はジッと見つめ、そして言った。


 「…春兎くんを思ってくれてる人・・・・・・・・・が、"もう一人"……隣にいるんですから」

 「ッ──」


 日和の言葉を聞いた後、彼女の瞳から、一粒の涙が溢れた。

 そして、彼女は──。


 「…違う、違うんだ」

 「え?」


 彼女は拳を握りながら、ずっと下を向いていた。


 「私は王様に命じられて、彼と一緒にいるだけだ」

 「……」

 「私は、ただの見張り役・・・・だ。彼が《スキル》を使わないように、ただずっと見張る。それが……私が彼と一緒にいる・・・・・・・・・理由だ」


 ユリアンとって、これは仕事・・だ。

 王様に命じられた通り、彼を見張る。

 ただそれだけ、ただそれだけだった・・・・・・・

 そこに"特別な感情"は、存在してはならない──。

 気が付けば、彼女は日和の前で、涙を流していた。


 「私は"騎士の一人"として、仕事を放棄できない……だから──」


 彼女はそのまま、気絶してる彼を見ていた。


 「私は決して、決して──」

 「……」

 「……」


 その次の言葉が、上手く出てこなかった。

 そして苦笑いしながら、彼女は日和の方を見た。


 「なぁ…私は、彼が好きなの・・・・・・だろうか……」

 「……」

 「私は、どうすれば……」


 彼女は再び下を向いた。

 どうすれば良いのか悩んでいた。

 そんな彼女に、日和は笑顔で答えた。


 「なら、ぶつけてみませんか・・・・・・・・・?」

 「…?、ぶつける…?」

 「はい、"今の感情"を……春兎くんにぶつけてみてください」

 「今の…感情を……」


 その言葉を聞き、そして春兎の方を見たまま、日和に口を開いた。


 「でも、ハルトとって迷惑では──」

 「迷惑なんて"そんなこと"、春兎くんは思いませんよ。私が保証します・・・・・


 日和はそう言って、彼女に笑顔を向けていた。


 「……」


 そんな日和を見ながら、彼女は考えた。


 (本当に、良いのだろうか……)


 彼女は思わず、涙を流していた。

 涙を流しながら、日和に伝えた。


 「良い…のか?私の気持ちを、感情を、彼に"ぶつけて"……」

 「だから、そう言いましたよ?」

 「……」


 彼女はそのまま、日和にお礼の言葉を伝えた。


 「ありがとう、私……彼に伝えてみるよ。今の気持ち・・・・・を──」


 そう言って、再度春兎の方に視線を向けた。

 そんな彼女を見ながら、日和は笑顔で伝えた。


 「頑張って下さい、"絶対"届きますから!!」


 それを聞き、彼女も笑顔で言葉を返した。


 「……あぁ!!」

 「…ふふっ」


 彼女を見ながら、日和は笑っていた。

 そんな日和を見て、自然と彼女も笑顔になった。

 そして──。


 (日和、ありがとう……)


 彼女は心の中で、再度日和にお礼を言った。

 そして時は再び──現在へと戻った・・・・・・・

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