心の痛み

 (幸せにする・・・・・、か……)


 彼女は風呂の用意をしながら、春兎に言われたことを思い出していた。


 (私は…なぜあのような行動を……)


 彼女自身もわかっていなかった。

 彼のおでこにデコピンしたこと、彼を家に入れなかったこと、彼女はなぜ自分があんな行動をしたのか、自分でもわかっていなかった。


 (だが、一つだけ・・・・わかる)


 彼女の脳内に、彼の言葉が聞こえてくる。


 『俺は日和もユリアンも、絶対幸せにします!!』

 「……」


 彼女はあの時、彼の言葉を聞いて、少し照れていた・・・・・・・

 そして自身の心に、"ある違和感"を覚えていた。


 (この気持ちは・・・・・・いったい、何だ…?)


 胸の奥底で、微かに感じていた。

 彼に対する不思議な気持ちが、徐々に大きくなっていった。


 (私は、いったい……)


 そして風呂の準備が終わり、春兎と日和に伝えた後、一度自分の部屋に戻っていた。


 「さて、少し喉が渇いたな」


 そう思い、彼女は一階に降りて行った。

 降りる途中、風呂場の方で突然叫び声が聞こえてきた。


 「いやああああああああ!!??」

 (ッ、な…なんだ!?)


 気になって脱衣所に入り、そのまま風呂場の扉をそっと開け、中を覗き込んだ。

 中で二人が揉めているのが見えた。


 「な、何で言ってくれないの!!」

 「いや言おうとしたよ!?でもあの状況で「バスタオル外れてる」なんて言えないでしょ!!」

 「うぅ……もうお嫁に行けない……」


 彼女は二人の様子を、ずっと無言で見つめていた。


 (ひ、ヒヨリ?なぜハルトと風呂に入ってるんだ?)


 彼女は目の前の光景にわけがわからず、そのまま二人を脱衣所の扉から見ていた。

 しばらくして、二人は一緒に浴槽に入っていた。


 「お願い、もう少しだけ一緒にいて」

 「えっ」

 「──だめ?」

 「……」

 (この二人、もしかして付き合ってるのか…?)


 風呂場の様子をずっと見続けながら、彼女は二人が恋人なのではないかと、少し疑問に思えてきていた。


 (いや…それなら私の前でも同じようなことするか……)


 彼女はしばし二人の様子を観察した。


 「んっ…んっ……」


 そして日和が春兎にキスしたあたりで、彼女は心の中である感覚を感じ始めた。


 (何だろう、妙に心の中がモヤモヤする……)


 彼女は自分の胸に手を当てながら、ずっとモヤモヤした感情・・・・・・・・を感じていた。

 その後も二人がキスするところを見ながら、ずっとモヤモヤした感情を抱え続け、そして──。


  「好き……大好きだからっ、自分から《スキル》を受けたの……この世界に来る前から……私は君が大好きだった……」

 「なに、言って……」

 「この気持ちは、決して嘘じゃない、だから私は、私は──」

 (ッ、ヒヨリ…!!)


 日和が倒れようとしたところで、彼女は扉を開けたが、春兎が日和の腕を掴んだことで、彼女は心の中でホッとした。


 (…って、やば!)


 彼女は急いで脱衣所から離れた。

 日和を抱えている春兎が二階に上がったことで、彼女は静かにその跡を追った。

 そして二人がいる部屋の扉を少し開けて、中を覗き込んでいた。


 (私はいったい、何をしてるんだろうか……)


 二人の様子を隠れて見てる自分に、少し嫌気がさしていた。


 (やっぱり、私も部屋に──)


 そう思い、扉を開けて中に入ろうとした。


 「…じゃあ俺、ユリアンに状況報告してくるから、また後で」

 「…うん、じゃあね」

 (え、こっち来る!?)


 だが春兎がこちらに近づいてるのを見て、彼女は急いで一階に降りて行った。


 「…あれ?今誰か扉の前にいたか?」


 そして春兎から日和の様子を聞かされ、その後春兎が二階に上がったことで、彼女も再びバレないよう二階に上がった。

 当然日和が春兎に目隠ししたところも見ていた。

 そして春兎に向けて、日和が言った。


 「私、君と──セックスしたい」

 (セッ…!?)


 日和の言ったセックスの言葉に、彼女は慌てた。


 (まさかここで…!?やるの?本当にやるの!?)


 日和の言葉を聞いた春兎の返事を、彼女は静かに待っていた。

 そのかん、胸の奥が苦しくなり、心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。


 (やらない…よな……)


 彼女は胸に手を当て、ギュッと服を掴み、春兎がしない・・・・・・ことを願っていた。


 「ねぇ、だめ?」

 「いやダメだけど!?」


 春兎は性行為セックスを断った。


 (はぁ……良かった)


 彼女は少しホッとした。


 (…あれ、何で私安心してるんだろう……)


 別に二人が目の前で性行為セックスしたとしても、彼女には関係ない、それは彼女自身もわかっていた。


 (でも、なぜか──)


 彼女は春兎の方をジッと見つめた。


 (彼が誘いを断って……少し安心したんだ・・・・・・


 その後二人の会話を静かに聞く、そして春兎が日和に、キスを提案しているところを目撃した。


 「……あ──あのさ、キスに変更できない?」

 「え……キス…?」

 「う、うん…」

 (……)


 春兎が自分からキスを望んでいると知り、また胸が苦しくなった。


 (ハルトからキスを……)


 彼女は再び、胸に手を当てていた。

 そして二人が幸せそうにキスをし、さらにはディープキスまでしてるところを目撃した。


 (ま、まさかディープキスまで…!)


 流石の彼女も頬が赤くなった。


 (ダメだ。これ以上は──)


 彼女は嫌な予感がして、すぐその場から離れようとした。

 しかし二人がどうなるのか気になって、彼女はその場に止まった。

 そして──。


 「やっ…そこっ…!!」

 「……」

 「あっ……あっ…」


 春兎が日和の履いてるズボンに、手を入れていた。


 (…痛い)


 その光景を見て、突然"ギスッ"と胸の痛みを感じた。


 (何で……こんなに痛い)


 彼女は胸の痛みを感じながら、ずっと二人の行為を見ていた。


 「あっ♡…やっ♡……んんっ♡」


 日和の喘ぎ声が聞こえ、彼女は咄嗟に目を閉じ、今もなお、胸に手を当てていた。


 (痛い……痛い……っ)


 春兎が日和に何してるのか、彼女自身も気づいていた。

 どんどん胸の痛みが増していく、その間も日和の喘ぎ声は、どんどん耳に入ってくる。


 「ちょっ♡…そこはっ♡……だめぇ…♡」

 (…頼む、行為を止めてくれ)


 次に彼女は、耳を塞いだ。


 「ねぇ……キスだけっ、て……いい……あぁん♡」

 (私に…その声を聞かせないで…!)


 彼女は必死で耳を塞いでいた。

 しかし、声が無くなることは無かった。

 しばらくして、彼女はそっと目を開けた。

 目線の先で、春兎が日和のパンツを下ろしていた。


 「や……み……見ないでぇ……」

 (……)


 声だけでわかった。

 春兎が日和に何をしようとしているのか、彼女はすぐに察した。

 その瞬間、突然瞳から涙が溢れた。


 (あれ…?私──)


 彼女は涙を拭った。

 拭いながら、その場で考えた。


 (なんで……なんで泣いているの…?)


 彼女はなぜ自分が泣いているのか、全くわからなかった。

 そんな彼女の状態を知らないまま、春兎は日和に言っていた。


 「ねぇ、アソコ……見せて」

 (ッ──めろ)


 彼女は春兎を見ながら、心の中で訴えていた。


 (私の前で・・・・、それをしないでくれ)


 春兎は次に、日和の腕をゆっくりと退かしていた。

 その様子を見て、彼女はさらに涙を流し、そして訴えた。


 (…頼む、めてくれ……)


 彼女は無意識に、二人に手を伸ばしていた。

 次に春兎は、日和の股にゆっくりと近づいていた。


 (やだ……いやだ…!)


 なぜそう思ったのだろうか、彼女は胸の痛みに耐え続け、そして泣き続けた。

 泣きながら、ずっと彼を見ていた。


 (何で…何でこんなに苦しい、何でこんなに辛い……)


 彼女は下を向き、そして己に問いかけていた。


 (私は……私は……っ!!)


 そして顔を上げ、春兎の方を涙目で見つめた。


 「私は、ハルトが──」


 そうボソッと呟いた。

 胸の痛みも、苦しみも、そして悲しみも……心臓から伝わってくる・・・・・・、この鼓動も──。

 全ては、"彼に対する"感情だった。

 彼女は再び、その場でボソッと呟く、口を手で押さえ、涙を流しながら──。


 「私は、どうすればいい……この気持ち・・・・を、どうしたら…っ」


 震える声で、そう口にした後、彼女は立ち上がり、そのまま一階に降りて行った──。

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