不安.その2
「あぁ〜…生き返るー…」
「……」
俺は今、日和と一緒に、浴槽に浸かっている。
割と近くで浸かっているのに、彼女は平然としていた。
「…チラッ」
すぐ隣にいる彼女が気になって、まったく落ち着かない、と言うか緊張していた。
男女が同じ風呂に入り、そして湯船に浸かる状況なんて、普通はありえない、だから俺は内心戸惑っていた。
そんな俺にお構いなく、彼女は声をかけてくる。
「温度が丁度良くて気持ちいいね」
「…そうだね」
「はぁー…極楽〜」
「……」
先ほどの記憶が蘇る。
バスタオルで隠してるとは言え、俺は一度彼女の裸を見てしまった。
しかもかなり脳裏に焼き付いているため、彼女の方を見るたびに鮮明に思い出す。
(ダメだ。もう上がろう……)
彼女が気になって落ち着かないため、俺は湯船から上がろうと体を起こし、脱衣所に歩みを進める。
「あっ、待って…!」
彼女に左手を掴まれ、グッと引き寄せられた。
「うぉっ!」
俺はと言うと、そのまま後ろに体が回転し、目の前にいる彼女と抱き合う形になってしまった。
俺の体を、彼女は優しく抱きしめる。
「えっと…」
何で言えば良いのかわからず、しばらく固まっていると、彼女が口を開いた。
「お願い、もう少しだけ一緒にいて」
「えっ」
「──だめ?」
「……」
断ろうと彼女の方を見るが、彼女は俺の目をジッと見つめ、上目遣いで見つめてくる。
そんな彼女に対し、俺は断ることが申し訳なく感じてしまったため、彼女の頼みを了承してしまった。
「わかった。もう少しだけ……」
「……」
俺がまだいてくれると安心したのか、彼女はしばらく、俺の顔を見つめ続ける。
そして俺の左手をギュッと握ると、そのまま顔をグッと近づけ──。
「…ちゅっ」
気が付けば、俺は彼女とキスをしていた。
「んぐ」
いきなりキスされて、体が硬直した。
そんな俺を気にすることもなく、彼女は目を閉じて、何度もキスをし、何度も唇を重ねてきた。
「んっ…んっ……っ」
「……」
俺はと言うと、思考が停止していた。
無理矢理離そうとしても、今の俺にはそれが出来なかった。
したくても、それが頭の中に無かった。
その理由は、彼女とキスしてるこの状況、そして彼女の"今の姿"にあった。
(
この前キスされた時は、二人とも制服を着ていて、何とか理性が残っていた。
しかし今はどうだろうか、お互い裸で抱き合い、そしてキスをしている。
いくらバスタオルで下半身を隠してるとは言え、彼女は違う。
キスに集中しているのか、バスタオルが外れて、湯船に
そのせいで、隠れていた彼女の"胸"が、直で体に当たっているのだ。
「んっ…んっ……」
むろん彼女は気づいていない、そして俺は──とうとう考える余裕すら無くなってきた。
(ダメだ…もう……)
思考を完全に停止しようとした。まさにその時、ふと"ある物"が、俺の視界に入ってきた。
(ネックレス……)
彼女が首元に付けている。ハート型のネックレスを見て、俺は──……。
(このままじゃ、ダメだ…!!)
俺は何とか理性を取り戻し、彼女の肩を両手で掴んだ後、そのまま後ろに引き離した。
「はぁ…はぁ……」
引き離した後、俺は下を向いた。
突然の行動に、彼女は困惑していたが、俺の視線がネックレスに向いてることに気づくと、何かを察して、不安の表情になり、今にも泣きそうになりながら、震える声で俺に語りかけた。
「…ねぇ、私とキスするの、嫌だった?」
「……」
「私と一緒にいるの、嫌になった?」
「……」
「…何か言ってよ。ねぇ…」
「……」
彼女は胸が苦しいのか、右手で俺の腕を掴み、左手をずっと心臓のある位置に置いていた。
多分彼女は思ってるだろう。
そう思うのは無理もない、俺は──キスするのが嫌になったわけでも、一緒にいるのが嫌になったわけでも無い、ただ……純粋に──…。
「ダメだ…」
「えっ」
「やっぱり、ダメだっ!!」
「何を…言って……」
「……」
俺は顔を上げ、彼女の方をジッと見つめながら、真剣な表情で訴えた。
「《スキル》に頼ったままじゃ、ダメなんだ!!」
「──え?」
「俺は……"本当の君"と、ちゃんと向き合いたいんだ…!!」
「本当の……私…?」
「……」
今の彼女は、《スキル》の力が影響して、性的な欲望と、好奇心が向上してるに過ぎない、もし……もし彼女が、俺の《スキル》の影響を
その状態で、彼女は俺にキスしてきただろうか、俺がいると知って、風呂場に入ってきただろうか、
《スキル》の影響を受けてる彼女を、このまま受け入れるのは正しいのか?
このまま一緒にいるべきなのか?
今になって、そう言った"不安"が、俺の奥底から込み上げてきた。
「《スキル》の力じゃなくて、"本当の君"と話したい、"本当の君"とキスをしたい、だから──」
「違う」
俺が言い終わる前に、彼女は俺の頬に両手を当て、そのまま下を向いた状態で、俺に告げた。
「私は……ずっと"本当の私"なの」
「──は?」
彼女の言葉で、俺は表情が固まる。
そんな俺に、彼女は続けて言った。
「さっきから…本当の君、本当の君って……」
「ひ、日和さん…?」
「私は…私は……!!」
彼女は勢いよく顔を上げ、そのまま俺の顔をジッと見つめる。
彼女の顔をずっと見ていると、「私を知ってほしい」って感情が、彼女から聞こえてきた気がした。
そして彼女は、未だ不安の表情を浮かべながら、
「私は…
「…え」
「好き……大好きだからっ、"自分から"《スキル》を受けたの……
「なに、言って……」
「"この気持ち"は、決して嘘じゃない、だから私は、私は──」
彼女が何か言いかけた。次の瞬間、彼女は思いっきり浴槽に倒れようとしていた。
「あっ、危ない…!!」
咄嗟に俺は彼女の腕を掴み、何とか倒れるのを阻止した。
「はぁ…はぁ…」
「これは、ヤバイかも……」
彼女の息が荒い、そう感じた俺は、彼女を抱えたまま脱衣所に向かい、急いでバスタオルで体を隠した後、急いで二階にあるベッドに彼女を運んだ。
運んだ後、彼女はベットの上でぐったりとしたまま寝ていた。
そんな彼女を見ながら、俺は先ほど…彼女に言われたことを思い出していた。
「
彼女は確かに言った。
「君が好き」だと、いったいどう言う意味で言ったのだろうか、それとも、"本当に俺が好き"だったのか…?
わからない、彼女が風呂場で何を考えていたのか、俺にはわからない、なのに……彼女のことを、
「俺は、どうしたら……」
そんなことを考えながら、頭に手を置いていると……。
「…は…る……くん……」
「…ッ!、日和さん?」
声がしたので、彼女の方を見る。
彼女はこちらを見ながら、目を覚ましていた。
「…大丈夫?」
「……」
彼女は返事をしなかったが、すぐ近くにあった俺の手を、優しくぎゅっと握り、そのまま呟くように、口を開いた。
「さっきの言葉……嘘じゃないよ。私は本当に、君が好き」
そう言ってゆっくりと起き上がり、今度は少し笑顔になった後、彼女は俺に言った。
その声は小声だったが、しっかりと聞こえていた。
「だから……ずっと、ずっと一緒にいさせて」
「……コクン」
俺は静かに頷いた。
そんな俺を見て、彼女は少し笑った。
「…もう、そこはちゃんと「わかった」って口にしなきゃ」
「……うん、そうだね」
彼女と同じように、俺も少し笑った。
そんな俺に満足したのか、彼女は毛布を被り、少し顔を覗かせて、こちらを見ていた。
「ねぇ、今日……添い寝してくれない…?」
「そ、添い寝??」
「…だめ?」
「う〜ん……」
俺はしばらく考え、彼女に伝えた。
「わかった。今日は一緒に寝ようか」
「──ッ、じゃあ……楽しみにしてる」
そう言って、毛布から片手だけを出した彼女は、小指をこちらに向けていた。
「ねぇ、指切りげんまん…しよ?」
「…うん、良いよ」
俺達は約束を守るため、一緒に指切りげんまんした。
「「指切りげんまん嘘ついたらハリ千本飲ーます。指切った」」
「…ふふ」
指切りげんまんが終わると同時に、彼女が少し笑った。
「どうかした?」
不思議に思い、彼女に問いかけると、彼女は笑顔になり、意外な言葉を口にした。
「何かさっきから……"恋人"みたいだなって思って」
「あっ、確かに…」
正直、自分でもそう思った。
いやキスの時点でそう思う方が良かったのかもしれないけど……。
「…じゃあ俺、ユリアンに状況報告してくるから、また後で」
「…うん、じゃあね」
そう言って、彼女は手を振っていた。
「……」
俺は彼女が寝ている部屋を後にして、一階にいるであろうユリアンの元に向かっていた。
向かう途中、彼女の言葉を再び思い出した。
「"恋人"みたい、か……」
しばらくして、俺は顔面を手で押さえていた。
「あー…くそ……」
触ってて、自分の頬が赤くなっていることに気づいた。
「……」
正直、この気持ちが何なのかわからない、でもいつかはわかるかも知れない、そう思い、俺はユリアンを探したのだった。
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