不安

 (これは、どう言うことだ…!?)


 この状況に、全く頭が回らない、後ろには・・・・彼女がいる。

 俺のことなんてお構いなしに、後ろで"バスタオル"を体に巻きながら、彼女は俺の背中をボディタオルで擦っていた。


 「轟くん、どうかな?」

 「あっ、大丈夫」

 「そう、良かった……」


 彼女は俺の声で少し安心したのか、そのまま体を洗う。


 (いったい、どこからこうなった?)


 数時間前、俺はユリアンと稽古をしていた。


 「はぁ…はぁ……」

 「うん、今日はここまでにしておこう」


 外が暗くなってきたところで、今日の稽古は終わった。


 「じゃあ私は風呂沸かしてくるから、ヒヨリ、ハルトと一緒に部屋で休んでおいてくれ」

 「はい、てか私全然動いてない」

 「ユリアン、強すぎる……」


 ユリアンとの実力の差を理解した俺は、日和と一緒に2階の部屋で休むことになった。

 日和は俺をベットに座らせると、心配そうな表情で顔を覗いてきた。


 「大丈夫?」

 「大丈夫……かはわからないや」


 正直言って疲れた。

 攻撃は全く当たらないし、ユリアンは余裕で交わしたりいなしたりするし、ただ彼女の実力を見せつけられただけだった。


 「まぁ仕方ないよ。ユリアンさん騎士団のリーダーなんだから」

 「……それはそうだけどさ〜」


 正直ユリアンがあそこまで強いと思わなかった。

 いや王国の騎士である以上、強いのは当たり前だけど……。


 「もしこの状況で、魔王とかが攻めてきたら……」


 魔族領域にいるとされてる魔王、復活したとなると、いつ人族を襲ってくるかわからない、まぁだからこそ、《スキル》を与えられたのだと思う。

 魔王と互角に戦えるように、そんなことを考えていると、頭上から突然何かが顔を覆った。


 「うわっ」


 顔を覆っている何かを手で取る。


 「……タオル?」


 手でタオルを握っていた。

 すると近くにいた日和が、タオルを指差しながら口を開いた。


 「ほらちゃんと体拭いて、さっきから汗すごいよ?」


 どうやらこのタオルを用意したのは日和らしい、いつ持ってきたのだろうか、俺は日和にお礼を言った。


 「ありがとう…」

 「どういたしまして」


 日和はなにやら嬉しそうにしていた。

 俺はタオルで体の汗を拭き、そのままタオルを首筋にかけた。

 そして汗を拭き終わると同時に、一階からユリアンの声が聞こえてきた。


 「風呂沸かしたぞ〜、どっちか先に入ってくれ!!」


 どうやら風呂が沸いたらしい、なんかえらく早い気がするが、俺は日和の方を見ながら口を開く。


 「じゃあ先に入って良いよ」

 「え?君が先に入れば良いじゃん、私全然動いてないし」

 「いや俺は…」

 「ほら早く入って」


 日和はそう言って俺の服を引っ張り始めた。


 「いや服引っ張る必要は無くない?」


 1階に降りた俺達は、そのまま脱衣所に移動した。


 「じゃあ私着替え用の服取ってくるね」


 そう言って日和は脱衣所から離れた。


 「……」


 俺は服を脱いだ後、それをカゴに入れ、そしてバスタオルを腰に巻き、下半身を隠した後、そのまま風呂場に入った。


 「シャワー……あるわけないか」


 異世界だからか、シャワーが無かった。

 その代わり浴槽に大量のお湯が入っており、俺は風呂場に置いていた"湯おけ"を使って、体をお湯で濡らした。


 「えっと、石鹸は……これか」


 近くにあった石鹸を手に取る。

 そんな時、脱衣所から声が聞こえてきた。


 「轟くん、服持ってきたよ」

 「あっ、近くのカゴに置いておいて!!」


 そう言って、壁にかけられてあったボディタオルを石鹸につけ、体を洗う。

 そんな時だった。


 『コンコン』


 扉を叩く音が聞こえる。

 気になって扉の方を振り返ると──。


 「轟くん、湯加減どう?」

 「あぁ、とても良い──よ?」


 扉を開けて、脱衣所から日和が入ってきた。

 入ってきたのだが、彼女の"姿"を見て、俺は顔面が固まり、思わず彼女に問いかけた。


 「ひ、日和さん?」

 「な…なに?」


 俺が何を言いたいのか、彼女もわかっているのだろう、声が少し震え、頬が赤くなっていた。

 いや、わかってて・・・・・入ってきたのだろう。

 俺は彼女の方を見ながら、その姿を指摘した。


 「何で、今なの…?」

 「──ッッッ!!!!」


 俺の指摘で、彼女は思いっきり赤面した。

 いや正確にはバスタオルで体を隠しているが、どう見ても布の面積が少ない、俺から見ても、肌の一部しか隠れてなかった。


 「だ、だってこれしか無くて……」


 少し涙目になり、彼女はその場でしゃがみ込んでしまった。


 (これしかないって、胸と下半身しか隠れてないけど!?)


 彼女が今使っているバスタオルは、細長いタイプで、胸とヘソ、そして下半身は隠れているが、それ以外はかなり露出してた。

 俺は彼女のことを気にしながら、なるべく体を見ないように話を続けた。


 「えっと、どうして入ってきたの?」


 彼女の姿を見て、俺は頬が赤くなり、上を見ながら彼女に語りかけていた。


 「せ、背中を洗おうと思って……」 

 「そ、そうなんだ……」

 「……」

 「……」


 お互い恥ずかしがってるのか、会話が止まってしまった。

 しばらくして、彼女はこちらに近づき、俺の背後に体をピッタリとくっつけてきた。


 「背中、洗っても良い?」


 彼女は俺から石鹸とボディタオルを受け取った。


 「あ、良いよ…」


 恥ずかしさで、うまく言葉が出てこない、俺の言葉を聞いて、彼女は石鹸を使い、タオルに泡をつけたあと、俺の背中をタオルで優しく擦りだした。


 「う、後ろは絶対向かないで……」

 「わ、わかってるよ!!」


 彼女は俺の背中をタオルで擦りながら、ちょくちょく声をかけてくる。


 「轟くん、どうかな?」

 「あっ、大丈夫」

 「そう、良かった……」


 まだしばらくこの状況は続きそうだ。

 この流れを変えようと、俺は頑張って彼女に話かけた。


 「そ、そういや……魔王ってどんな姿してるんだろうね」

 「……」

 「ツノとか、牙とか生えてるのかな?」

 「……」


 俺の話に、彼女は返事をしない、しかし俺は諦めず、再度彼女に話しかける。


 「まぁ、魔族領域に行かないから意味ないかもしれないけど、気にはなるよね」

 「……」

 「あと勇者、確かクラスメイトの誰かが勇者になれるらしいけど……誰だと思う?俺は──」

 『コツン』


 話を続けていると、彼女は自分の額を俺の背中に付けていた。


 「ど、どうかした?」


 気になって彼女に話しかけると、ようやく彼女は口を開いてくれた。


 「私達、いつまでこの状況なのかな」

 「──え?」


 どう言う意味だ?そんなことを考えていると、彼女は続けて口を開く、気のせいか、元気が無いように感じる。


 「このまま……ずっとこの世界にいるのかな」

 「それは……」


 彼女を励まそうとしたが、上手く言葉が出てこなかった。

 この世界に来て、まだ1日しか経っていない、そんな状況で、安易に「きっとすぐ元の世界に帰れる」、なんて言えるだろうか?

 この世界のことを、俺達はまだほとんど知らない、ここで何か言っても、彼女の不安は解消できない、何となくだけど、そう感じた。


 「っ……うぅ……」


 気がつくと、彼女は泣いていた。

 俺の背中に両手を置き、何かを掴むように手を握っていた。


 「私、家に帰りたい……っ」


 唇が震え、何かを訴えるように、彼女は不安の声を漏らした。


 「お母さんや、お父さんに会いたい……」

 「……」

 「うっ……っ…!」


 彼女はずっと泣いていた。

 変わってしまった生活、離れ離れになった家族、いきなり連れてこられた世界──。

 俺たちはまだ"子供"だ。

 社会にでたわけでも、大人になったわけでも無い、ただの"子供"なんだ。

 当然不安になるし、寂しくもなり、そして悲しくもなる。

 そんなただの"子供"が、いきなり世界を救えるわけじゃない、その場では普通にしてても、心のどこかでは、不安で押しつぶされ・・・・・・そうになる・・・・・

 今後ろで泣いてる少女に、いったい何ができるのだろうか、俺は体を彼女の方に向け、そのまま────彼女を両手で抱きしめた・・・・・


 「ッ……」


 俺に抱きしめられ、彼女は少し驚いた。

 そんな彼女に、俺は言葉をかける。


 「まだ不安なら、俺がこのまま抱きしめておく、だから……思いっきり・・・・・泣いてほしい・・・・・・

 「ッ────うわあああああ」


 俺の胸の中で、彼女は思いっきり泣いた。

 俺が今できること、それは彼女に"気が済むまで"、泣いてもらうことだ。

 このやり方が正しいかなんて、俺にはわからない、だけど今は、これしか思いつかなかった。


 「うぐっ……後ろ向かないでって、言ったのに……」

 「うん、ごめん…」

 「泣いてるところ、見られたくなかった……」

 「……」

 「っ……っ……」


 しばらく彼女の涙は収まらなかった。

 彼女が泣いてから、いったいどれくらい時が経過しただろうか、ようやく涙が収まり、キチンと話ができるまでに、彼女は落ち着いていた。

 そんな彼女に、俺は優しく声をかけた。


 「大丈夫…?」

 「うん、もう大丈夫……」


 彼女は瞼を指で擦りながら、俺にお礼を言った。


 「その……ありがとう、だいぶ落ち着いた」

 「そう、良かった……」


 彼女が少し元気になり、俺は安堵の声を漏らした。

 

 「……あっ」


 あることに気づき、俺は彼女から視線を逸らした。

 彼女はそんな俺を、不思議そうな顔で見つめていた。


 「どうしたの?」

 「いや…えっと……」

 「……?」


 彼女は"まだ"気づいていないのか、キョトンとしていた。

 そんな彼女に対し、俺は恥ずかしく・・・・・なりなからも、彼女に伝えた。


 「ま、前…」

 「前…?」

 「……丸見え」

 「まる……え?」


 彼女は何かに気づき、視線を下に向けた。


 「……」

 「……」


 お互い無言になり、しばらくして、彼女があることに気づいた。


 「…い……い」


 そして次の瞬間──。


 「いやああああああああ!!??」


 彼女はその場で叫んだ。

 胸と下半身を隠していたバスタオルが思いっきり外れて・・・、彼女の"裸"が丸見えになっていた。

 すぐさま両手で胸と下半身を隠し、赤面しながら……彼女は少し涙目になり、そして俺に訴えた。


 「な、何で言ってくれないの!!」

 「いや言おうとしたよ!?でもあの状況で「バスタオル外れてる」なんて言えないでしょ!!」

 「うぅ……もうお嫁に行けない……」


 裸を見られたことで、彼女はまた泣いてしまった。


 「ご、ごめんなさい!!」


 俺はその場ですぐ彼女に土下座し、そして謝った。

 ちなみに彼女の裸を見てしまった感想として、体型は細く、腰回りはスラッとしてて、そして胸は────。

 いや流石に止めよう、これ以上は本当にダメな気がする。

 そんな気がした。

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