第3話

「それでは僕は先に帰りますんで」

「ええ、気を付けてお帰りください」


研究室の外は真っ暗だ。

非常灯の緑の光がわずかに行き先を照らしている。

研究の追込みで、彼女は僕より遅く帰る。

もっともこの辺は治安も良く、危険なことはないだろう。

それでも、もしもということがあるかもしれない。

一度そう言って送ることを提案してみたが、

「お前が送り狼になる可能性の方が高い」

と先生が却下した。


そうして不完全燃焼の僕は、おかずを買いに近くのコンビニに入った。

流石にこの時間まで開いているスーパーへ出かける気力はない。

コンビニは非常に便利だ。

総菜の陳列ケースの反対側でおかずを物色する。

近頃はどれも丁寧にラップされており、自慢の嗅覚も働かない。


おかずが決まってレジに向かおうとすると、ポケットのふくらみが薄いことに気が付いた。

財布を研究室に置いてきてしまった。

深いため息をつきながら、カゴに入れた雑誌と総菜等を戻していく。

幸い鍵はあったので、家に帰ればカップ麺が置いてあるのだが、今日はそういう気分なのだ。

ある程度時間が経ったとは言え、まだ研究室には誰か残っているだろう。

コンビニを出てすごすごと元来た道を辿り直す。


再び暗闇の中をこっそりと歩く。

こそこそする必要は全くないのだが、こう暗い中はなぜか音を立てずに歩きたい。


すると、かすかに声が聞こえる。

彼女の声だ。珍しい。

より慎重に音を立てないように歩き出す。


研究室の前まで来て、それはよりはっきりと聞こえるようになった。


喘ぎ声だ。

心臓が早鐘を打ち、生唾を飲み込んだ音が聞こえるんじゃないかとヒヤヒヤとする。

研究室のドアはすりガラスがはめられており、外から中を覗くことは出来ない。

そっとドアに耳を近づけると、肉同士がぶつかる音に、水音が混ざって聞こえる。

彼女のくぐもったようなうめき声と、荒い息づかいが、喘ぎ声の合間に響く。


そっとすりガラスから顔をのぞかせると、肌色の影がうごめいている。

それはまるで一つの生物のように固まって、音に合わせて同じ動きを繰り返す。


やがて醜悪な男のうめき声が聞こえ、肌色の生物は動きを止めた。

深い二つの息、布の擦れ合う音が聞こえたので、慎重にその場を離れた。

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