第2話

「お前は箱に入った考えしか出来んのか」


先生の小言が飛ぶ。

この研究室に配属されて、ずっと言われている。

あの箱入り娘だ。


おしとやかで、慎ましくて、それでいて芯があって。

いいトコのお嬢様らしいが、なるほど大和撫子。

彼女がいなければこんな研究室には居続けない。


先生は人体の構造のスペシャリストでオーソリティ。

テレビにもよく出演するくらい著名だ。

今日もあの箱の中で熱弁を振るっている。


一方で研究の方は振るわない。

テレビに出るのは金がないからだ。

革新的な結果とは出にくいものだが、それゆえ段々と支援も細くなっている。


一時期はこの研究室もそこそこの人が働いていたが、

今や僕と先生、彼女の三人だけだ。

そして彼女がこの研究室の唯一の希望なのである。


僕はと言えば、親にもほぼ勘当同然で放り出され、

ろくに就職も出来ずにいたところを拾われた。

先生に?彼女に?


「お前も、いつまでこんな作業に時間をかけているんだ」

先生の檄が飛ぶ。

今日はどうも虫の居所が悪いらしい。

まあいつものことだけどな。

悲しいことに先生の言うことはもっともだ。


残念ながら僕は、研究の腕が買われたわけじゃない。

とにかく安くて手を動かす奴隷がいればいい。

その条件にもっとも合ったのが自分だ。

家なんて帰りたくないし、彼女がいる分ココの方がいい。

実際家賃を払うだけ損みたいなボロアパートなので、

研究室の方が本当にマシまである。


チラッと彼女の方を覗く。

白衣から覗く白くて細い腕から伸びた指が、顕微鏡のハンドルを優しく握る。

固く伸びた金属のアーム、その頭頂部のレンズに目を近づける。

白い指がハンドルをそろりとなぞり、ゆっくりとステージが動く。

薄くリップを塗った唇からわずかに白い歯が覗く。

かすかに甘い匂いが鼻をくすぐる。


いかんいかん。

やる気になった僕は作業に戻った。

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