第37話 山の主達の計画

怪我をしていてもまだ息がある人を住居に運んで、タネ婆さんが中心になって皆で協力し、手当を頑張った。

けれど、人々は次々と急に苦しみ出して、間もなく心臓が停止してしまった。

怪我の具合からするとまだ助かりそうな人が十数人居たのに、ことごとく亡くなってしまう。

誰も助けられない・・・・

皆んなが無力感に苛まれている時、リキが言った。

「これは仕方無い。皆んなが悪いんじゃないし。あの時と同じだ。生きていると分かると遠隔操作で殺されてる」

「情報流出を防ぐためってやつ?さっきのヘリコプターからの爆薬投下も銃撃もそうだけど、ここまでするか・・・」

和人は、あまりの事に納得出来なかった。

「そういう相手だって事だよ」


「・・・待って!この人は助かるかもしれない」

話している和人達の方を向いて、茜が言った。

茜は、タネ婆さん、寿江と一緒に、一人の少年兵の手当をしていた。

「最初心肺停止状態だったからね。心臓マッサージで蘇生してくれたんだけど、奴らの側には死んだものとカウントされているかもしれない」

一人でも助かるのなら、何としてでも助けたい。

和人も、リキも、近くに居た人間も動物達も皆んな集まってきた。

「怪我は酷いけど、止血は出来たし・・・若いから生命力も強いかもしれないね。期待しよう」

タネ婆さんがそう言って、皆んなの表情が少し明るくなった。

「亡くなった人達は、せめて俺達で供養したらどうだろう」

喜助がそう言って、男性達はスコップを持って外へ出て行った。

亡くなった人達の名前も分からないけれど、遺体を埋めて墓標を一つ立てて、周りに木や花の苗を植えたらどうかという話になった。


力仕事は男性達がやり、あとは女性達が協力して、落とし穴を埋めて元通りにしたり、戦いでめちゃくちゃになった状態を少しでも整えようと働いた。

唯一助かりそうな怪我人の側には、タネ婆さんが付き添った。

まだ意識が戻らず熱も下がらないけれど、心音も正常に聞こえるし脈はしっかりしていた。

これなら大丈夫そうだと、タネ婆さんは確信していた。


焚き火をしながら深夜まで作業して皆んなかなり疲れてきたので、今日は一旦休もうということになった。

幸い、洞窟を利用した住居に関しては全て無傷だった。

外に作っていた簡単な建物は、爆発の衝撃で物が飛んできて当たり、一部損傷した所はあった。

けれど直せば済む程度で、今晩そこで寝る分には問題無かった。

怪我人にだけは一人ずつ交代で付き添いをしようということになり、それ以外の者は皆んな休んだ。

リキは周りを見回って警戒していたけれど、これ以上攻撃がくるような事も無く、近くに侵入者が潜んでいるという事も無かった。




9月30日

あの戦いがあった日から、数日が過ぎた。

村の方の様子は、リキが翌日見に行ってくれた。

ここでの攻撃が失敗した後、村でも奴らは撤退したらしい。

奴らの元々の計画としては、ここを攻撃して潰して、その情報を持って村の人達に脅しをかけるつもりだったのかと思う。

それが逆に失敗して、脅しに使えるネタは出来なかった。

奴らに周りを取り囲まれても、村の人達は誰も恐れず平然と普通に過ごしている。

この状況を見て、もう無理だと判断したのかもしれない。

今のところ、ここでもあの戦い以来特に何も起きていない。

村の方も変化無しと、今朝見に行ったリキが伝えてくれた。

奴らも諦めたということか。

それだったら何よりだけど。


一人だけ助けることができた少年兵は、戦いの日から二日後に意識を取り戻した。

今は熱も下がってきていて、おそらくもう心配無いとタネ婆さんが言っていた。

この少年兵は、見たところまだ十代半ばくらいかと思う。

若い命が失われなくて本当に良かった。

俺達に対してはまだ警戒しているのか、名前や住んでいた場所についても話してはくれない。

ただ、こっちが悪意が無いのは伝わったらしい。

なぜ伝わったかという理由は、彼が意識が無かった間に起きた出来事によるものだ。


彼が意識を取り戻してから聞いた話。

あの時、俺達がやったこと、話していたことを全て認識していたと言う。

これもすごく不思議な話だけど、一度心肺停止して肉体としては意識がなかった時、別の位置から、大怪我をして手当を受けている自分の姿を見たと彼は話した。


彼が言うにはあの時、痛みの感覚は全く無くて、体がフッと軽くなったと思ったら、天井の高さから自分の体を見下ろしていた。

下に見える自分の体の周りに、三人の人達が居た。

真っ白な髪のお婆さんが一番近くに居て手当をしてくれていて、その近くに、年配の女性と若い女性が居た。

「この人は助かるかもしれない」と若い女性が言って、そしたら周りに居た十人くらいの人達がどんどん集まってきて、動物も沢山集まってきた。

自分の他にも何人も、ここで戦った人達が寝かされていて手当を受けたけれど助からなかったらしい。

亡くなった人達のお墓を作るようなことを誰か言っていた。

自分達は敵なのに、どうも本当に助けてくれているのかもしれないと思った。

拷問にかけて何か聞き出すために助けたとかそういうのじゃ無くて。


彼の話した内容からして、意識の無い間にここで起きた事を全て見ていたのは間違いない。

タネ婆さんに話すと、人間は元々肉体が本体では無いから、肉体から意識だけが抜けてそういう体験をする事はしばしばあると言う。

普通はそのまま肉体から離れていくわけで、これが肉体の終わり(死ぬ)という事なんだけど、そうなる手前で蘇生した(再び意識が肉体に戻った)ということらしい。

実際、彼はあの時完全に意識が無かったのに、普通に考えたら見ているはずのないものを見ていた。

ということはやっぱり、意識だけが肉体から抜けたとしか考えられない。


彼はあの時死んでもおかしくない状況だったし、実際一度心臓が止まっているし、大変な経験をしたわけだけど・・・そのせいで、奴らからは死んだと見られていて、だから彼だけが助かったのだと思う。

こういう事を見ていると、人生何が幸いするかわからないものだと思う。


亡くなった人達のお墓は出来たし、戦いで壊されたところもかなり修復出来た。

皆んなの暮らしも、普通通りに戻っている。


今回の事で、俺達が住んでいる場所について確実に奴らに知られてしまった。それだけが心配だけど。

けれどそれを言い始めると、奴らに包囲されていた村の方だってそうだし、テントを焼かれた一人暮らしの人もそうだし・・・

皆んな居場所を知られてしまっている。

確実に見つからずに山で暮らすというのは不可能なのかもしれない。


「開発地で暮らす事を良しとせず勝手に山に入って住んでいる人間が沢山いる」この事実が、奴らにとっては面白くない事なんだろうけど。

それを力ずくで何とかしようとするのを、奴らが諦めてくれたらいいのに。俺達はただ、これを期待するしか無いのかもしれない。



和人は、日記を書き終えると外へ出た。

9月も終わりになり、昼間でもかなり涼しくなってきたと感じる。

タネ婆さんが、こっちへ歩いていくるのが見えた。

「お疲れ様」

少年兵の看病を主にやっているのはタネ婆さんなので、和人はそう声をかけた。

「なかなか面白いことが聞けたよ」

「ほんとに?自分から何か話してくれたんですか?」

「少しは信用してくれたみたいだね」

和人はタネ婆さんと並んで切り株の上に腰を下ろし、話を聞いた。


タネ婆さんは少年兵に対して、名前も住所も職業も言わなくていいから、どんな命令でこの戦いに来たのか、そこだけを良かったら教えて欲しいと聞いてみた。

別に答えが返って来なければそれでもいいと、ダメもとで聞いた感じだった。

それも今日になって初めて聞いてみたことで、彼が意識を取り戻してから今まで、特に何も聞かず傷の手当てを続け、水や食べ物、調合した薬草を与えてきた。

その事を見ていて「確かに悪意は無いらしい」と信じてくれたのか、少年兵は少しずつ話し始めた。


自分は普段工場で作業をしているが、呼び出しがかかれば行かないといけない。

それが何の呼び出しかは行くまで分からない。

今回は、行ってみたら百人くらい集められていて、これから山へ向かうと言う。

「山には、安全なこの街に災いをもたらす恐ろしい存在、人ならざる者が棲んでいて、今年に入って度々犠牲者が出ている。これが今大きな問題になっている」というのは普段から聞いていた。

そんな恐ろしいものと、これからもしかして戦うのかと思っていると、指揮官らしき人達が数人来て話した。

「お前達は注意を引きつけるだけの役割だから安心して大丈夫だ。攻撃は、ヘリコプターを使って空から、周りから戦車でするから、号令がかかったら突撃して、戻れと言われたらすぐ撤退すればいい」という事だった。

山の中は衛生状態がいいとは言えなくて街には無い伝染病の原因になる虫とか細菌とか多いから、予防接種が必要らしくて行く前に注射を打った。

マイクロバスで現地に向かう間、勇壮な音楽が鳴っていて、だんだん気分が高揚してきた。

頭の中で「進め。進め。進め。倒せ。倒せ。倒せ」と、繰り返し言葉が聞こえていた。

車から降りて、途中から徒歩で山道を進んでいき、何列かに並んで、号令がかかるまでそこで待った。

指揮官らしき人達の姿は途中から無かったから、もう少し外側で待機している戦車の方に行ったのかなと思った。

自分は一番前の方の列だった。

「突撃!」という声が頭の中で突然響いて、走って行った後のことはほとんど覚えていない。

気がついたら、血だらけで倒れている自分の体を上から眺めていた。


少年兵の話によると、こういうことだった。

彼が嘘を吐いていれば、タネ婆さんならすぐに分かる。

これは全て本当の話のようだ。


「注射の中身はおそらく、精神を高揚させる麻薬の類だろうね」

タネ婆さんが、話の最後にそう言った。

「音楽が流れていたというのも、もしかしたらそういう作用のある周波数のものを流していたのかもしれない」

「どうせそんなことだろうとは思ってたけど。やはりか」

和人は言った。

最前線に押し出される人達は、詳しい事など何も知らないのではないかと思っていたのはその通りだった。

外から援護する予定など最初から無く、奴らは自分達だけ安全な所に隠れて様子を見ていたに違いない。

ヘリコプターでの上からの攻撃は援護などではなく、作戦に失敗した時に、実行にあたった人達を始末するためのものだった。

それを知らなくて、援護してもらえると思っていたから誰も逃げなかったのかと、その時の状況を思い出した。


「山の主達は全部見てたからねぇ。相当怒ってるよ」

「俺だって相当腹が立ってる。それにそういう奴らなら、またしばらくしたらどんな手を使ってくるか分からないし・・・・」

「山の主達と同意見のようだね。私もそう思うよ。二度と山には近付きたくないと奴らに思わせるために、これからちょっと面白いことをやろうと思ってね。山の主達が全面協力してくれるらしい」




次の日の朝、山の主の中の一体である巨大魚が、沼から姿を現した。

巨大魚に会って会話したことがあるのは、人間ではタネ婆さんと和人だけだ。

その二人でも、巨大魚は常に水中に居るのかと今まで思っていて、そうではなかった事を初めて知った。

巨大魚は、両生類のように陸に上がる事も出来る。

水面に出た頭の部分しか見たことが無かった二人は、巨大魚の体長は3メートルくらいかと思っていたけれど、実際はその倍以上あった。

巨大魚は、のっそりと沼から上がると、ヒレの部分を足のように使ってスルスルと移動して行った。

川の方へと向かう。

この川は、麓の村へ、それから街の方まで続いている。


山の主達は、肉体を持った動物や人間とは違って妖怪なので、人間の目から見た自分の姿を自由に消す事も現す事も出来る。

普段はほぼ、姿を見せずに生きている。

姿を見せるのは、人間と会話する時などに限られる。

そういう時彼らは、人間の視覚によって捉えられるように自分の周波数を合わせていく。


間をおかず、巨大な白狼が林の中から姿を現した。

巨大魚が向かった方向と同じ、川の方へと走って行く。

川に沿って麓の村へ、そこから街へ向かうつもりらしい。


リキにも、動物達にも、ここに居る人間達にも、彼らはテレパシーでその事を伝えてきた。


今度はすごい風圧が来て辺りが暗くなったと思ったら、黒い怪鳥が近くに

舞い降りた。

一緒に来るかと聞いてきて、リキが行くと答えた。

「俺も行きます」

リキの隣に居た和人も言った。

「もうちょっと若かったら私も行きたいところだけどね。ここは若いもんに任しとくとするかねぇ。皆んなと一緒に待ってるよ」

タネ婆さんはそう言った。

山の主達もリキも居なくなっても、今しばらくはここが攻撃されることはなかろうと皆んな何となく思っていた。


黒い怪鳥は、ここ最近上から様子を見ている間に、奴らの本拠地を見つけていた。

街の真ん中かと思ったらそうではなく、一見中心地に見える場所には、トップに近い奴らよりもう一段階下の者達がいるらしい。

戦闘の指揮を取ったのはこの辺りの奴らかもしれないが・・・と山の主は言った。

全てを計画している者達はさらに上の身分で、市街地を離れた山の麓近く、広々とした美しい土地に住んでいるらしい。

一般庶民を人口密集地の狭い集合住宅に押し込めて、自分達だけは違う暮らしをしている彼らは、定期的に会議を開いているらしい。


会議の開かれる場所は、彼らの住居が点在している地域の中心。

公会堂のような場所らしい。

そこに、人間の中では一番上の立場に居る数十人が集まる。

彼らのさらに上にいるのは、邪悪な人ならざる存在。

ここに居る人間達は、自ら進んでその存在達に魂を売った者達。

その代わりに、人間の世界では社会的地位と巨万の富を得ている。


彼らと関係無く自分の事業で財を築いた者は、市街地近い方に住んでいるらしく、ここに居る奴らだけが最高の環境で暮らせる特権階級。

他の者はどれだけ頑張ってもここには住めないらしい。


これだけの情報を掴んだ山の主達は、会議の開かれる日を狙って「少し脅してやろう」と考えた。


「これから実行する計画のために、あと数人来て欲しい」と山の主が伝えてきたので、リキと和人の他に、茜、良太、琴音、犬のシロが怪鳥の背中に乗って飛び立った。























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