第36話 ついに侵入してきた相手と、山での戦い


「人数が少ない事を知られない工夫は必要だな」

和人が言うと、リキが「こっちへ来い」という感じで先導して歩き出した。

「もう始めてるみたいだぜ」

リキが言うので視線の先を見ると、陽が落ちて暗くなりかけた林の中、数人が動いている。

何か作っているらしい。

食事の支度をしていた三人も、そういえば途中から居なかった。

作業を放り出してどこか行ったようだとは和人も気が付いていた。


近づいてみると、やっぱり善次とキクの夫婦も寿江もそこに居て、他にも四人居るのが見えた。

犬達も、何やら引きずって来たりして手伝っているらしい。

「あれは・・・」

「人数を多く見せるための仕掛けだろうな。多分」


さらに近づいて見ると、皆んなで一生懸命作っているのは案山子のような物だった。

作りは簡単なもので、棒切れ、ボロ布、藁などを適当に組み合わせて人の形に見える物をいくつも作っている。

犬達は薪木を集めているらしい。

「何かの準備ですか?」

和人が声をかけた。

「真ん中で火を焚いて、周りに案山子を置いて、ここに人が集まってる感じに見えないかなって。暗いのが幸いして、近くに来ないと分からないと思うし」

寿江が、作業の手を休めずに答えた。

「俺も手伝います」

和人もすぐに、近くにある材料を組み合わせて作り始めた。

リキは「奴らがどこまで来てるか見てくる」と言って走り去って行った。


他の人も集まって来て十人以上で協力して作ったので、短時間でけっこう作れた。

あとの数人は、侵入者を阻む仕掛けを作ったり武器になる物を揃えている。

今日は風も強くないので、作った物が簡単に倒れたり焚き火の炎が消えたりということも起きにくい。

真夏の暑さはもう無いし、寒さに震える季節でもない。

こういう作業をするには、とてもやりやすい気候だった。


皆が作業に没頭しているうちに夕方を過ぎて夜になり、辺りは闇に包まれた。

それでも、自然の中で暮らす人々にとっては月明かりがあれば十分周りの様子を見ることが出来た。

焚き火を始めると、炎の明るさでさらに周りが見えやすくなった。

「何人で来るか分からないけど、ここに誘き寄せれば・・・・」

「こっちは全員隠れて、相手側が攻撃に出るまでは待つか」

「隠れるって木の後ろとか?」

「上もありなんじゃない?」

「そうだな。手頃な木がけっこうある」

「相手側はこっちの人数は知らないから、実際より多く見せられたら成功だね」

「それで勝手にビビって逃げてくれたらいいけど」

「出来れば、犠牲者が出るような戦いにはなってほしくないよね」

「それは言える」


「ちょっと離れて見てみる」

数十体の案山子が出来たので、和人は一旦離れた。

相手側がこっちに向かって来た時、これがどう見えるのか気になった。

(山道から侵入したなら、ここに来れる道は一本しかない。近道の方は、門番が無事だということは破られていないし・・・)

考えながら数十メートル歩いて、振り返る。

(侵入者は、ここから向こうを見る形になるから・・・)

見ると、焚き火の炎が赤々と燃えていて、その周りを囲むように沢山の人が居る。

本当にそんな風に見えた。

これなら大丈夫そうだと確信する。


戻ろうとした時、ちょうど向こうからリキが戻ってきた。

「百人くらい居る感じだな。こっちに向かってる」

「少なくはないけど・・・それくらいの規模ならまだ何とか出来そうな気がする」

「そうだな。あれもなかなか上手く出来てるし」

リキが、和人達がさっき作った仕掛けの方を見て言った。

「開発地にも人が沢山住んでるわけだし、本格的に軍隊なんかを山に向かわせたら、何事が起きたのかって騒ぎになるからな。奴らは、開発地に住む庶民には知られずに密かに、山で暮らす者を脅して開発地に移動させるか、それが出来ない時は始末したいんだと思う」

リキがそう言って、和人はその通りだろうなと思った。


今も村に居て睨みをきかせている数十人。それと、ここへ向かっている一団。相手側の作戦実行に携わる人数は、おそらくそれが全部だろうと思われた。

「ここの近くには、俺達以外誰も居ないわけ?」

「そうらしい。周り全部見てきたけど、皆んな村の方に加勢に行ったようだな」

「それでいいのかもしれないな。村人の人数が多いほど戦いにならずに済む可能性出てくるし。人数的に不利なのを見て奴らが引き下がってくれたらベストだな」

「そのためにもこっちは負けられない。それと出来ればこっちも、互いに殺し合うような戦いじゃなくて、山には何か恐ろしい物が居るらしいという事になればいいと思う。だから山には近づかないでおこうと思ってもらえれば」

「人ならざる者の存在か・・・・作戦としては最初に戻る感じだな。説明会の時の事とか、山道で起きた車の事故とか、奴らも忘れてはいないだろうから、ちょっと押せば効き目があるかもな」


和人とリキが話しているところへ、琴音と良太がやってきた。

「武器が揃ったから、この辺の木に登るね」

その後から、茜とタネ婆さん、喜助、犬のシロが歩いて来ている。

「木に登るのは若い者しか出来ないからね。頼んだよ」

和人達の方を向いてタネ婆さんが言った。

「時間が無いし深くは出来なかったが、こっちは穴を掘って仕掛けを作った。来るとしたらおそらく道はここしか無いからな」

そう言った喜助は、持ってきたスコップを草むらの中に隠した。

どんな物を作ったのかと和人が聞くと、奴らがき来たら必ず通ると思われる道に溝のような穴を掘ったという事だった。

その手前にも、低い位置に細いロープを張って、人が来たら隠れている者が両側から引っ張る仕掛けを作ったと言う。

暗闇に慣れていない人間なら、真っ暗な中でいきなり足元に何か引っかかったり、掘られた穴に足を取られて躓いたら・・・かなり怖いだろうなと和人は思った。

木に登って隠れる事も含め、昼間ならうまくいくかどうかあやしい仕掛けでも、あたりが暗い事をうまく利用すれば行けそうな気がした。

「奴らの側も、こっちに気付かれないように近づこうとするだろうから、明るい照明は使わないと思う」

「そうだな。人数は向こうの方が5倍以上多いけど、今の作戦ならいける気がする」


茜、和人、良太、琴音の四人は、琴音が作った武器を持って木に登った。

下では、喜助、寿江、善次とキクの夫婦が、仕掛けを作動させるために隠れている。

喜助は「使うことはまず無いと思うが一応持ってきた」と言って、猟銃を持ってきていた。

琴音が作った武器は全員持っていて、仕掛けで倒した相手に投げつける算段だった。

この武器は、成分的には催涙スプレーの古代版のようなもので、まともに食らうとしばらくは咳き込んで目も開けられなくなるが、失明するような心配は無い。

タネ婆さんは、フラッシュライト、スタンガン、催涙スプレーなど、ある限りの武器を預かって持っていた。

近くの草むらに身を潜めて待機する。

その横に、猫の大きさに戻ったリキが居る。

いざとなれば体を大きくして加勢するつもりだった。

ここに居る以外の人達は、焚き火を中心にもう少し遠くに、この場所を囲むように待機した。

全員、琴音が作った武器や木刀を持って隠れた。

そこには犬達も一緒に居る。


「気をつけて!上から何か来てる!」

琴音が、下に居る皆んなに向かって叫んだ。

それと同時に、焚き火の近くの案山子が、何かに撃たれたように前に倒れた。

燃えやすい素材で作られた案山子に、焚き火の炎が燃え移り、激しく燃え上がった。

続いてもう一発、上から発射された何かが別の案山子に命中した。

頭部を撃ち抜かれた案山子が、焚き火の方に倒れ込んだ。

続いてもう一発。

今度は僅かに外れて、激しく燃える焚き火の炎の中に何かが飛び込んだ。


攻撃は、焚き火の方にばかり向かっている。

これが見せかけだとはバレていなくて、本当に人がいると思って撃ってきているらしい。

村で起きている事とは違い、多くの人に見られる心配は無い山の中だ。

相手は確実に、最初から自分達を殺す気で来ている。

案山子ではなく自分達があそこに居たとしたら、もうすでに犠牲者が二人出ているわけだ。

それを思うと和人は背筋が寒くなった。

ここに居る人達は皆んな大切な仲間で、誰にも死んで欲しくない。

焚き火と案山子の仕掛けを作っておいて本当に良かったと思った。


「撃ってきてるのはヘリコプターじゃない。ドローンだな・・・え?鳥さんが加勢してくれてる?」

攻撃を仕掛けてきていたのは、遠隔で自動操縦されているドローンだった。

木に登っている四人が見ている前で、フクロウの大群が飛んで来てドローンを取り囲み、攻撃して叩き落とした。

それが済むと、間髪入れずに二機目三機目に襲いかかる。

沼に落とされた物はそのまま沈んでいき、森の中に落とされた物は大破して炎を噴き上げた。


「いざとなったら加勢しようと思っていたが、心配無さそうだな」

山の主の黒い怪鳥から、テレパシーで皆んなに伝わってきた。

「あのドローンには、地上にある攻撃目標に狙いを定めて撃つという単純な機能しか備わっていないらしい。下に居る人間を狙うことしか想定していないから、逆に直接加えられる攻撃に対しては脆いようだな」

山の主は、フクロウ達の戦いを観ながら、さらに伝えてくれた。


それでもドローンの数は相当多いらしい。

次々と叩き落とされているが、フクロウ達の攻撃をかいくぐって一機が向かって来た。

けれど今度は下からの攻撃で、それは撃ち落とされた。

反対側でも、同じことが起きている。

近くでは喜助が、向こうでももう一人、猟銃を構えて狙いを定めている。

上ではフクロウ達が戦っていて、それでも近づいてきたドローンは次々と打ち落とされた。


攻防がまだ続いているうちに、草をかき分けて人が向かってくる足音が聞こえてきた。

木の上から見ている四人も、向こうから近づいてくる者達が居ることにすぐ気が付いた。

全員音を立てず、テレパシーのみでやり取りする。

「銃声は聞こえてるはずだけど。構わず近付いて来るみたいだね」

「奴らの側から来る人間って皆んな、なんか感情無いっていうか・・・命令通り動いてる機械みたいな感じだもんな。危険だから待つとか無いんじゃないかな」


一団が通ってくる道は、さっき皆んなで予想した通りだった。

そして、攻撃は突然始まった。

誰かが号令をかけているわけでもない。

遠隔で命令が出ているのかもしれない。

最前列の十人ほどが、焚き火の方に向かって突撃してきた。


隠れていた善次とキクが両側からロープを引っ張っぱると、勢いよく突進してきた者達は次々と転んだ。

次の列の者達が止まれずにその上に重なるように転び、起きあがろうとした者が今度は溝に落ちた。

暗闇の中で、何が起きたのか分からずにバタバタしている者達めがけて、四人が一斉に木の上から武器を投げつける。

唐辛子の粉に灰を混ぜて固めたボールは、物に当たると砕けて中身が飛び出す。

当たれば目や鼻や喉に焼けるような痛みが走り、一時間は回復しない。

昔、忍者が使ったと言い伝えられている武器だった。

この攻撃を受けた者達は、あっという間にその場にしゃがみ込んで動けなくなった。

痛みに耐えきれず転げ回っている者も何人も居る。

原始的な武器のように見えて、性能の良い催涙スプレー並みの効き目だった。

それでも、三列目、四列目の者達は、何事も無かったように突進してきた。

倒れている者達の体の上を、平気で踏み越えて向かって来る。


もう少しだけ焚き火寄りに作っていた同じ仕掛けを、寿江とタネ婆さんが引っ張った。

走ってきていた者達は、さっきと同じように次々と転び、起き上がってもその先の溝に落ちた。

木の上の四人が、上から狙って武器を投げつける。


これでもまだ、後ろの列の者達は同じように突進してきた。

ドローンと同じで単純な攻撃しか出来ないらしいと、見ている皆んなも大体分かってきた。

仕掛けはもうこれ以上無い。

タネ婆さんが飛び出して行き、突進してくる者達に向けて催涙スプレーを吹きかけた。

武器を持っている他の皆んなは、それを投げつける。

木の上に登っていた四人は、飛び降りて地上の方に加勢した。


さらに向かってくる後ろの列の者達に向けて、武器が続く限り18人全員で応戦し続けた。

攻撃をすり抜けて中に入ってきた者は、馬ほどの大きさになったリキと、11匹の犬達に飛び掛かられれて地面に倒された。

倒れたところにスタンガンの一撃を食らって動けなくなった。


ドローンの攻撃はいつの間にか止んでいた。

フクロウ達と、猟銃で応戦した二人によって全部撃ち落とされたらしい。

地上での戦いも終わりに近付き、相手側で立っている者はもう居ない状況になった時、リキが「気をつけろ」と伝えてきた。

リキの意識が上空に向いているのが分かったので、皆んな空を見た。

ヘリコプターが来る。

今までずっと、上空から山の中を監視し続けていたヘリコプターらしい。


「来るぞ!伏せろ!」

誰かが言ったのを合図に、住居の近くに居た者はその中に飛び込み、間に合わなかった者は食糧庫の中や岩陰に飛び込んで身を伏せた。


低い位置に迫ってきたヘリコプターから、何か投げ落とされた。

焚き火の辺りだと皆が思った瞬間、地面を揺るがすような爆発音が響いた。

焚き火のあったところは跡形も無く吹き飛び、周りに置いていた案山子ももちろん、原型を留めていなかった。

それだけならまだいいのだが、さっきここで倒した者達が、動けなくなってこの場に居た者達が、この攻撃で命を落とした。

「まさか・・・味方がいるのに上から・・・」

和人は、信じられない思いで顔を上げ、立ち上がろうとした。

「まだ危ない!」

リキが和人の体を突き飛ばして、その上に覆いかぶさった。


最初のヘリコプターは飛び去って行ったが、相手は一機ではないらしい。

次に来たヘリコプターが、低い位置に迫ってくる。

ヘリコプターの中から、地上の方に銃口が向けられている。

山で暮らす者が誰か目についたら、上から撃ち殺そうと狙っているのか・・・皆んなそう思って体を固くした。


次の瞬間、銃声と断末魔の叫び声が和人の耳に響いた。

時間にすると数秒の間の出来事。

さっきの戦いで攻撃を受けて地面に倒れ動けない者達を、容赦なく撃ち殺した後、ヘリコプターは悠然と飛び去って行った。


住居の中に飛び込んだ者は、その様子をもろに見ることになったが、出て行けば自分も撃たれるしどうしようも無かった。

焚き火があった場所の周辺は、まるで地獄絵図のような悲惨な状況だった。

自分達が誰も殺したわけではないのに、まるでそうしてしまったかのようにあと味が悪かった。


「ちょっと来て!この人まだ息がある」

倒れている男性の前にかがみ込んで様子を見ていた茜が叫んだ。

タネ婆さんがすぐに行って、状態を見る。

「大丈夫そうだ。致命傷は負っていない」


「この人も・・・大丈夫ですか?わかりますか?」

寿江が、他の一人の側に行って話しかけている。

明らかに死んでしまっている人はもう仕方がない。

けれど何人かでも助かるかもしれない。

すぐに全員で手分けして、助かりそうな人を見つけて住居へ運んだ。

犬達もすぐに、その作業に加わった。


和人が、リキが途中から居ないと思っていたら、数十分後に猫達と一緒に戻ってきた。

ヘリコプターから見えるように、わざと山の中を走り回ってきたらしい。

最初の作戦通り、人ならざる者が山に居ると思わせる作戦。

この事もうまく行けばいいと全員が願った。

これ以上戦いはしたくないし、彼らには二度と山に入ってこないで欲しいと願った。































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