第35話 決戦前
9月25日
一人で暮らしている人達の間にも、俺達が思っていた以上に互いの繋がりはあるらしい。
あの時危険な出来事があって、その後、テントを焼かれた一人暮らしの男性は同じく一人暮らしの友人の所へ行った。
そこで危険を知らせる話をして、さらにそこから次の友人へ・・・
どんどん伝達された様子。
あの後リキが遠くまで様子を見に行って、状況を伝えてくれた。
山に暮らす人々の通信手段は、次々に回していく手渡しの手紙だったり、特定の場所に並べた石でメッセージを伝えあったり、アナログなやり方らしい。
これは俺達も同じで、パソコンやスマホでやり取りすれば、見られてしまう可能性がゼロでは無いから。
特に、山に逃げたと見られている者のパソコンやスマホは安心出来ない。
勝手に情報が抜かれる可能性は常にある。
「危険」という知らせを受け取った人達は、次々とテントをたたみ、車の人はそのまま移動して、それなりの人数が暮らす場所近くへと逃れた。
知らずにポツンと離れて一人で暮らしている人はもう居なさそうだと、リキが見てきて伝えてくれた。
それなら安心できる。
山へ行った俺達は全員死んだと、思われているなら良かったが・・・
ヘリコプターで上から監視を始めたところを見ると、人物の特定はされていなくても山に逃げて暮らしている者が沢山いることは、既に奴らに知られている。
山道からは入れないとなると、奴らは上空から監視し始めた。
それで人が居る場所に見当をつけてパラシュートで降りてきていたらしい。
山の主が連れて行ってくれて上空から見ている時、俺達は木に引っ掛かっているパラシュートを何度か見付けた。
山の中へパラシュートで降りる事だってかなり危険が伴うと思うけれど、
上の立場に居る奴らは自分達より下と見ている人間が何人怪我したって死んだって気にしていない。
実際、暗殺に失敗した者が急に苦しみ出して死んでしまったように、失敗したら遠隔で操作して心臓を止めるぐらいだから。
証拠を残さないためだと思うが、そういう事を平気でやる。
目的地に降りるのに失敗して怪我した場合でも、その場で消される可能性は高い。
人数が多くて大きい村になっているところから狙うかと思ったら逆で、奴らは一人暮らしの人を狙った。
見せしめに殺して、他の者達を怖がらせようという魂胆らしい。
一人で暮らす人は、俺達がこの前会った人みたいに腕に覚えのある男性が多いが、それでも寝ている間に外から火をつけられたりしたらひとたまりも無い。
車の場合も同じこと。
ガソリンに引火する可能性を考えるとさらに恐ろしい。
危険を伝える知らせが、うまく行き渡って本当に良かった。
和人が日記を書き終えた時、リキと動物達が外から帰ってきたらしく、外が賑やかになった。
まだ外は明るいけれど夕方で、この時間になると少し肌寒いくらいになってくる。
外では動物会議が始まっているらしい。
自分も参加しようかと和人が外へ出ると、外で農作業をしていた数人も寄ってきた。
タネ婆さん、茜、喜助、良太、琴音。
善次とキクの夫婦と寿江の三人は、今日の夕飯の支度を担当していて、少し離れたところで作業をしていた。
それでも、この距離で話していたら内容は大抵聞こえる。
ここも安全ではないと感じさせられるような出来事が最近あったばかりで警戒はしつつ、それでも皆んな日常の暮らしを楽しむ事は止めなかった。
豊かな自然に触れ、季節の移り変わりを見て楽しむ事。
この季節に手に入る山の恵みを味わって楽しむ事。
川で行水をするのがそろそろ寒くなってきたので、材料を集めてきて風呂作りに挑戦する事。
山で暮らす他のグループの人達と交流するようになってからは、ぅ貰ったり交換したりして手に入る物も多くなった。
今日は、今ここに居るメンバー以外の十人が二手に分かれて、近辺の見回りをしている。
安全が確認出来るまでは、交代でこれを続けていこうと皆んなで決めた。
いつ誰が行くとか特に順番を決めたわけではないけど、毎日なんとなく行く人が居てうまくいっていた。
「あれからは事件は無いよね。今のところ」
茜が言った。
「狙って行ったってもう誰も居ないからね。一人で居る人間を襲うのは諦めたかもね」
近くに居た黒猫が、ゆったりと体を伸ばしながら伝えてきた。
「安心するのは早いらしい」
今度はリキからそう伝わってきたので、皆んなそっちを見た。
リキがテレパシーで何か受け取っているらしい。
邪魔をしないよう、暗黙の了解で全員が静かに見守った。
「門番からメッセージが伝わってきてる。山道の方から入られたらしい。門番の位置まではまだ遠いけど・・・もっと街に近い方の、人数の多い村の方だ」
「山道に入るあたりは何処も、ムジナ達が頑張ってくれてたみたいだけど。ついに破られたか・・・助太刀に行くか」
「当然」
「今度は目立つ場所を狙ったんだな」
「それとも、たまたまその近くの山道が入りやすかったか」
「もしかして、一度遊びに行ったことがある・・・」
「そう。そこだ。この前、ここの人間六人と俺で行った所」
リキが答えた。
和人達18人と動物達が暮らしているこの場所から真っ直ぐ西へ向かい、そこから街寄りに移動した場所。
そこには、百人ほどの人数で暮らしている小さな村が出来ている。
そこの人達も、一度村人全員で拠点を移したというのを聞いた。
最初は今よりももっと街寄りに居たらしい。
そうやってどんどん追い詰められていって、どんなに山の方に逃げても追ってこられるのかと、それを聞いた時は思った。
「大家族も、一人で住んでた人達も、他にも・・・けっこう皆んな、あの村へ行ったらしいな」
リキが、情報を受け取って伝えてくれる。
数匹の犬達が、見回りに行っている人達を呼び戻しに行った。
「早く行った方が良くない?こうしてる間にも村が、めちゃくちゃ攻撃されてたら・・・」
良太が心配そうに言った。
「落ち着きな。大丈夫だよ。派手に攻撃して環境を壊せば、あいつらだって住めなくなる。それも知らないほど馬鹿じゃないはずだからね」
隣に座っていたタネ婆さんが言ったので、良太も納得した。
「かなりの人数で来ているらしい。村人が多く集まってる店なんかを取り囲んで、一度事情を聞くから来いということらしい」
リキが状況を伝えてくれる。
「犯罪を犯したとかでもないのに。何で呼び出し食らって行かなきゃならないのか意味分からない」
琴音は、彼らのやり方に相当腹が立って、気持ちをそのまま言葉に出した。
何人もが頷いて聞いていて、ほとんど皆んな気持ちは同じだった。
唐突に、三体の山の主達から、メッセージが伝わってきた。
「もしも決戦になったら少しは手伝おう」
「あまり派手に手伝ったら死人が多く出るからな」
「ほどほどにな。ここの沼まで来やがったら引きずり込んでやるが」
テレパシーで伝わってくるこの言葉を、人間も動物達も全員はっきりと受け取った。
山の主達とは最初、奴らに開発を進めさせないという約束をして、今まではムジナ達が頑張ってくれたおかげもあってそれが守られてきた。
山に住む人間達が、自然を壊さないように暮らし、約束を守ろうと頑張ってきたことを山の主達はこれまでずっと見守っていた。
それで、危機が迫った今、助けようという気持ちになっていた。
「・・・こっちへも奴らが向かってるらしい。どうやって入ったんだ」
皆んなが走り出そうとしている時に、リキがまたテレパシーを受け取った。
「門番は外からは見つかりにくいから無事らしいが・・・」
「近道は知られてないってことか」
「そうだ。それでもいずれ・・・ここには入ってくる。多分。村の方は、状況は変わっていないらしい。奴らは多人数で店を取り囲んで睨みをきかせているだけで、武力を使うような攻撃はしていない。村人達の方は、それを完全無視で店の中で普通に過ごしている。奴らがある程度多人数で来ていると言っても、人数の多さでいくと村人の方が上だからな。動じない村人達に対して、馬鹿にしやがってと怒ってみても、奴らだって内心怖いと思う。ヘリコプターで上から見て、山全体に暮らす人数を把握してるからな。仮に攻撃して、そこに居る村人全員倒したとしても、周辺にどれだけの人数が居るか考えるとかなりの恐怖だろうな」
「実際あの村には、今けっこうな人数が向かってるんだろ?」
和人が聞いた。
「多分だけど・・・千人以上行くんじゃないかな。逆に今の時点でここは少ないから、来られたら危ないな」
「もしかして奴ら、最初からそのつもりじゃないのか?二手に分かれて、村に引き付ける役目が半分、残り半分は山に入って、人数が減った所を攻撃する」
「おそらくそうだと思う。全員あっちへ行ってしまったら奴らの思う壺で、居ない間にここの住居や畑が全部焼かれてるとか」
「そうなったら戻っても住めないから、諦めて開発地に行くとでも思われてんのかな」
「そんなとこだと思う」
「呑気に話してる場合じゃなくない?来ちまうよ」
三毛猫が伝えてきた。
犬達は、見回りに行っていた十人を連れて戻ってきた。
さっき途中で住居の中へ入って行った琴音が、何か持って来たので皆んなそっちを見た。
「これ、いざという時のために作っといたんだけど。ほんとに使うことになるとはね」
「何なの?それ」
籠に山盛りになっている丸い物体を見て茜が聞いた。
「唐辛子の粉と灰を混ぜて丸めたやつ。その辺の催涙スプレーより効くよ」
「それでいて人を殺すわけじゃないし。凄いの考えたね」
「まだあるから、全部持ってくるね」
「琴音ちゃんは凄いな。皆んな持ってる物集めるか。俺が持ってるのは、催涙スプレーとスタンガンとフラッシュライトと・・・もうすぐ暗くなってくるしフラッシュライト使えるな」
「俺も大体同じ物は持ってる。取ってこよう」
猫達は、25匹が一つにまとまって辺りを走り始めた。
少し離れて見ると、一つの大きな獣に見える。
暗闇になって月明かりに照らし出されると更に恐ろしく、物の気の様に見えるに違いない。
リキは、馬ほどの大きさになって和人のそばに居た。
必要とあればもっと大きくなる事も出来る。
「リキが居てくれるし、いざとなったら山の主達が助けてくれるとも言ってるし、きっと大丈夫だ。それに山で暮らしている俺達は、暗闇でも物が見える。街から来る奴らより、これは相当に有利だ」
和人がそう言って、皆んな頷いた。
ここにいる人間達も村で普通に暮らしていた頃は、今のような視力は無かった。
人工的な照明を使わず自然豊かな環境で暮らすと、視力が上がって遠くまで見えるようになるし、暗闇でも物が見えるようになる。
他にも、嗅覚が鋭くなったり、気の流れを感じ取る感覚が鋭くなる。
野生で生きていく者に備わっている危機察知能力が、ここで暮らす間に自然と身についていた。
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