第34話 平和が続くと思ったら考えが甘かったらしい 山での出来事
9月15日
山の主が初めて、上空から山の様子を見せてくれた時。
あのインパクトは凄かった。
どれだけ多くの人達が、作られた街を離れて自由に暮らしているか知ることが出来たし。
山の主は、ここに住む俺達以外のメンバーも、順番に空の散策に連れて行ってくれた。
昨日は、白狼の山の主が現れて、夜の時間帯に山の中の散策に連れ出してくれた。
昼間だと目立ちすぎるから、怖がられても面倒だという事で夜だった。
空から見るのも素晴らしかったし、地上から見るとまた違った意味で素晴らしかった。
ポツポツと見える家の明かり。
テントの前の焚き火。
それらを見ていると、心が温かくなり、安心感があってとても癒される。
人々が生活している証だから。
その人々から伝わってくるエネルギー。
空から見るよりもさらにそれを近くで感じた。
少し前に知り合った大家族とか、そこからの繋がりで訪れた百人くらいの人達が暮らす村とか。
行ったり来たり連絡を取ったり、実際に交流が続いている人達も居る。
そうやって知っている人達以外にも、これほど沢山人が居るという事だ。
この事で、皆んなの中に広がった安心感は大きかった。
最初は、自分達18人と36匹以外、山に移り住んだ者は居ないと思っていたけど。
本当はすごく多かった。
考える事が似てる人って、案外多いものなのか。
どこでも開発が強引に進められているし、住んでいた場所が今までと様子が変わってきて、住みにくくなったのかもしれない。
住みにくい所で我慢するより、思い切って引っ越すというのも一つの生き方。
俺達みたいに強引に追い出された感じの人達も、もしかしたら居るかも。
山の主が言う通り、開発を進めてそこに適応しない人間は排除する意向の奴らにとって、これだけの人数がいるとさすがにやりにくいはず。
今も、ヘリコプターで上から監視を続けているのは相変わらずだけど。
奴らがこのまま諦めてくれて、これからもここで平和に暮らしていけることを願うばかり。
9月19日
このまま何事も無く、平和に暮らしていけたら・・・って願ってたけど、どうも簡単にはいかないらしい。
一昨日、数日ぶりに俺とリキは、山の主に乗せてもらって近くの上空を散策していた。
今回は夜の時間帯。
昼間とはまた雰囲気が違い、夜の森の中はとても静かだ。
街中と違って、真夜中まで煌々と明かりがついている事もなく、おそらくほとんどのの人が眠りについている。
山の中から煙が上がっているのを、リキが最初に見つけた。
何かが燃えているらしい。
山火事になっても大変な事になる。
今はまだ広がっている様子は無いし、早く消し止めなければ。
そう思って山の主に伝えて、低い位置まで降りてもらい確認してみた。
燃えているのはテントのようだ。
近くに降りると、山の主は大きな翼で燃えているテントを叩いて、あっという間に火を消してしまった。
周りに火の粉が飛んで植物が燃えているのは、リキが消して回った。
さすが妖獣。
熱いとか無いらしい。
俺は、ここに住んでいた人が気になり、周りを探し歩いた。
燃えていたのはテントとその中に置いてあった物ぐらいで、人の姿が無いのはさっき確認している。
近くの草むらから、人が近付いてくる足音が聞こえた。
犬の鳴き声も聞こえる。
犬も一緒らしい。
最初に、犬の姿が見えた。
茶色の芝犬が走ってきて、そのすぐ後から男性が現れた。
「こんばんは。ここに住んでた人ですか?」
俺の方から声をかけた。
「・・・そうですけど」
いきなり声をかけられてびっくりしたのか、少し警戒されているらしい。
無理もないと思う。
山の主は、火を消した後すぐ離れたようで近くには居なかった。
火を消して回っている時馬ぐらいの大きさだったリキは、小さくなって普通サイズの猫に戻っている。
そのまま対面したらおそらくもっと警戒されるから、考えてくれているらしい。
「テントが燃えてたので・・・」
俺がそう言うと、男性は慌ててテントの方に走って行った。
燃えたテントの前で呆然とした様子。
このままだと、なんか俺が放火犯だと間違えられはしないだろうか。
空から来ましたとも言えないし。
一瞬、そんなことを心配したけれど大丈夫だったらしい。
男性は、しばらくして気を取り直すと「火を消してくれてありがとう」と、むしろ感謝してくれた。
消したのは山の主で、リキが少し手伝って俺は特に何もしてないけど。
そのまま言うわけにもいかないのでそういう事にしておいた。
俺とリキは、朝までここに滞在して話を聞き、明日帰る事にした。
山の主は察して戻ってくれて、みんなに伝えてくれると思う。
見たところ40代半ばくらいに見えるこの男性は一人暮らしで、芝犬と一緒にここで暮らしていたと言う。
上空から見た時も、車やテントで一人で暮らしてるっぽい人は沢山居たから、その中の一人らしい。
この日は天気が良かったから星が綺麗で、外で星を眺めながら夕食を取って酒を飲み、そろそろ寝ようかとテントに入った。
それから1時間も経たないうちに、犬が何かに気がついたらしく起き上がって警戒し始めた。
犬がテントの外へ出て行くので、男性もついて行った。
草むらをかき分けて逃げていく男の姿が見えたので追いかけて、捕まえようとしたところ反撃してきたので、側頭部に蹴りを入れて倒した。
男性は、ここで暮らすようになる以前、空手の師範だったらしく腕に覚えがあったようで、勝負はあっさりついた。
その後、脳震盪を起こして失神していたかに見えた相手が急に苦しみ出し、そのまま絶命してしまったと言う。
俺とリキは、話を聞きながら現場について行って、その死体を見た。
男性の説明によると、失神していた状態から気がついた瞬間、ものすごく苦しみ始めた。脂汗を流し、顔面蒼白だったと言う。
見る間に痙攣が始まった。
救急車を呼ぶにもスマホも何も持っていないしどうしたものかと思っているうちに、激しい痙攣が来たのを最後に男の心臓は止まってしまった。
「俺は見た事が無いが、試合や練習中の事故で人が死亡する事が絶対に無いとは言えないらしい。けれど万が一それが起きた場合、失神したまま意識が戻らずに・・・ということになると思う」
男性がそう言って、聞いた俺も、その通りだろうなと思った。
蹴りが命中して倒れたのが死因ではなく、その後で遠隔操作によって消されたのではないか?
俺は以前、今聞いたのと全く同じように人が死ぬのを見ている。
この死体の様子を見ても、やっぱりそうかと思う。
タネ婆さんと茜さんが刺客を倒した時、殺すような攻撃はしていないのに、相手が急に苦しみ出して死んだ。
「あなたが殺したんじゃないと思いますよ。また後で詳しく話しますけど」
リキがテレパシーで「俺もそう思う」と伝えてきた。
死んでいる事は明白なので今更救急車を呼んでも遅い。
けれどこの事を警察にも話さないわけにいかない。
そう思った男性は、とりあえずテントの方に戻ろうとしてこっちに向かっていたのだと言う。
その前にテントが燃えていたわけだ。
相手は二人居たのかと思う。
おそらくテントの両側からか、二手に分かれて近付いて来ていたうちの、片方の気配に犬が気がついた。
もし犬が気が付かなかったなら、熟睡しているうちにテントごと燃やされて今頃生きていなかったかもしれない。
男性はそう言って、命の恩人の頭をワシャワシャと撫でて感謝を伝えていた。
この男性は、自分は一人暮らしだけれど同じ様に山に住んでいる友人は居るので、明日そこへ行くと言っていた。
俺の方も、ある程度自分達の事を話して、自分の過去の経験からあの死体は放っておいてもいいんじゃないかと話した。
どうせまともな捜査はされずに終わる。
翌朝、友人の所へ向かう男性と別れて、俺とリキは出発。
森の中をゆっくり走って戻った。
道中で、今回のことについてリキと色々話した。
「逃げたもう一人の方のエネルギーが残ってる」
「この辺りに?ここを通って逃げたってこと?」
「そうらしい。受けていた命令の内容も辿れるかも」
リキの集中力を妨げないようにしばらく無言でいると、リキから答えが来た。
「誰でもいいから一人で居る人間を見つけて殺せ。出来る限り残虐に。テントや小屋なら寝ている所を狙って生きたまま焼き殺せ」
「それが指令?」
「そう。人数の多い所が目立って狙われるかと思ったら逆だったな」
「山の主が言ってた様に、人数の多い所だと逆襲されるかもしれないし、派手な戦いになれば、開発地に住んでいる人達が気付いて何事かと思うだろうし・・・それで奴らが諦めるかと思ったところが、俺達が甘かったって事だな」
「逆に人数の少ないところを襲撃して、残虐なやり口を見せて、他の皆んながビビって開発地に戻ってくるのを狙ってるのかと思う」
俺とリキは、戻ってこの事を皆んなに伝えた。
団結して対策を考えようと言う人、怒りに震える人は居ても、怖いから戻って開発地に入れてもらおうという人は誰も居なかった。動物達も。
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