第33話 山の主が見せてくれた、上空から見た山の様子
恐ろしく巨大な黒い鳥、山の主が、三人の前に降り立った。
三体の山の主の中の一体、黒い怪鳥だった。
この山には他にあと二体、沼に住む巨大魚と、巨大な白狼が居る。
怪鳥が近づいて来ただけで風圧が凄くて、小柄な茜は吹き飛ばされそうになり、和人の腕につかまった。
見上げると、山の主の漆黒の体の中で二つの目だけが、血のように赤く光っている。
その下には大きく鋭い嘴。
さらに下の方を見ると、太い木の幹の様に頑丈な二本の足。
そこには鋭い爪が生えている。
三人は山の主と初対面ではないので今更驚きはしないが、この姿は何度見てもけっこう怖い。
けれど三人に対して敵意は無いというのが、山の主から伝わってきた。
「それなりに頑張っているようだな」
黒い怪鳥は、三人に向かって言った。
この山に棲む三体の山の主は、普段からずっと、ここで暮らす人々の様子を見ている。
人々や動物達とテレパシーで話すこともあり、特にリキとタネ婆さんは、山の主達とよく話していた。
「村を守るのは無理だったけどね」
タネ婆さんが言った。
「奴らが山に来なければそれでいい」
山の主達としては、この場所が荒らされなければいいらしい。
それで約束は守られているという認識だった。
「ムジナ達が入り口で頑張ってくれてるしね」
和人が言った。
入ろうとする者を化かして迷わせるムジナ達のおかげで、山道から奥へ入れた者は居なかった。
「今度は空から見つけて入って来ようって魂胆かもしれないけどね。最近のヘリコプターの多さは異常だよ」
タネ婆さんは、少し前からこの事を気にしていた。
「奴らが上から見てようが、放っておいても案外大丈夫かもしれないぞ」
山の主が、あっさりとそう言ったので三人には意外だった。
上空をうろついているヘリコプターの存在は、山の主にとっても鬱陶しい物に違いないと思っていたから。
和人も茜もタネ婆さんも、どうリアクションしていいのか分からないといった様子で顔を見合わせた。
リキでも分からないらしい。
山の主は、何を根拠に大丈夫と言うのか。
「面白いものを見せてやろう」
山の主はそう言った。
「背中に乗っていいんだって。まずこっちに乗ってくれたら、一緒に上がれるよ」
リキは、言いながら体を大きくして、馬ぐらいの大きさになった。
すぐに山の主の意図が分かったらしい。
「乗っていいって、山の主が?」
和人が聞いた。
「そうだよ」
三人がリキの背中に乗ると、リキは山の主の翼の上に飛び乗った。
そのまま背中まで一気に駆け上がる。
上がった後、リキはスーッと元の大きさに戻り、三人は山の主の背中の上に降りた。
リキが一番前に乗り、三人は横に並んで乗った。
皆んなが乗ったのを確認した山の主は、再び大きく翼を広げ、空へと舞い上がった。
和人が下を見ると、あっという間に山が遠ざかっていく。
山の主の体が大きい事と、静かに飛んでくれていてほとんど揺れない事で、怖いという感覚は全く無かった。
茜もタネ婆さんも、遥か下の方に見える山々を見下ろしている。
「こうして見ると、上から見てそんなに目立たないねぇ」
「これだったらなんか大丈夫そう。見つかって目をつけられるとか、こっちに来られるとか無いんじゃない?」
二人が話すのを聞いて、和人もその通りだなと思った。
できる限り自然を壊さずに、洞窟などを利用して住居を作っているし、普通の家のような建物らしき物も無い。
上から見てこれだったら、ヘリコプターで監視されていても大丈夫な気がした。
山の主が、ヘリコプターが来ても放っておいて大丈夫と言ったのはこの事だったのか・・・・
和人がそう思った時、山の主から返事が伝わってきた。
「本番はこれからだ。山の近くを飛ぶから、他の場所も見ると面白いものが見られる」
さらにもう少し高度が上がって、地上が遠くなった。
それでもあまり揺れないし、今日は天気がいい事もあって、上空を飛んでいる時の気分は最高だった。
山の主は、三人と一匹を乗せたまま、連なる山々の上空をゆっくりと進んでいった。
「あの辺りってもしかして・・・」
「そうよね。この前私たちが行った村じゃない?」
和人と茜が見つけたのは、自分達が行って見てきた村だった。
上空から見ると、色とりどりの屋根が見えて、広場のような場所も見えた。
この場所は、個人経営の小規模な店、自宅兼店舗の人が多い。
ここに行った時にたしか、そう聞いた事を二人は思い出した。
画一化されていない個性豊かな外観の建物が目立っている。
屋根の色だけでも色とりどりで個性的なので、上から見ても目を楽しませてくれる。
「だけどめちゃくちゃ目立ってるよね。大丈夫なのかな」
茜が言った。
あれではヘリコプターから見ても丸見えで、すぐに目をつけられそうだと和人も思った。
そう思っているうちに百人の村の上を通り過ぎ、もう少し進むとすぐにまた違う村らしきものが見えた。
懐かしい茅葺き屋根の家も見える。
さっき見た村のような色とりどりの派手さは無くて、昔ながらの形の家が多いらしい。
瓦屋根の家も多く、高い建物は一切無い。
高くても二階までの感じだった。
庭があって季節の花が植えられていたり、野菜の畑も果物の木もある。
広場のような場所もあって人が集まっているのも見えた。
そこを見ただけでもけっこうな人数が居る感じで、自分達が今住んでいる場所よりもずっと規模が大きい村に見える。
家の数も、数十軒はあるようだ。
「私達が知らなかっただけで、けっこう山の中に人が住んでるんだ」
茜が、感心したように言った。
「そうみたいだな。百人近い規模の村だって、山の中にいくつもあるのかも」
和人がそう言ったそばから、次の集落が見えた。
ここもさっきの村と同じくらい、数十軒の家が、近い範囲の中でポツポツと離れて立っている。
畑や田んぼも見え、果物の木も植えられていた。
農作業をしている人の姿も見える。
広場では、子供達が遊んでいて、犬や猫、牛、ヤギ、鶏などの動物もたくさん居るのが見えた。
そこを通り過ぎ、さらに先へ。
どこまで行っても、山深い場所に沢山の集落が存在していた。
大きいもので、おそらく百人くらいの規模。
その半分くらいの規模のところも、けっこう見られた。
その他にも、テントや小屋、車が一つだけポツンとあって、その前で火を焚いて料理をしているらしき人の姿が見えるという事もあった。
テントの近くで、犬が二匹遊んでいるのも見える。
一人だけで暮らす人、動物と暮らす人も居るらしい。
最近会った大家族のように、数人の家族だけで暮らす人達も居る。
「近い範囲は俺も見に行ったけど、ここまでは知らなかった。思った以上に人が居るんだな」
一番前の位置で、一つ一つ見届けたリキがそういった。
「どこにでも村はあるもんだねぇ。これだけあるってことは、全部ぶっ潰すわけにはいかないだろうよ」
タネ婆さんが言う。
「面白いものがあるってこの事だったんだな。ありがとう。見せてくれて」
和人も他の皆んなも、山の主に感謝を伝えた。
「俺はずっと、目立たなければ見つからないだろうって発想だったけど。逆だったんだな。これだけ人が多かったら、ヘリコプターで上から見て多いのが分かったら、全滅させるわけにはいかなくなるって事か」
「その通りだ。派手に攻撃すれば、山の自然も大きく破壊される。奴らも、そこまで自然を壊せばどういう事になるかは知っている。自分達が住めなくなる事は避けたいはずだ。山奥に住む人間だけを排除するにも、あまりに数が多いと逆襲される可能性もある。それも奴らにとって怖い事だと思う。奴らの人数は少ないからな。それに、仮に山に住む人間を攻撃して絶滅させようと試みたとしても・・・隠れて逃げ切る生き残りが一人でも居れば、どんな形で後々報復されるかも分からない。その他にも、あまり派手な戦いをやれば、今おとなしく開発地に住んでいる村人達に何か気付かれる可能性も出て来る」
山の主からの答えが伝わってきた。
聞いている和人達にとって、一つ一つ、納得できる内容だった。
確かに、開発地から離れて山奥に住もうとする人間だけを密かに始末したいと思っても、人数がここまで多くなればそう簡単にはいかないはず。
全ての人間を完全管理し監視下に置きたい彼らの、本当のトップはごく少人数だから。
彼らにとって人数が多い相手は、それだけで脅威となるはず。
しかも、開発地に住んでいる従順な人達と違って、彼らの作った場所とは違う世界で勝手に生きようとする扱いにくい人間達だ。
三人と一匹は、眼下に広がる風景を見ながら、そんな事を話し合った。
山奥に点在する集落は、その後も数多く見られた。
日本列島の端から端までで、おそらく数十万人が、開発地から離れて山奥に暮らしているらしい。
三人と一匹は、山の主のおかげで上空からそれを確認する事が出来た。
山の主は、大きくゆっくりと旋回して方向を変えると、元の場所へと帰って行った。
帰りには、今まで見た山深い場所とは違う所を飛んだので、今度は開発が進んでいる村の様子を見る事が出来た。
どこを見ても同じ形の家が密集して立ち並び、山の麓にも田んぼの中にも、見た事も無い形の大きな鉄塔が立っている。
人々が暮らすエリアに、送電線が隈なく張り巡らされている様子だった。
電信柱も増えていて、そこに取り付けられている機器の数も多い。
最新の通信システムによって街全体を管理し「これによってここに暮らす人々が便利に安全に生きられる」と言われている物だ。
和人は、説明会の時に聞いた内容を思い出した。
それを聞いた時も、とてもじゃないが自分は住みたくないと思ったものだ。
今、作られた街の様子を上空から見て、やっぱりあの時思ったことは間違っていなかったと確信した。
こういう街が好きな人も居るから成り立っているのだろうが、あそこに住まない自由は手放したくないと心底思った。
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