第32話 和人の日記 大家族の話しと、百人の村に行ってみた事
9月3日
昨日は、かわいいお客さん達が四人、ここに遊びに来ていた。
ちょうど善次さんとキクさんが、今ある材料を使って和菓子を作ってくれていたところだった。
ヨモギの入った生地を使った、粒あん入りのお餅。
甘い物は大好きという子供達は大喜びだった。
一番年上の男の子は、良太君や琴音ちゃんと年が近いから気が合ったらしい。草餅を食べた後は、さっそく子供達だけで川へ遊びに行っていた。
楽しそうなところには、犬達も猫達もゾロゾロついて行くし、賑やかな団体が川で遊んでいた。
ここの川は流れもそんなに速くないし、深さも無いから危険は少ない。
それでも一応は誰か見ていた方がいいということで、タネ婆さんとリキが行ってくれた。
もし何かあってもリキが居たら安心だから。
なんかすごく頼ってしまってるなあと最近思うけど。
あの家族と出会えたのも、乗せていってくれたリキのおかげだし、猫又のパワーにいつも助けられている。
あの家族が住んでいる場所は、ここからまともに歩いたら数時間はかかると思う。
猫達の行動範囲の広さにも驚く。
犬達もけっこう遠くまで行っているようだし、どうも彼らの方が人間の俺達より行動的なのかもしれない。
動物達同士の間でも、他所との交流はあるらしい。
今まで居た村に住めなくなれば、どこに行けば安全かという情報を交換して、移動したりするし。
犬や猫達だけでなく、それは他の動物達も同じらしい。
俺達は今まで、同じ村出身の仲間以外との交流がほとんどなかった。
(茜さんは村の人では無いけど、タネ婆さんの身内だし)
ここへ来て以来、他人との交流は、あの家族が初めてだった。
ここへ来て以来というか、村に居る時からそういえば、他所との交流はほとんど無かったかも。
だから、ある日突然消えたようにどこかへ行っても、詮索されにくくてよかったのかもしれないけど。
昨日家に招かれた時聞いたところによると、あの家族は、二年位前から移住を決めて、周りの誰にも言わずに計画を進めてきたという事だった。
開発に大賛成の人も居ると思うし・・・というかそっちの方が多いと思うし。知られて足を引っ張られるのは避けたいという気持ちは分かる。
俺はその点運が良かったのかもしれない。
家族でなくても信頼できる人が、これだけの人数居たわけだから。
あの家族も、パソコンやスマホの類は村を出る前に一旦全て解約し、今は家族で一台だけ新しいのを持ったけれど出来るだけ使わないようにしているという事だった。
今の世の中では、個人情報なんてどこから漏れるか分かったものではない。
電話番号やメルアドなど、どこにも公表していないのに。教えた覚えのない所から、セールスの電話やメールがジャンジャン来るところを見ると本当に危ない。
登録した個人情報が漏れているとしか思えない。
完全監視管理体制が敷かれた地域から逃げようと思えば、アナログな通信手段しか使わないのが一番間違い無いのかな。
テレパシーの会話が出来るようになってからは、そういう物すらあまり要らないとも思うけど。
パソコンやスマホを触らなくなってから更に、感覚も鋭くなったように思う。
素晴らしい自然環境の中にいるし、電磁波に晒されていないのがいいのかもしれない。
同じような感じで山で暮らしているグループとか、一人で山に入って暮らしている人とか、あの家族が知っているだけでもけっこう居るらしい。
「全て知っているわけじゃないし、ほんの一部と思う」とも言っていたし、たしかにそうだろうなと思う。
今まで誰にも見られずに、密かに山で暮らしてる人なんかも居そうだし。
俺達が山に移住したのは最近だから、もっと前から居て山暮らしに年季入ってる人沢山居るかも。
子供達は、夜遅くなる前にはリキが送っていってくれて帰ったけど、また来ると言っていた。今度は泊まりで来たいらしい。
ここが気に入ってくれたみたいで、ここの皆んなも喜んでたし俺も嬉しかった。
俺達に対しても「またいつでも来て」と言ってくれた。
ここより街に近い場所でも暮らしている人達が居て、人数も多いらしい。
あの家族はそこへも時々行くと言っていた。
街に近い場所と言っても山深い場所には違いなく、知り合い以外滅多に見かけないのは同じらしい。
そこへ行く時もまた、案内してあげるから一緒に行こうと言ってくれた。
関西圏になるらしいんだけど。どんなところなのか、今からすごく楽しみだ。
今の日本では、新しい通信システムと新しい街の形態が最良のものとされていて、今まで静かだった村でも開発が次々と進んでいる。
けれど、まだまだ自然豊かな環境、手付かずの森林は残っている。
縦に長い日本列島で、そういう場所にどんどん、山で暮らしたい人が移住しているのかもしれない。
けっこう多くの人が、昔ながらの生活を営んでいる様子があるらしい。
開発側以上にそっちの方も広がっているのではないかと、昨日あの家に行った時皆が話していた。
人数が多くなってきて見つかりやすくなったら排除されるのか、それとも、逆にこっちの方が多くなれば、排除出来る範囲を超えてくるのか。
俺達はかなり山奥の方に居るし、誰の土地か分からないような放置された場所に勝手に住んでるけど。
あの家族も、聞くところによると違う場所に居る他の人達も、合法的に家を買ったり借りたりして住んでいるらしい。
借りている場合はともかく、買ったなら追い払われる事は・・・そうか。無いとは言えないな。
俺も、先祖代々あの家に住んでて、まさか排除されかけるとは思わなかった。
俺の家と同じく長年住んでるタネ婆さんの家も。
あの火災は何度思い出しても、自然発生したとは思えない。
9月8日
昨日、百人ぐらいが暮らしている村に行ってきた。
最近交流を始めた大家族の子供達が、約束通り案内してくれた。
行ったのは、俺と茜さん、喜助さんと寿江さん、良太君と琴音ちゃんで六人。
途中までリキが乗せてくれて、人目につきそうな場所からは歩いた。
それほど遠いとは感じなかった。
途中から普通の猫サイズになったリキは、トコトコと前を歩いて好奇心いっぱいの様子だった。
村に着いてからは二人ずつの別行動で、後で自分の行った所を教え合おうということになった。
あの場所には、本当にいろんな店があった。山深い場所なのに、けっこう人が居る事に驚いた。
道端で村人同士が親しく会話していたり挨拶を交わしているのを見ると、顔見知りばかりなのかなと思う。
着いたのが昼前くらいだったから飲食店を探して歩いていると、珈琲とランチを出しているカフェがあった。
俺と茜さんは、まずそこへ行った。
「動物OK」の表記もあったので、普通の猫サイズになったリキも一緒に入る。
丸々と太った猫が店の入り口で体を伸ばして寝ているので、ここの子かなと思ったら通い猫とのこと。
猫が居るのが入り口のど真ん中なので、どうやって入ろうかと思ってると「通っていいよ」と猫から伝わってきた。
なので、猫の体をまたいで入る。
入り口にも店の中にも、観葉植物や季節の花の鉢植えが沢山あって、どっしりした木製のテーブルや椅子があって、手書きのメニューがある。
とてもあたたかい雰囲気の店で、年配の女性店主は、この店の雰囲気にぴったりの人だった。
俺達が入ったのと入れ違いに、多分モーニングのメニューを食べ終わった人達が出ていくところだったけど、驚いた事にお金ではなく野菜で支払っていた。
聞いてみると、お金でもいけるけど物でもいいらしい。
久しぶりに、いつもと違う食べ物を食べた感じ。
すごく新鮮で美味しかった。
陶芸をやっていて作品を売っている店があったり、服を売っている店、野菜や果物の店、民宿もあった。
全部が個人店で、個性的な店構え、内装、こだわりの品を見て回るのは本当に楽しかった。
食器や文房具など、持って帰って使えそうな気に入った物をいくつか買った。
子供達に勉強を教えているらしい教室のようなのもあった。
飲食物持ち込みで外で授業をやってたりして、すごくオープンで、普通の学校とは全然違う感じだった。
俺が以前居た村も、開発の話が来るまでは平和だったけど、ここはそれよりももっと自由な感じがする。
民宿もあるようだし、今度は泊まりで来てみたいと思う。
民宿の前を通ると、遅めの昼食時らしく、多分スタッフと思われる人達が外で食事中だった。
いかつくて逞しい感じの老人(この人がオーナーかな)、あとは若い男女が数人。巨大な白い犬。
食べ物を求めて狸の家族がゾロゾロとやって来ていた。
良太君と琴音ちゃんは、ここの子供達と仲良くなって、洞窟を利用して作った「秘密基地」なるものを見せてもらったらしい。
喜助さんと寿江さんは夕方早めの時間から飲んでいたようで、血色が良くなって上機嫌だった。年配の夫婦が経営する、昔ながらのスナックのような店があるらしい。俺も今度行きたいなと思う。
和人は朝の珈琲を飲みながら、書いていた日記帳を閉じた。
リキが近くに来ていた。
「昨日はありがとう。リキ」
「あそこも楽しい村だったな」
「面白い店がいっぱいあったし、また行きたいな。あんなに沢山人が居るなんて驚いたよ。見つからずによく頑張ってるよな」
茜とタネ婆さんが外で話しているのが見えたので、和人とリキは外へ出た。
「上から見てるようだね」
タネ婆さんが、空を見上げて言う。
和人も空を見てみると、ヘリコプターが飛んでいるのが見えた。
さっきから二人が話していたのはこの事らしい。
そういえば最近、ヘリコプターを見かけることが多くなったとは感じていた。
「ムジナ達が頑張ってくれてるし、普通に山道からここに入るのはほとんど不可能なはずなんだけど・・・上からだと見つかる可能性が無いとは言えないな」
リキがそう言った。
「まだ見つけようとしてるとしたら、ほんとしつこいよね」
茜が、うんざりしたように言う。
「今のところ俺達は、パッと見て家らしい物はほとんど作ってないから。上から見られたところで多分大丈夫だと思うよ。たしかに絶対とは言えないけど」
和人は、そうあってほしいという願いを込めて言った。
「ここよりもむしろ、昨日行った村の方が危ないんじゃない?上から見られてるとすると、あそこまでいくとどうしても目立つし・・・大丈夫だといいんだけど」
茜が、昨日行った場所を思い出しながら言った。
村の規模が大きいほど、人数が多いほど目立ちやすい。
「どっちに転ぶかだね。少ない方が目立たないが、少ない人数なら排除しやすいとも思われる。人数が多いと見つかりやすくはあるが、排除するとなると大量虐殺だからね。明るみに出たらまずいと思うよ。いくらあいつらでも」
タネ婆さんが言って、和人も茜もなるほどと納得した。
「たしかにそういう意味で言えば、あの村には簡単に手出しは出来ないよな。それに、あの村以外にも同じような所が沢山あるとしたら・・・潰されずに乗り切れるかもしれないな」
リキがそう言って、皆んな表情が穏やかになってきた。
急に強い風が吹いて、辺りが暗くなった。
さっきまで晴れてたのに、にわか雨でも来るのかなと和人は思った。
「しばらくぶりに来たんだねぇ。山の主」
「そうみたいだな」
タネ婆さんとリキは、何が起きたのかすぐに分かっていた。
巨大な黒い鳥が、大きく翼を広げてこっちへ向かってきていた。
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