第31話 大家族の家に招かれる


動物と会話が出来る女の子のおかげで、険悪な雰囲気からは脱することが出来た。

スパイでもないし怪しい人間では無いと、やっと分かってもらえたらしい。 

彼らは、すぐ近くにある自分達の家に和人と茜を招いた。

最初に見たメンバーで全員かと思ったらそうではなく、もう一組年配の夫婦が家に居た。

その人達は若夫婦の奥さんの方の親で、最初に出てきたのは夫の方の親だった。

ここに住んでいるのは若夫婦と、それぞれの両親、若夫婦の四人の子供で十人の大家族だった。

和人達の前に最初に現れた少年が長男で14歳、動物と話して和人達を助けてくれた女の子は11歳で長女だった。

その下に8歳の妹と6歳の弟が居る。

子供が沢山居ても、両方の親も居るから子育ての苦労はそれほど無いと、子供達の母親は笑って言った。


近隣の村で少しずつ開発が進み始め、その頃から移住を計画していて、家族全員で実行に踏み切ったのが数年前。その頃、末の男の子はまだ赤ちゃんだったと言う。

色んな場所を見てまわり、使われていない土地や古民家を探したと言う。

和人達とは少し違って、開発を阻止しようとは思わず、最初から移住の方向で考えていたと話した。

「俺達は最初、開発をやめさせられないかって考えたんですけどね。結局無理だったし、移住の方が賢いですよね」 

今思うと苦笑いだなと和人は思った。


「もっと多人数で山へ移住して、見つかって潰されたグループもありましたからねぇ。今でも安心ってわけじゃないんですよ」

もう一人の年配の女性の方が、菓子を持ってきてくれた時そう言った。

開発を進めたい側は、今住んでいる人間が退いてくれればいいというだけでなく、勝手にどこかに移住して好きに暮らす事がどうも気に入らないらしい。

完全に管理された新しい街を作り、全てそこのやり方に従う人達を住まわせ、そうでない人間が存在する事は良しとしない。

和人も茜も、刺客が送られてくる体験をしていたので、どういう事なのかよくわかった。

家族だけなら工作員が紛れ込む心配も無いし、いいのかもしれないなとも思った。自分達も、まだ人数が少ない方だから今のところ何とかなっている。


彼らの家は、築百年以上の古い建物を自分達で直した物だった。

玄関を入るとすぐ土間があって、漬け物の樽らしい物がいくつも並んでいる。

料理は全てここでやって、食べる場所は一段高くなっている畳の間ということだった。

ここには、昭和の時代を思わせるような木製の食器棚や扇風機、ちゃぶ台が置いてある。

テレビや炊飯器、電子レンジ、掃除機といった電化製品は見当たらず、昔ながらの生活を送っているらしい事が見てとれた。

冬には、薪ストーブや火鉢を使うと言う。

暑い季節の今も、エアコンは無く扇風機だけで、それでも都会の夏と比べると全然違う涼しさだった。

車も通らないし周りに家も無いため、室外機からの熱風が来ることもなく快適らしい。

それは和人と茜も、山で暮らしてみて感じた事だった。


「素敵な場所ですね」

茜は心からそう言った。

正直な気持ちは伝わるらしい。

家族みんなが笑顔になった。

「若い人にもそう言ってもらえると嬉しいねぇ」

お茶を出してくれた年配の女性は、本当に嬉しそうだ。

「俺も村に居た時は、代々ずっと同じ家に住んでたので。なんか感じが似てて、すごく落ち着きます」

和人も、ここに来て感じたことをそのまま言った。

「最初はほんとにボロボロだったけどな」

子供達の中で一番年上の少年は、そう言って笑う。

皆んなで少しずつ直して、やっと住めるようになったらしい。

それでもあちこち壊れるから、今も直してばかりだと言う。

それでも、それが辛いというわけでなく、家族全員がここでの暮らしを楽しんでいるように見えた。

和人と茜が話す事を、この家族はちゃんと向き合って聞いてくれた。

そして、自分達の事も話してくれた。 


動物と話せる女の子が言ったのは全てその通りで、自分達は十八人の人間と、三十六匹の動物、それに猫又のリキも一緒に居るという事を、和人は最初に話した。

和人が動物達の話をすると、皆楽しそうに聴いてくれた。

ここにも沢山の動物達が居て、同じように自由にのんびりと暮らしている。

ねこまたのリキの事を話すと、子供達はさらに興味津々の様子だった。

リキは気配を消していたところからエネルギーの状態を変えて、みんなの前に姿を現した。

二股に分かれてユラユラと揺れる尻尾。淡く光る体。

子供達は目を輝かせてリキを見た。


居住区近くに入ってきた二人に対して、最初は木刀を持って来たりしたけれど、この家族は元々戦いが好きな人達というわけではなかった。

最初はただ警戒していただけだったらしい。

自分も、二度も消されそうになったぐらいだから、和人にはその気持ちも分かった。

やたらと人を信用してはいけないというのも、それくらいでちょうどいいと思う。

そういえば開発を進めている連中が、ハニートラップのような作戦を仕掛けてきたこともあったと、和人は思い出した。

どんな手で来るか分かったもんじゃないと思う。


「俺達が一番山奥に住んでると思ってたけど、もっと奥に人が居たんだな」

長男の少年が、感心したようにそう言う。

「俺は逆に、もっと街に近くても、開発が進んだ地域と関わらず生きてる人が居るのが凄いって思ったよ」 

和人が答えて言った。

「ここよりももっと街に近い所でも、似たような暮らししてる人達は居るよ。しかもずっと人数が多い。俺達は家族だけで暮らしてるけど、そこは多分百人くらい居る。俺達もたまにそこに行って要る物を手に入れたりしてるし」

「そうなんだ。そういうの聞くとなんか元気出てくるね」

隣で聞いていた茜が言った。

「村を去る時はけっこう切羽詰まった気持ちで、何とか見つからないように山に逃げて自分達だけで暮らそうと思ってたけど。他にも人が沢山居ると思うと心強いよ」

「そこ以外にもいくつか集落を知ってるし、俺達が知らない所でもっと他にもあるかもしれない。開発が始まった頃、同じことを考える奴はけっこう沢山居たってことだよな」

少年は、和人達より色々知っているようだった。

「全体で見れば開発を喜ぶ人の方が多いのかもしれないけど、そういう暮らしが苦手な人だって一定数いるよね」

「新しい街は完全管理されてて安全って思う人にはいいんだろうけど、俺は絶対無理。一度ああいう街での生活に組み込まれたら、後から逃げるのって多分めちゃくちゃ大変だから。最初から逃げる方が楽だと思う」

まだ十代前半ながら、長男だがらしっかりしているのか、少年は色々考えているらしかった。和人も茜も、これを聞いてなるほど分かると思った。


和人達が、今度は自分達の家に招待したいと話すと、子供達が真っ先に「行きたい!」と言った。

四人とも行きたいと言って譲らないので、誰かを置いていくわけにもいかなそうな雰囲気になってきた。

けれど、今まで大丈夫だったとはいえ、この場所がこれからも何も無く絶対安全とは言い切れない。

それを思うと、警戒を怠ることもできない。

結局、ここに人が居なくなるのは防犯上よろしくないということで、大人達は皆んな留守番ということになった。


ここで話している中で、家族みんなが安心してくれたらしいのが、和人も茜も嬉しかった。

子供達だけで行かせてもいいと言ってくれたわけだから。その信頼が嬉しい。


リキは、普通の猫のサイズからあっという間に大きくなった。

馬よりも大きいかと思えるサイズになっている。

四人の子供達が歓声を上げた。

「乗せてもらっていい?」

子供達は、口々にリキに頼んだ。

「いいよ。小さい子から順番に」

大人達が手伝って、末っ子が一番前で、案内の黒猫を抱いて乗った。

その後ろに子供達三人、茜、和人が一番後ろに乗ると、リキはゆっくり走り始めた。

「なんか来た時より体長くなってない?」

茜が、走っているリキに聞いた。

「長くも短くもなるよ妖怪だから。形は好きに変えられる」

「すごいね!!」

子供達は大喜びだ。

リキは、少しずつスピードを上げていった。

「飛ばすから、しっかり掴まってろよ」

獣道に入り、木々の間を縫うように、リキは疾走した。

自然に皆んな頭を低くして、リキの体に自分の体を添わすように、うまくしがみついている。

子供達にはたまらなく楽しい体験のようで、スピード上がっても怖がる子は居ない。四人とも、ずっと笑顔だった。

和人も茜も、風を切る気持ち良さを感じながら、今日出かけてきて本当に良かったと思った。



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