第30話 山に住んでいるのは自分達だけでは無いらしい
人間の足跡らしき物を見つけた数匹の猫の中から、案内には雌の黒猫が来てくれることになった。体のサイズは少し小さめで、全身真っ黒な毛並みがツヤツヤと光っている美しい猫。
リキが馬ぐらいの大きさになって皆んなを乗せてくれた。
黒猫が一番前で、茜が真ん中で、後ろに和人が乗った。
「目的地までは飛ばすから、しっかりつかまってろよ」
「了解」
揃って答えると、リキは風のように疾走し始めた。
道案内の黒猫とリキとのテレパシーのやり取りは、和人と茜も断片的に分かるけれど全部は受け取れなかった。とにかく速い。
走るスピードも速いので景色を楽しむような余裕はないけれど、風を切って木立の間を縫うように走る爽快感は最高だった。
やがて、リキは速度を落としてゆっくり走り始めた。
目的地が近いらしい。
「たしかこの辺りだったと思う。そう。そっちの方」
黒猫が伝えてくれている。
和人と茜も、地面の方に目を向けて足跡を探す。
少し進むと、丈の高い草が掻き分けられたような場所があり、地面にも人が通ったらしき痕跡が見つかった。
「あった。多分これだな」
リキは歩く速度にスピードを落として、人が通った痕跡のある場所を奥へと進んで行った。
たしかに、何度も人が通ったように道が出来ている。
普段からここが通り道になっているのか、地面が踏み固められているような感じだった。
「もし誰かいたとして、相手が友好的とは限らないよね」
黒猫が言う。
「たしかにそれは言えるな。この辺りに誰か住んでたとして、他の人間には関わりたくないと思ってるかもしれないし、敵対する感じじゃなくても怖がってることもあり得るし」
和人は黒猫に同意してそう言った。
「そうよね。慎重に行かないとね」
茜もそう言って、リキはゆっくり目に進んでくれた。
「そろそろ降りて歩いた方がいいかも。誰かいるとしたらこの辺で会うかもしれないし」
黒猫が言うので、その通りだなと思って二人とも降りた。
黒猫も、二人の後から身軽に飛び降りた。
「乗せてくれてありがとう。リキ」
リキは、スーッと小さくなって普通サイズの猫になった。
普通サイズと言っても黒猫と比べると倍ぐらいの大きさで、どっしりした存在感だ。
「そうだよね。その大きさ方がいいかも。大きいと怖いもんね」
「人が居るとして、その人達からリキの姿が見えるかどうかわからないけど。見えた場合さっきのサイズだと威圧感あるよな」
自分はもう見慣れたから何とも思わないけど、形は猫でサイズだけ大きいわけだから、初めて見たら怖いかもと和人は思った。
二人と二匹が歩いていくと、たしかにこの先に、人が住んでいるような気配があった。
「誰か居るよね」
茜が言った。
「うん。居ると思う。すごく近いかも」
和人がそう言って、そのまま数メートル進んだ時、目の前に木刀を持った少年が立ち塞がった。
丈の高い草の陰に隠れてこちらの様子を伺っていたのか。
道理で気配が近かったはずだと和人は思った。
少年は、十代半ばぐらいの年齢に見える。
背が高い方ではないけれど、日焼けした体は筋肉質で逞しい。
急にやってきた和人と茜を見て、油断無く身構えている様子だ。
(この辺りに住んでいて、入って来た俺達を侵入者と見たのかな。そう思われても無理は無い)
和人はそう思って、何と説明しようか考えているうちに、先に茜が話し始めた。
「急に来て脅かしてしまってごめんなさい。人が通ったような跡があったから、この辺りに誰か居るのかと思って来たんだけど。私達は戦いに来たわけじゃなくて・・・」
言い終わらないうちに、少年の後方からバタバタと足音がして、数人が走って来た。
「どうしたんだ!」
「誰か来たのか!」
叫んでいる男性の声が聞こえた。
最初に来たのは、和人より少し年上位かと思われる若い男だった。
背は高く無いが逞しい体つきが、少年と似ている。
そういえば顔も似ているようで、親子かと思われる。
その後ろから、年配の男が走って来た。
見たところ六十歳前後の感じで、髪は半分白くなっているけれどまだ若々しさが残っていて、十分に体力があり元気そうに見える。
この男性も何となく、先に来た二人と雰囲気が似ているので、全員家族なのかもしれないと和人は思った。
さらに後から、年配の女性と若い女性、それに子供達が来た。
子供達は三人居て、最初の少年よりも皆んな幼い。
和人と茜は、この人達に取り囲まれるような形になった。
皆んな無言で見つめてくる。
少年と同じく、男性二人は木刀を持っている。
年配の女性は鎌を持っていて、草刈りでもしていたからそのまま持ってきただけかもしれないが何となく不穏な感じがする。
それでも、すぐに襲いかかってくる様子は無いのが伝わってきて、和人はとりあえず少し安心した。
「急に来てすみません。驚かせてしまって」
さっきの茜に続いて、和人もまずは謝罪した。
「俺達は、ここよりもさらに山奥に住んでいます。住み始めてまだ日が浅いのですが。これからも住み続けるつもりですし、近くに誰か同じような感じで暮らしている人が、もし居たら心強いなと・・・」
「敵では無さそうだな」
年配の男性が言った。
「父さん。すぐ人を信用しない方がいい」
若い男はそう言って、まだ二人を睨んでいる。
(やっぱり親子だったのか。多分ここに居る全員家族なんだろうな)
疑われても仕方ないと、和人は思った。
(開発を進めている連中が、スパイを送ってこないとも限らない。人を滅多に信用しない事は、自分と家族を守るために必要なのかもしれない)
「よろしかったら、私達の住んでいる場所を見ていただけませんか?山に住んでいるというのが嘘でない事を、わかっていただけるかと思います」
茜がそう言うと、何やら皆で話し合い始めた。
「もう!めんどくさいねぇ。人間って」
三毛猫が、スッと前に出て、ズンズン歩いて進んで行った。
二人を取り囲んでいた家族達も、猫が来たぐらいなので警戒はしていないらしい。
これが、大型犬とかだったら脅威だったかもしれないけど。
猫は、行手に立ち塞がっている人々の足元をスルリと抜けていった。
すると、向こうから猫が数匹寄ってきた。
その後ろから、犬が二匹歩いてきて、山羊や鶏も来た。
動物達の会話は、こっちにも伝わってくる。
三毛猫が、こちら側の事情を動物達に説明してくれているらしい。
「俺達が危ない人間じゃないって話してくれてるみたいだな」
「私達が頼りないもんだから、猫さんが頑張ってくれたみたいだね」
「良かったな。大丈夫そうだ」
リキが、二人の足元に来て言った。
ここの家族からは、リキの姿は見えていなかったのかもしれない。
リキが気配を消しているのもあり、昼間なので余計に見えにくいのか。
仮に見えていたところで、三毛猫の時と同じく猫に関しては全然警戒していないから、気にしてないのかもしれない。
動物達が続々と集まってくるものだから、やっと皆んな三毛猫の存在に気がつき始めたという感じだった。
「この人達は敵じゃないよ。大丈夫」
後から来た子供達のうちの一人、十歳くらいの女の子が言った。
クルクルとよく動く丸い目が可愛らしい。
「何で分かるの?」
この子の母親らしい若い女性が聞いた。
「三毛猫さんがね、みんなに教えてくれたの。人間の言葉とは違うから、嘘は吐けないよ。この人達は十八人で、動物達は三十六匹居るんだって。開発が進んでいく村から逃れて、山に住んでる。この人は山の主とも話してるし、猫又さんもいるんだよ」
(この女の子は、俺達と同じく動物達とテレパシーの会話が出来るらしい。
良かった。それなら話は早そうだ)
「伝えてくれてありがとう」
和人と茜は、揃って感謝を伝えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます