第29話  山での暮らしと以前居た村の様子 他の人間が居る痕跡


「人間って色々とめんどくさいねぇ」

集まってきた猫達が、そんな事を言った。

ここでも動物達と人間の間で交わされるのはテレパシーの会話で、活発な会話がいつも展開される。


「そんな道具が無いと暮らせないなんて」

「持ちたくないねぇ。そんな面倒な物は」

「住所が変わるたびにいちいち届けないといけないとか」

「ありえないねぇ」

たしかにそうだよなあと和人は思った。


野生の動物達はとても自由だ。

戸籍とか無いし、特定の住所も無いし、会社とか親戚縁者、地域の中での立場などしがらみも無い。

銀行口座にどれだけお金が残っていたか、今月の生活費がいけるかなど常に心配することも無い。

持っている財産を失う事に怯えなくていい。

それで何も困る事なく、ちゃんと生きている。


ここに移ってきた時、以前ほど豊富に食料があるわけではないから、犬や猫達は大丈夫かなと思ったけど。

彼らは狩もするし、食べられる物を見つけて好きに食べている。

水が飲める場所もいつのまにか知っている。

困らずに生きていける能力が、ちゃんと備わっているらしい。


本来人間も、同じようにそういう能力が備わっているはずだし、自由なはずなのに。

戸籍があり、住所があり、会社でもプライベートでも立場がある。

それによって自分の中の「こうしなければいけない」「こうあるべきだ」が、どんどん増えていく。

そうすることが文化的生活で、他の生き物より人間が優れているという風に子供の頃から教えられてきた。

でも今は、それは全部嘘だったと分かる。

「考えたらすごく不便な暮らしをしているもんだなぁ」と、和人は改めて思った。


9月2日

ここに来て数日が過ぎた。

なんか、曜日とか日付とか気にしなくなって、気がついたら何日か経ってるなあという感じ。

時計ももちろん見なくなった。

1日の流れは、日が昇ったから朝、お腹が空いてきたら昼近く、暗くなってきたら夕方とか、ざっくりそんな感じ。

時計を見て、何時だから何々しなければとは全く思わなくなった。

その日、朝思いついてやりたい事をやる。

動きたくない時は平気でダラダラしている。

それで誰かから何か言われるなんて事もなく、自由を満喫している。

これは俺だけでなく多分ここに居る全員。


村にいる時は、会社にも勤めてないしそれなりに自由だと思ってたけど。

今振り返るとそれでもけっこう「朝だから」「何時だから」とか、頭で考えて「今日はこれをやっておかなければ」というのはあった。

ここに来て以降、今体験しているのは、そういう事すら何もない暮らし。

ほとんど感覚で生きてる感じ。

こういう暮らしがこんなに心地いいとは知らなかった。


電気とかガスとか無いし、充電器ももちろん無いからスマホが使えなくなってそのままだけど「そういえば無くても困ってないね」と皆で話したこともあった。

死んだと思われてるなら、存在が分かるようなものは何にしろ、無い方がいいに決まっている。

俺もそうだし、山に入って行方不明になったと見せている皆んなもそうだし。

全員死んだと思ってもらえたら、作戦成功ということだ。



和人が日記を書き終えた時、村の様子を見に行っていたリキが戻ってきた。

「思った通りだ。村全体が囲われて、工事中になってた」

「邪魔者が居なくなったから早速作業に取り掛かったってとこか」

「隣の村もかなり開発が進んできてるし、前には無かった送電線がさらに増えてる」

「あの辺りの村を全部繋げて、隣の県にもまたがった最新の街を作るって計画か。前に説明会で聞いたやつだな」

「配達なんかもドローンを使ってるみたいだし、街の中も、全部の家も、安全に見守るために最新のAIを使った警備システムを導入するとかたしかそんな話だったな。本音は見守るんじゃなくて監視したいだけだろうけど」

「言えてる。それをやるのに街全体に、ものすごい電磁波が発生すると思うし。とても住める気がしないな」

「生き物が住んでいい場所じゃないと俺も思う。だから猫達も皆んな逃げてきてるわけだし。感覚的にヤバいって分かるからだと思う。隣の村ではもうすでに動物も鳥も虫もほとんど居ないからな」


話していると、向こうから寿江が歩いてきた。

「車持ってこれたよ!遠かったけどね。あ〜疲れた」

寿江は、和人とリキの間に腰をおろし、とても嬉しそうに報告した。

「ほんとに?良かった!」

和人も気になっていた事だったので嬉しかった。

自分の車は無くなったけれど、喜助の車が獣道の入り口に放置したままなのは覚えていて、何とか持ってこれないかとずっと思っていた。

家を作る資材を見つけて運ぶ時も、車があればものすごく助かる。

「私らの存在が忘れられた頃には買い物にも行けるかな。ガソリンスタンドに行くのが先かもだけど。幸い今のところほぼ減ってないし」

「行けるのは来年くらいかな。俺達は皆んな顔を覚えられてるかもしれないから、当分は村の周辺をウロウロしない方がいいと思うし・・・」

「それでも何とかなるでしょ。住居はほぼ出来たし食べ物は何かしらあるし。遠くまで行くためだけじゃなくて、車は倉庫とか部屋としても使えるからね」

「なるほど。その発想はなかったけど、たしかに使えるかも」


「野草天麩羅出来たよ」

タネ婆さんが、周りに居た皆んなに声をかけた。

見れば太陽が真上に上がっている。

一番暑い昼の時間帯になっていた。

ここでは誰でも、何か作りたいと思ったら勝手に作り、大抵多めに作るので、食べたい人は来て勝手に食べる。

大体1日に2~3回は、誰かが何か作っていて、皆んな食べたいタイミングで食べて、それでうまく回っている。

油は今のところ買わないと手に入らないし貴重品だけれど、精一杯我慢して少しずつ使うより食べたい物を食べようというので、皆んなけっこう気にせず使っている。

猫達の中にも野菜を好む者も居て、和人が席を立って歩き出すと4匹がついて来た。

タネ婆さんは猫達の顔を見ると、残った油で魚を揚げ始めた。

猫達のために、一旦冷まして置いておく。

魚の焼ける匂いに反応したのか、他の猫達もゾロゾロとやってきた。

皆んなそれぞれ好きなところに座って食べ始める。

ここに居るのは人間数人と猫達で、他の者は川遊びに行っている。

犬達は皆んな、そっちについて行ったらしい。

今日も暑いので、冷たい水の流れる川は天国だった。

泳いだり、釣りをしたり、足だけ水に浸けてのんびりと座っていたり、楽しみ方は色々だ。


「そういえば今日面白いもの見たんだけど」

タネ婆さんの近くで魚を食べていた三毛猫が言った。

「ちょっと遠くまで行ってみたら、人間の足跡っぽいのがあったよ」

「本当?ついに誰か探しに来たとか・・・」

タネ婆さんを手伝っていた茜が、少し心配そうに言った。

「そういうのじゃないと思う。多分」

「私らの他にも、どっかの村から逃げてきて山に入ってる人間が居るのかもねぇ」

タネ婆さんの言葉に、三毛猫は「そっちだと思う」と答えた。

他にも、その時一緒に居たから足跡を見たと言う猫達が数匹居た。

皆んな考えは同じだった。

開発を進めている彼らが追ってきたとかではなく、同じように山で暮らす誰かが居るのではないかと見ていた。

「それだったら、会えたら情報交換出来るかも」

「明るいうちに行ってみる?」

「食べ終わったらちょっと行ってこよう」

「行くんなら乗せていってやるぜ」

「ありがとう。リキ。助かる」

和人と茜に、リキがついていってくれる事になった。

「気をつけて行っておいで。こっちは夕食作りながらゆっくり待ってるから」

集まった皆んなでゆっくり昼食を楽しんだあと、出かける二人をタネ婆さんが見送った。







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