第28話 移住が完了した日
和人を背中に乗せて、リキは暗闇の中を走った。
誰かが追いかけてくるような様子は無かった。
「追いかけては来ないみたいだな。さっきの爆発で、俺はもう死んだと思われているのかも」
「そうかもしれないな。明日になったら確かめに来るだろうけど。その頃にはもう居ないんだから大丈夫だろう」
住み慣れた村から遠ざかるにつれ、和人の中でもだんだん未練が無くなってきた。
あの場所で過ごした日々が楽しく幸せなものだったことには変わりないし、先祖が守ってきた家を守り切れなかった事に対して申し訳ない気持ちは残るけれど。
十数人で戦ってどうにかなるレベルの問題では無さそうだと分かってしまうと、離れるしかないと気持ちが固まった。
獣道に入り、門番が居る場所まで辿り着く。
そういえば、こんな時間に来るのは初めてだなと和人は思った。
門番の体には尻尾が付いていて、その細い尻尾は木の枝のように先が分かれている。そして枝のあちこちに、光の粒のような物が付いて明るく光っている。
周りが暗いと、この光がよく目立って何とも言えないくらい美しく幻想的に見える。それに、明かりのおかげで辺りがよく見える。
夜になるとこうなるのか、門番の体全体も淡い金色に光っている。尻尾の先に付いた光の粒と同じ色の大きな目玉も、夜になると一層よく目立つ。
和人は最初、この時間でも門番は普通に起きてるのかと感心したけれど、そういえば妖怪だから、人間みたいに睡眠は要らないんだと納得した。
「開けて欲しいんだけど」
リキがそう伝えると門番はいつもの調子で答えた。
「いいけど」
木の幹の部分スッとが割れて、緑色のカーテンが現れる。
所々明かりが灯っている螺旋階段を降りながら、和人はこれからのことを考えた。
登りになってからは、リキが再び和人を背中に乗せて走った。
到着した時はまだ夜明け前だったけれど、近付いた気配で分かったのか皆んなが続々と起きて、リキと和人を出迎えた。
「予定外に早く来るってことは何かあったんだろうけど。無事で何よりだよ」
タネ婆さんが言った。
「リキのおかげだよ。もう出て行くんだからこれ以上何も無いと思って完全に油断してたから。リキが来てくれなかったら今頃居なかったかも」
「そんな風に警戒しないといけない状況も、これからはもう無いといいけどねぇ」
「今のところ、こっちへは誰も来ないからな。このまま続いてくれればいいけど。獣道の入り口あたりでもムジナ達が頑張ってくれてるし」
和人が辺りを見回すと、以前見た時には無かった家らしき物が少し増えていた。
「今日はもう休んだらどうだい?ほとんど寝てないんだろ」
タネ婆さんが言う。
「そういえば・・・」
和人は、さっきまでの緊張感が抜けると一気に眠くなってきた気がした。
翌日から、18人と36匹の生活が始まった。
和人は、茜と一緒に住める住居を作った。
皆んなもそれぞれ、一人暮らしだったり二人だったり動物が一緒だったりする。大きさもまちまちの、思い思いの住居を近くに作っていた。
どの住居も、元々あった洞窟をうまく利用した物だったり、この山にある物を拾い集めてきて使用し作った物だった。自然を壊すような人工的な物は、ここには何も無かった。
川から水を引いてこようという試みも、少しずつ進んでいる。
場所は少し離れるけれど、湧水が出ている場所も見つけていた。
よもぎなど、傷薬としてもも使える植物は多めに集めてきて、紐で束ねて干してあり、根菜類を保存するための穴も掘ってあった。
トイレとして使用するのにいくつか深めの穴を掘って、焚き木や枯れ草を燃やして出来た灰を底に敷いてみた。ここに毎日灰を混ぜていけば、堆肥として使えるようになると本で読んだ知識があったので、それを試そうという話しになった。
荷物を積んでいた和人の車が燃えてしまい、ドラム缶を持ってこれなかったからドラム缶風呂は出来なくなったけれど、何か違う物で工夫できないかと案を出し合った。
これならと思える案はまだ出なかったけれど、当分はまだ暑いから、川で水浴びをすれば済む。寒くなるまでに考えればいいかということになった。
食事時には、野草を取ってきて油で炒めたり、持ってきた米と一緒に炊いてお粥を作った。芋は茹でて、塩をつけて食べた。
料理が好きな誰かが適当に何か作り、食べたい人は寄ってきて食べる。作業に没頭していたり、少し遠くを見に出かけたり、今日はゆっくり寝ているという者はそれぞれ好きなように過ごしていた。
この人数の人間が居ても、一斉に同じ時間に起きようとか、作業を開始しよう食事にしようという事は誰も言わない。
この自由な感じは、和人の家を避難所として皆が暮らしていた頃から少しも変わっていなかった。
早く生活を何とかしなければといった緊迫感や悲壮感は微塵にもなく「今日やれるとこまでぼちぼちやっておこう」といった感じで皆んなのんびりしている。
人間がこんな感じだからか、犬達も猫達も皆んな呑気で、ゴロゴロ寝そべっていたり自由に出掛けては帰ってくる。
危険が無いかどうかはリキが定期的に見回ってもくれているので、皆んな安心して暮らしていた。
山の主達とも、リキやタネ婆さんは時々話していた。
今のところ山に侵入してくる者は居ないし、山で開発が行われそうな様子はなく、ここでの皆の暮らしも自然を壊しては居ない。そんな様子だから、満足して見守ってくれているらしい。
「そういえば・・・これもう切れてるな。充電してないんだから当然だけど、忘れてた」
数人が集まって昼食をとっている時、和人が自分のスマホを見せて言った。
「皆んなそうだよね。私も。忘れてた事に自分でもびっくり」
和人の隣に座っていた茜が言った。
「前はスマホ無いと1日も生きていけないとか思ってたのにな。ここに居ると全然要らないし」
良太もそう言って笑う。
「私はもう長いこと使ってないから無いのが当たり前だったけど。そういえばそんなの持ってたことも前はあったんだよね」
琴音が遠い昔のことのように言うので、さらに笑いが起きた。
和人も、村に居た頃は毎日パソコンとスマホを充電して、それが無いと生きていけないと信じていた。
田舎に暮らしながら、そういう物にどっぷりと依存していたことに今更ながら気がついた。けれどここに来て、家を作ったり野草を取ったり、生活するためのことを色々とやっているうちにスマホの存在など忘れていた。パソコンは車に積んでいたので、木っ端微塵になったに違いない。
「考えたら、こんな山にパソコンとかスマホとか持ってきてもしょうがないんだよな。なんか習慣で持ってこようとしてたけど」
「私もそれだったから人のこと言えない」
「俺も」
「使用料は、口座が生きてる限り毎月自動的に落ちていくだろうけど・・・なんかもうどうでもいいって気がするな」
「山に入って帰ってこないんだし、俺達そのうち死んだ事になって、戸籍なんかも消えるんじゃないかな」
「だといいよね。追いかけて来られる心配無いし」
「言えてる。さっさと消しといて欲しいね」
スマホの話から始まって、戸籍や運転免許証、身分証明書なんかの話しになり、ひとしきり盛り上がった。
「なんかそういうのが無いと生きていけないってずっと思ってたけど、全然そんな事ないよね」
茜がしみじみとそう言って、皆んな頷いて聞いている。和人もその通りだなと思った。
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