第26話 移住計画最終段階と、嬉しい告白


8月24日

昨日の夜中、タネ婆さんの家から火が出た。 

 今は、タネ婆さんも茜さんもこっちに来ているし、あの家には誰も居ない。火が出る要素なんか無いのに。

 放火の可能性もあるということだけど、証拠は無いらしい。

 未だ復興の兆しがなく放ったらかしの震災後の事だって怪しいし、刺客は送ってくるし、盗聴器は仕掛けるし、何が起きても今さらもう驚かない。

タネ婆さんは、貴重品と残っていた食糧は持ってきたから別にかまわないと言って気にしていなかった。村を捨てて山に移住すると決めた時から、どちらにしろ家は手放すしかないから同じ事だと。

 善次さんとキクさんが山に行った後、昨日までにさらに五人が出発、共に暮らしていた犬達も一緒に移動した。

 言葉での会話では、山に行った皆んなが帰ってこないから、犬を使って捜索してみようという話をした。

 次々に山に入って誰も帰ってこなくて人数が減っている話は、開発を進めている奴らも把握していると思う。盗聴器は取り外してないし、こっちの話は聞いてるはずだから。

 それでもなお、タネ婆さんの家を焼いたのだとしたら・・・

 この家だって安全ではないかもしれない。

 少しずつ人が減っていくのを根気良く待つよりも、一気に決着をつけようと思ったのか・・・もしそうなら、早いうちに全員出てしまった方がいいのかも。


8月25日

今日は山の方を見に行ってきた。

 いつものようにリキが連れて行ってくれて、本当に助かっている。

 リキは人間の俺達よりずっと活躍してくれてるかも。

 山の主達と話しもしてくれている。今のところ、自然を壊すような暮らし方は誰もしていないから、怒りを買うような事は無いらしい。

 今までに行った皆は、何とか全員、遠くない範囲で住む場所を見つけている。

 自然に存在する洞窟の様な場所も、探せばけっこうある事が分かった。

 あと八人増えても何とかなるか・・・もしこれ以上洞窟を利用することが出来なければ、山にある材料を使って家らしき物を作る手もある。

 今は季節が夏なのも運が良かった。川で水浴びや洗濯をしても寒くないし、家作りの作業もやりやすい。

 冬になる前に、川から水を引いてくる事と、ドラムカンを使って風呂ができたらいいなあと思う。

 干して保存できる草花や野菜果物を、今のうちに採って冬に備えれば、食べ物が少なくなる寒い季節も乗り切れると思う。

 根菜類は土を掘って埋めておけばいいと、タネ婆さんが言っていた。

 あと、漬物を多めに作っておくと冬に食べられる。


山の主達から見て、共存出来ると思ってもらえる暮らしが出来ればいい。最終的には人間が十八人と、その倍以上の数の動物達が行くことになるけど、動物達は自然を壊す住み方はしないと思うし。俺達人間が、家を作ったり畑を作る時、考えなければいけない事だと思う。

 

今日帰ってタネ婆さんから聞いたけれど、俺とリキが居ない間に、ここに訪ねて来た者達が居たらしい。彼らは役所の職員で、震災に遭った人達に向けて予防接種を無料提供すると言ってきたという。今年は新型インフルエンザが猛威をふるっていて、人が集まっている避難所は危険だからという事らしい。

 皆んな家が潰れたり焼けたりして、元住んでいた家に入れない、水道やトイレが使えないという事が普通に起きているのに。注射なんかいいからそっちを何とかしてほしい。

 当然皆んなそう思ったらしく予防接種など要らないと言ったけれど、相手はしきりに「無料ですから」を強調したらしい。

 無料と聞けば何でも飛びつくと思われているのか。ナメられたもんだと思う。

 タネ婆さんが「無料って言ったって税金だろうが」と言ったら、諦めて帰って行ったらしい。

 動物達を見ていれば分かるけど、人工的な物に頼らなくても健康を保っているし、寝たきりになっているような者なんてもちろん居ない。

 人間でも、高齢で元気な人を見ているとそれに近いものを感じる。ほぼ生涯にわたって元気で、死ぬ時はあっさり。俺の両親もそうだった。タネ婆さんにしても、病院へ行ったのなんて見た事ないけど90歳を過ぎて健康そのものだし。


俺も最初は、この家に愛着もあるし出来ればこれからもここに居たいなあと思ってたりしたけど。

 開発を進めている側は、ここを元通りにするつもりなんてさらさら無さそうだし。何なら今居る人間をさっさと始末してでも開発を進めたい様子だし。これ以上この場所に執着しても仕方ないと今では思う。

 山に行って見る度に、新しい住居が出来てたり、皆で工夫して暮らしを楽しんでいる様子が見えて、こっちの方がいいなあと思うようになった。

 先に行った人達は「皆んな早く来ればいいのに」と言ってたし。



和人が日記を書き終えた時、リキが近くに寄ってきた。

 尻尾をピンと上げてゆっくり歩いてくる様子は、普通の猫としてここで生きていた頃と変わらない。

「全員を移動させるのに、あと三回くらいかな」

「いつもほんと助かる。ありがとう。人間動物合わせて、乗せられるのが一度に三人か四人ってとこだから?」

「全員いけなくもないけど。体は今まで和人に見せたよりもっと大きくもなるし。けど、目立つだろ」

「それはやっぱりそうだよな」

「山に行った人間がどんどん居なくなるのに、まだ探そうとして全員山に入るっていうのもなんか不自然かもしれないし」

「たしかにそれも言えるな。いくら心配だとは言っても、何が起きてるか分からない不気味な所に、やたら行きたがるのも変だよな」

 最初は、二週間くらいかけて少しずつ移動するつもりで九月初旬に移住完了を予定していた。

 けれど、タネ婆さんの家から火が出るなどの事件も起きたし、このままここでのんびりしていたら危ないかもしれないと思い始めた。


リキと和人がテレパシーで会話をしていると、いつの間にか全員集まってきていた。

 表面上は、人間も動物も、それぞれ寛いで座っているようで無言。

 茜がスマホで音楽を聴いているけれど、これも多分、あまり静かだとかえって不自然だからそうしているらしいと皆分かっている。

 全てが暗黙の了解で通じ合っている。


「帰る所がある者は街に住む家族の元に帰ることにしたっていうのはどう?」

 村人の一人がそう言った。タネ婆さんの次に高齢だけれど、元気で働き者でしっかりした女性。

「それが自然だろうねぇ。私は茜と一緒に街に帰るってことにするよ。ほとんど全員それでいけるんじゃないかねぇ」

「もし調べられたって、街に行こうと思えば行ける場所も本当にあるんだし、嘘じゃないものねぇ」

「俺は帰る場所って無いんで、一人でここに残っても仕方ないからもう一度皆を探しに行くという事で山に入ります」

「俺達も一緒に行ってやろうか」

「俺も行くぜ」

「私も」

「そうね。人間一人じゃ心配だから」

「リキが居るし大丈夫とは思うけど。何が来るか分からないし」

 周りに居た犬達、猫達から声がかかる。

「良かったな。和人」

 リキもそう言ってくれる。

 みんなの気持ちが、和人にはとても嬉しかった。


「こんな事ばっかり続くんじゃ気が滅入るねぇ。家も無くなったし」

タネ婆さんが言い始めた。

「家が焼けたのは災難だったけど、起きたことはしょうがないしもう忘れて、ゆっくり過ごすのも悪くないねぇ」

「おばあちゃん。私が帰る時、一緒に帰って来たら?前から言ってるじゃない」

 茜が調子を合わせる。

「そうだねぇ。ここに愛着があったけど、もう潮時かねぇ」

「実は私も、街に娘夫婦が居るから。帰ろうかなあと思ってるんだよ」

 タネ婆さんの隣に座っている老婦人が言った。

「皆んな帰ってちまうのか。寂しいのう。それだったら儂も・・・」

 皆んな口々に帰ると言い始めた。

 あらかじめ打ち合わせをしたわけでも何でもないのに、皆んな上手く話しを合わせている。

 ここのメンバーだけの秘密にしたいテレパシーの会話から、わざと聴かせるための言葉での会話へ。

 これが出来ている限り、どんな監視システムを使って支配しようとしてこられても平気だと和人は思った。

 テレパシーの会話は何か道具を使うわけでもなく、伝えようと意図して思考するだけで伝わる。しかもそのスピードは会話より早い。

 テレパシーの会話と言葉の会話を織り交ぜても、少し慣れてくると上手くやり取りが出来る。聞かれたくないところと聞かれていいところ、スイッチのオンとオフを切り替えるような感じだ。あまり長くやると疲れるけれど。

 生まれつきあまり口数が多い方ではなく、言葉でくどくどと説明するのが苦手な和人は、テレパシーの会話の方が楽だなと思い始めていた。

 どんな風に言おうとか悩まなくてもすぐに伝わるし、こちらに悪意がなければその事も一緒に伝わる。逆に、相手が腹の中で何を思っているかも伝わってくる。言葉では嘘を吐けるけど、エネルギーでは誤魔化しは効かない。


和人が、自分は帰る家も無いし、もう一度皆んなを探しに行くと言うと、危ないから止めろと言って全員が引き留めにかかった。

 それでも和人が考えを変えないのを見て、最後は止めるのを諦めて「くれぐれも気をつけて」と言って、見送ってくれる事になった。

 全部聞かせるための演技だけれど、皆んなめちゃくちゃ上手いし、自分もまあまあそれらしく出来たかなと和人は思った。


 翌朝、リキの案内で夫婦一組とタネ婆さんが出発した。猫達も数匹ついて行く。この家に隠しカメラが付いている様子は無いから、誰がどこへ行ったかまでは、盗聴器で聞いている側には分からないと見ている。

 何を持ち出したというのも見られる心配は無いから、持てるだけの食糧や生活の道具を持って行く。後に続く者も同じように持てるだけ持っていくつもりで、ここに置いていた米や漬物、調味料なども荷物にまとめた。

 皆んなを送った後に、リキはもう一度ここに戻ってくる。今日の夕方に、残る村人三人と茜を山に移動させる予定だった。

 和人が最後まで残り、翌日に出発すれば、ここは無人になる。


決めたことだけれど、去るとなるとやっぱり名残惜しい。そんな気持ちで、和人が一人で庭を眺めていると、茜が近づいてきた。

「今大丈夫?話したいことがあるんだけど」

 微かな緊張感が伝わってくる。改めて話したい事って何だろうと和人は思った。

「いいよ。今用事も無いし」

 出来るだけさりげなく答えながら、和人は何故か自分も緊張してくるのを感じていた。

「私、和人さんのことが好き。ここで一緒に過ごすようになって少しずつそんな気持ちになって・・・片思いでもいいんだけど、今言うチャンス逃したらもう無いかなって。自分の気持ち言いたかっただけだから。言ったらスッキリしたかも。聞いてくれてありがとう」

 茜は、真っ直ぐに和人の目をを見て最後まで言い切った。凛としたエネルギーを感じる、少し緊張している時の表情も、和人は美しいと思った。

 言いたいことを言い終わると、いつもの茜らしい穏やかな笑みを浮かべる。その優しい表情も、普段のおっとりと柔らかな話し方も和人は好きだった。

 その気持ちが恋愛なのかどうか・・・自分でもよく分からなかったけれど、今の告白を聞いて明らかに胸が高鳴った。

「俺も、茜さんのことは好きだと思う。恋愛なんて長いことご無沙汰だったから、この気持ちが恋愛なのかどうか正直はっきりしなかったんだけど。今、すごく嬉しかったから。俺も好きなんだと分かった。ありがとう」

 気持ちを言葉にするのは苦手な方なのに、思っていることを素直に全部言えたと和人は思った。

「男性から告白されるのを待ちなさいって親からは言われるんだけど。私の性格って、思ったら言わないとダメみたい」

「俺はそういうの気にしないし、言ってくれてむしろ嬉しかったよ」

 これも本心だった。男性から告白するものだという事も和人は思ったことが無いし気にならなかった。どちらかと言うと今までの恋愛も相手から来てた気がする。


お互いに気持ちを伝え合ったことで、これから移住するのにも楽しみが増えたと和人は思った。

 一人で気楽に生きてきた人生もそれなりによかったけど、これから先は気持ちを分かり合える相手がいる。

 それでも少し気になったことがあったので、和人から聞いてみた。

「たしか、茜さんの家って商売やってて、そこを手伝ってるんなら近いうち帰らないといけないんじゃない?」

「それなんだけど、兄夫婦が帰ってきて商売を継ぐことになったから。ここに居る間にそれを聞いて、私も安心してる。家族が言うには私も帰って一緒に商売やるのもありなんだけど。私としては山に移住する方がいいから、当分は帰らないつもり。実家の場所も連絡先もわかってるから心配無いし」

 さらに話を聞くと、茜の両親にはタネ婆さんからも上手く話してくれているようで、茜がこっちに残っても大丈夫なことが分かった。

 そのあたりの話を聞いて、和人はやっと安心出来た。せっかく両思いの相手が出来たのに、すぐ遠距離ではやっぱり寂しい。


 



 

 

 







 





 

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