第25話 山への移住 これからの作戦を考える

8月16日

喜助さんと良太君に続いて、寿江さんが山に行って数日経った。

リキが、山の方と俺の家と、行ったり来たりして情報を伝えてくれるからとても助かっている。

こっちでは、山へ移住することに向けて要らない物を処分したり、山で使えそうな物を集めてきたりという準備に入っている。

ここに居る人間も動物も全員一致で移住を目指しているけれど、声に出しての会話でその話題は絶対に出さない。

この事について話したい時はテレパシーで伝え合う。

もしかしたらまだ探しきれてないだけで盗聴器があるかもしれないから。


リキと猫達が言っていた、喜助さんと寿江さんが付き合っているというのは本当だった。

寿江さんに話したら山へ行く事をすぐに承諾してくれたし、喜助さんと付き合っているのかという事もついでに聞いたら、あっさり「そうだよ」と答えてくれた。

今まで俺が聞いてみなかっただけらしい。

猫又のリキや猫達の方が、やっぱり人間より色々よく見てるのかも。

寿江さんの家も震災で使えなくなってるし、村に未練は無いのかと思う。


あの場所まで行くにはリキの案内が居る。

寿江さんが行く時はリキがついて行ってくれて、目的地に寿江さんを送り届けたらまたリキだけ戻って来た。

リキに聞いたところによると、良太君と琴音ちゃんもずいぶんと仲良くなっているらしい。

十代の若いカップル、年配の二人のカップル、そこに加えて犬のシロと、いいバランスで楽しくやっているらしい。

喜助さんと良太君は、食べられる野草を探して料理を楽しんでいて、寿江さんはこれから、草木を使って籠を編んでみたいと言っていたそうだ。

山にも、楽しめることは多いらしい。


8月17日

山の方では時間がたっぷりあるから、琴音ちゃんの住居と同じような洞窟を利用した住居が、もう一つ出来上がっているということだった。

元々あった琴音ちゃんの住居は、もう少し広く作り直して良太君と一緒に住んでいるという。その隣に喜助さんと寿江さんの住居があり、シロは日替わりでどちらにも行っているらしい。

最初の日はテントだったけど、家らしいものが出来て、今は夏だから食べられる野草も豊富ということだった。


川がすぐ近くにあって、水は綺麗だから飲めるし、服のまま飛び込めば洗濯も風呂も一緒に済ませられるとか。

今は暑いしそれでいいけど、けっこう野生的な生活をしている様子。

冬になればお風呂が恋しくなるかも。

それも工夫すれば何とか出来そうな気がすると、リキが言っていた。

ドラム缶の空いたやつを持って行ったら使えるかも。

今は、料理に使う水は川から汲んできているみたいだけど、川から水を引いてくることも出来るかもしれない。

それくらいなら多分、山の自然を壊すことにはならないと思う。


大自然の中が広大なトイレということらしいけど、人数が増えたらそれも何か考えた方がいいかもしれない。

野生動物も皆んなそうなんだから人間もその中の一匹だと思えば、数匹増えたくらいでどうということは無いと思うけど。

これから人数が増えて数十人とか百人とかなってくると、そうもいかないかも。

山で暮らそうと思い始めた頃から、俺も色々調べるようになった。

排泄物に灰を混ぜて堆肥化する方法とかもあるらしい。

そういうのが自作できるか調べて、出来そうならチャレンジしたいと思う。


雪国ほどではないにしろ、冬になると山の方では雪が積もるだろうし、食糧も少なくなると思う。

その時どうするかも、考えておかないといけないのかもしれない。


ここまで書いてて思ったけど、琴音ちゃんはそういう心配はしていなかった。

冬になると睡眠を沢山とって、あまり動かないしお腹も空かない。けっこうゴロゴロして過ごしてるとか言ってたような・・・

それでも食べられる物が何も無くなるわけではないし、生きていけると。

本来それでいいんだと思う。


俺も含めてほとんどの人間が多分、バタバタと忙しく働いていないと落ち着かない気持ちになるという習性がある。

一日中何もしないことは悪いことだと思っている。

でも、それって本当にそうなのか?

いつからそういう風になったんだろう。

俺も、会社勤めをしている人に比べたらのんびりしてる方だと思ってたけど、琴音ちゃんの生活の事とか聞いてると、まだ心が自由じゃないなと思った。

もっと楽に考えてもいいんじゃないかと、最近ようやく思えるようになった。


8月20日

昨日、俺の家で二つ目の盗聴器が見つかった。

やっぱりあったかという感じで、誰もそれ程驚きはしなかった。

あまり動かしていなかった家具の裏。

こっちも最初から警戒して、聞かれてまずい話は一切していないから、別に聞かれていたってかまわない。

逆にこれを利用してやろうかという話になった。

もちろんテレパシーの会話。

盗聴器をあえて取り外さずに気が付いてないフリで、こっちにとって都合のいい事を話してみてはどうか。

そういう作戦で行こうという話がまとまり、テレパシーで話したり手書きのメモを回して全員で情報を共有する事になった。


奴らは最初ハニートラップを仕掛けてきて、うまくいかなかったと見ると今度は命を狙いに来た。

タネ婆さんも俺も狙われたように、開発を進めたい側は俺達を排除したいらしい。

あいつらにとっては俺達が出て行けば目的達成なわけで、そうなったらそれ以上執拗に追ってくる事も無いと思う。

だから、村を諦めて出て行ったと見られるのは構わないとしても・・・

俺達は山の主と約束したのだから、開発を山の方まで広げられては困るし、俺達の移住する先を見つけられても困る。

どこへ行ったかは知られたくない。


8月21日

俺と茜さんが話していたら猫達が集まってきた。

タネ婆さんも来て、何となく会合の感じになった。

盗聴器の存在はわかっているから、誰も言葉では話さない。

くつろいだ感じで座りながら、テレパシーの会話が始まる。

「山の様子を見に行ったことにして、一人ずつ消えていくっていうのは?」

近くにいた三毛猫が提案してきた。

「それ良さそうだな。山道で起きたあの大事故は皆んな記憶に新しいはずだし。車に乗ってて大怪我した開発推進チームのメンバーから、何が起きたかはあいつらも聞いてると思う。だとすると、山に何か恐ろしいものが居るといった情報は既に回ってるはずだよな。山に近付いた人間が次々居なくなるってストーリーは、うまく使えると思う」

リキが賛成してそう言った。

「今の時点で山に入ってる三人を、最初に山を見に行ったメンバーということにして・・・三人が帰って来ないから次に誰か様子を見に行くとか。こういう会話をわざと聞こえるように話しておけばいいんじゃないかな」

俺も思ったことを言ってみた。

「それでいけそうだな」

リキがそう言ったのを合図に、そこからはわざと声に出してゆっくりと、集まったメンバーで会話を始めた。


「喜助さん達が行ってから、もうけっこう日が経つよね」

茜さんが早速言い始めた。

「何も無いといいが・・・そろそろ誰か見に行った方がいいかもしれないねぇ。山で迷って帰れなくなることだってあるから」

タネ婆さんが、そう続けた。

「私達が行こうか?」

隣に座っていたキクさんが言った。

さっきから夫婦で何やら話していたらしい。

「行ってくれるのかい?危険が無いとは言い切れないが・・・」

タネ婆さんは心配そうに言う。

「じっとしてても余計心配になるだけだからな。行ってくるよ」

夫の善次さんも、キクさんに賛成してそう言った。

「私もそう思う。それに、地震で店も潰れたし。ここに居てもすることないからねぇ」

キクさんがそう言い、二人は早速出かける準備を始めた。


「これまた気の早い。今から行くのかい?」

「夜の山に行くのは、さすがにちょっと気が進まないからね。今日はちょうど天気もいいし、行くなら昼間の方がいい」

「暗くなる前に行ってくるよ」

「山では何があるかわからないですから、気をつけてくださいね」

俺は二人に声をかけた。

「大丈夫。十分気をつけるし、夜にならないうちに戻るからね」

キクさんは笑顔でそう言った。

本当は、リキが送ってくれるし向こうには皆んなが居るし、危険が無いことは分かっている。

盗聴器で聞かれていることを前提に、皆んなで示し合わせた演技だ。


昼間だから、二人と一緒に歩いていくリキの姿は、大抵の人間からは見えないはず。なので、リキは堂々と付いていける。

倒壊したり焼け落ちた建物ばかり目につくような村には、どっちにしても外から人が来ることはほとんど無いけれど。

それもあって、リキが誰かに姿を見られる心配は少ない。

リキは、山道まで行ったら二人を乗せて運んでくれると思う。


皆んなで口々に「気をつけて」と行って二人を送り出した。

俺達は知っているからわざとらしいと思うけれど、知らない者が聞いたら本当に山は怖いと思ってくれるはず。

俺達の間では、今日から二週間くらいかけて少しずつ、山に移動しようという話になった。

犬や猫達と共に暮らしている人が山に行く時は、人間と動物で一つの家族として一緒に行く。


野生の猫達は、最後まで残ってくれるらしい。

俺も当然、最後まで残ろうと思う。避難所になっているここの家の持ち主として。

いざここを去るとなると、正直なところちょっと名残惜しいなとも思ってしまう。

最後はこの家にありがとうを言って、気持ちよく旅立ちたいと思う。










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