第24話 山の主との約束と、これからの計画

喜助と良太は、琴音の住居の近くにテントを設置した。

「いつも何時くらいに寝るの?」

良太が、琴音に聞いた。

「時計って見ないから。何時なのか知らないけど暗くなったら寝る感じ。月や星が綺麗な時は、しばらく見てる事もあるけど」

「いいなあ。そういうの。都会から田舎に来て俺も自由に生きてる方だと思ってたけど、そういえば時計はけっこう見てるかも」

「私は時間通りに生活するのが無理だったから。施設でも別に虐められたとか凄く嫌なことがあったとかじゃないんだけど。規則正しい生活っていうのがどうしてもダメなんだよね。起床時間、消灯時間、食事の時間、入浴時間とか全部きっちり決まってたから」

「たしかにそれはしんどいかも。学校もそういうとこあるけど、家に居る間はそこまでじゃないからね」

「私はお腹すいた時じゃないと食べられないし、早く寝たい時もあるし起きていたい時もあるし、毎日違うんだよね。他の人は規則正しい生活で平気みたいだったし、私が変なのかもしれないけど」

「変じゃないと思うよ。本来そっちの方が当たり前なんじやないかな。動物達も虫達も、人間以外はみんなそうやって生きてる」

「ほんと?そんな風に言ってくれる人に初めて会えたよ」 

琴音は嬉しそうに笑った。


喜助は、シロと一緒にテントの中に入って、横になっているうちに熟睡していた。

リキが持ってきてくれた荷物、テントの袋の中には蚊取り線香も入っていたので、火をつけて地面に立てていた。

夏なのでテントの前は開けっぱなしで、いい風が入ってくる。

今の季節は暑いと言っても、村に居る時と比べるとここは格段に涼しかった。

日本では年々少しずつ夏の暑さが厳しくなっていて、喜助が子供だった数十年前の夏と今では比べ物にならない。

今は村でもエアコンや扇風機を使っているし、車の運転中もエアコン無しでは暑くて耐えられない。

そういえばここにはエアコンどころか扇風機も無いけれど、自然の風だけで十分に心地いい。

そんなことを思いながら横になっているうち眠くなってきて、あっという間に熟睡してしまった。

シロも、喜助の隣で四肢を横に投げ出して警戒心ゼロの様子で熟睡している。


外で遅くまで琴音と話していた良太は、喜助とシロを起こさないようにそっとテントに滑り込んだ。

琴音とは、初対面なのにすぐに打ち解けた。

何でも素直に話せるし、一緒に居てすごく心地よくて、いつまでも一緒に居たいと思う。

明日も会えるのが楽しみでたまらない。

「これってもしかして・・・好きになったのかな」

良太は、自分だけに聞こえる微かな声で呟いた。


リキは、皆んなが寝たのを確認してからその場を離れた。

村へと戻る道を走る。

暗い森の中をゆっくりと走る間に、山の主にも会った。

三体の中の、白狼の言葉が伝わってきた。

すぐ近くに気配を感じる。

横を走ってる様子。

「人間が増えたようだな」

「今日二人来てるから」

「今のところ山を荒らす気配は無さそうだが」

「そういう人間達は居ないよ。俺が知ってる限りでは」

「これからも増やすつもりなのか?」

「できるなら、村を捨てて山奥に移住したいと考えてる。もちろん約束は忘れてない」

「村は諦めて、山の方まで開発が進むのだけは食い止めるということか?」

「皆んな今はそう考えてる。村に残ろうと思って頑張ると、戦いになって面倒なだけだ。人数でも権力でも、こっちに勝ち目は無いし」

「村を開け渡せば奴らは満足すると思うか?」

「少なくとも当分の間は」

「約束を忘れてないならそれでいい」

巨大な白狼は、道を逸れて森の奥へと姿を消した。


リキは、走りながらこれからのことを考えた。

山の主は、今日行った二人を認めてくれたと思う。今のところは、ということかもしれないけれど、これからも山を荒らす事は無いんだから大丈夫と思う。

琴音がいいと言うなら、最終的には村に居る全員が移住出来ればいいとリキは思った。

琴音の山の中での生活を見て、村の人達でも何とかなりそうな気がした。

今まで静かに暮らしていた琴音の邪魔をするのでなく、程よい距離で付き合いながら、協力していければと思う。

そして何よりも、山の主との約束を忘れてはいけない。


リキは白い布の階段を駆け降りて、螺旋階段を上がり、門番の居る場所まで戻った。

ここからさらに、獣道を走って村へと戻る。

途中、ムジナ達がやってきて隣を走り始めた。

彼らもリキと同じく妖怪で、今は通常サイズになっているリキと体の大きさも同じ位だった。

彼らが普通の狸と違うのは、全体に赤っぽい毛の色と金色に光る目。体の大きさからすると少々バランスが悪いほど大きな尻尾。ムジナ達が走るとその尻尾がフサフサと揺れて、体全体も淡く光る。

「村からは出ることにしたのか?」

横を走っていればリキの考えていることは大抵伝わるので、ムジナ達が聞いてくる。

「そうしようって話になってる」

「山まで開発を広げて来られるとこっちも困るからな。阻止するためだったら協力するぜ」

「有難い。その時は頼む」


ムジナ達は今でも、むやみに山に入ってきた者を誑かし、道に迷わせて追い返す。

けれどそういう人間に対しても、怪我をさせたり殺す事まではしないから安心して見ていられるとリキは思っている。

ムジナ達がこういったやり方で阻止を続けてくれるなら、開発を進める奴らも山に入りにくくなるに違いない。

それだけでもかなり助かるとリキは思った。

他にも、最初の作戦の時と同じく、狸達、猫達、犬達、カラス達も協力してくれるに違いないと信じている。


リキが戻ると、猫達数匹がすぐに寄ってきた。

猫達はいつも好奇心旺盛で、リキが見てきた事も早速聞きたいらしい。

人間も犬達も、ほとんどもう寝ている。

起きて話していた和人と茜が、リキに気が付いて中から出てきた。

「おかえりなさい」

「おかえり。どうだった?」

「帰りに山の主に会ったけど、人間が増えたなと言いながら見逃してくれた。今のところ山を荒らす気配は無さそうだからって。本当に認めてくれるかどうかはこれからだけど。ここの皆んなが村を捨てて山奥に移住しようとしてる事も伝えたけど、約束を忘れてないならそれでいいと言ってくれた。俺は皆んなが寝るまで見てきたけど、二人は山での暮らし方を琴音ちゃんから色々教えてもらってるし、いい流れだと思う」

「そうか。良かった。未来は分からないし安心してばかりはいられないけど、とりあえずは。このままうまくいきそうなら次は誰から山に行くかだな」

和人が言った。

「寿江さんが行きたいんじゃない?」

リキの隣に座っていた黒猫が伝えてきた。

和人も茜も、猫の話す内容をテレパシーで受け取ることができる。

二人とも、寿江が行きたがるだろうという予想はしていなかった。

「何でまた寿江さんが?」

和人が聞いてみると、猫は当たり前のように答えた。

「喜助さんと寿江さんって付き合ってるでしょ」

「ほんとに?全然知らなかった。喜助さんはたしか随分前に奥さん亡くしてるし一人だから、そう言われたらあり得なくはないよな」

和人は、言われてみればなるほどと思ってそう言った。

「私はまだこの村の人達のことよく知らないけど、喜助さんって逞しくてかっこいいし寿江さんはセンス良くて素敵だし、なんか分かる気がする」

ここまでの会話を聞いていた茜が言う。

和人は、自分の親ほどの年齢の人達が恋愛をするとは思っていなかったから最初意外だったけれど、聞いてみたらあり得なくはないと思ったし、それならそれで応援したい気持ちになった。

「俺も気が付いてたけど、人間ってけっこう鈍いんだな」

リキも気が付いていたらしい。

人間以外は皆んなテレパシーの会話が当たり前だし、そういう事にもすぐ気が付くらしい。

「人間が一番鈍いのかもな。なんかショック」

「人間は頭で考えるのがクセになってたり、言葉に頼りすぎてるのかもね。私も今より子供の頃の方が、まだ直感鋭かった気がするし」

「そうだよな。俺もそんな気がする。この事以外でも、直感って大事だもんな。リキや動物達と一緒に居るうちに、子供の頃くらいまで直感の働きが戻るといいけど」

























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