第23話 山で生きる少女との出会い 1日目

琴音は、自分の住居に二人を案内した。

少し離れた所から見た限りでは、そこに住居があるとは分からない。

近づいてみると、元々洞窟だった場所を活かしてうまく作られている住居の入り口が見えた。

入り口と言っても門や扉があるわけではない。

丈の高い草花が左右に生えていて、太い木の枝と布を組み合わせて入り口の仕切りが作ってある。

「これって危なくないの?」

良太が聞いた。

野生の獣なんて沢山居そうな場所だし、今までよく大丈夫でいられたなと正直思った。

「危ない?そういえばそうかもね。あんまり考えたこと無かったけど」

「この辺りだと、狼とか熊とか猪とか・・・」

「今んとこそういう怖い目に遭ったことは無いかな。安全かって聞かれると、そうじゃないかもしれないけど。人間もね、他の生き物達と何も違わないって思ってるから。他の生き物達は、身の危険を感じた時と、お腹が空いた時以外襲ってこない。こっちから攻撃しない限り普段は平和だし、それでも襲ってくる時はお腹が空いてるんだから仕方ないよね」

琴音は、当たり前のことのようにそう言った。

逆に、身の危険を感じているわけでもお腹が空いているわけでもないのに、当たり前のように他の生き物を襲うのが人間。

それを言っているようにも、良太には感じられた。

だとしてもその通りだなと思った。

他の動物や植物を、自分が生きるのに必要とする分以上に、取れるだけ取って商品として売るビジネス。レジャーとしてのハンティング。

琴音はそういう事とは無縁で、自分自身も自然の中の一部として生きている。他の存在達と同じように。これが本来、自然な生き方なんだなと良太は思った。


喜助が、食べられそうな草を集めてきていた。

この季節は野草も元気でよく育っているので、採れる物も多い。

ツユクサやアオミズ、ウワバミソウなどが見つかった。

出かけてきた時点では今日のうちに村へ戻るつもりでいたから、今日の分の弁当くらいしか無くてそれでは足りない。

持ってきた握り飯などは、琴音がいつも使っているという平らな石の上に並べた。

取ってきた野草は、そのままで食べられる物もあり、スープにしたり茹でたりしても美味しく食べられる。


琴音が普段調理するのに使っているのは、石を積んで作った囲いだった。

その中に乾いた小枝や枯れ葉を入れて、喜助がライターで火をつけた。

「普段はどうやって火をつけるんだ?何も無さそうだけど」

喜助が、琴音の方を見て聞いた。

「ここにくる時に虫眼鏡持ってきたから。これは元々私の持ち物だから、施設から盗んだんじゃないしいいかなぁって。便利だよ」

「そういえば、学校の理科の時間に習ったようなやつ?虫眼鏡で光を集めたら紙が焦げるとか。燃えるまでやってみたことは無かったけど」

「危ないとか言ってやらせてくれないよね。私は古新聞も持ってきたんだけど、それを使った。どうせ捨てる物だから、これだったら持ってきてもいいかなぁって。夏はあんまり火使わなかったし、持ってきた分で今までちょうど足りたんだよね。燃えやすいように黒のマジックで塗ったり、丸めて皺作ったり色々工夫してけっこう何とかなったよ」

「ちょうど新聞紙が無くなった時に俺達が来たってわけか。いいタイミングだな。というか、そういう風になってんだろうな。ライターだったら何本か持ってるから使ってくれ」

喜助が言った。

「ありがとう。使わせてもらう」

「必要な物は必要な時に・・・か。食べ物にしても、道具にしても同じなんだな」

良太は、大切なことに気がついたようにそう言った。

「そういうこと。無理やり頑張ることって無いと思うよ。他の生き物達だってね、人間みたいに色々悩んだりあくせく働いてないけど、誰も困ってないからね」

「その通りだな」

「考えたら当たり前なのに、忘れてたかも」


琴音は、自然に生えている木から果物が取れる事も教えてくれた。

「畑とか作って何か植えようとかは思わなかったの?」

良太は、その事も気になっていたので聞いてみた。

「自然に生えてる物で、食べられる物ってけっこうあるんだよね。さっき自分で言ったじゃない。必要な物は必要な時に必要な分だけ手に入る。頑張って作らなくても大抵間に合うから」

「そうなんだね。俺も田舎で育ったから自然と寄り添って生きてるつもりだったけど・・・頑張って作らなくても食べていけるんだ」

「自分が今日必要な物はね。なんでか分からないけど、手に入るんだよね。だから、ここへ来て何も食べられない日って無かったかな。そういえば。冬はさすがに食べ物少ないんだけど、ごろごろ寝てる事が多いから大してお腹空かないんだよね」

琴音はそう言って笑った。

「言われたらそうだよな。冬は日没も早いし日の出も遅いし。喜助さんも俺もシロも、冬の方がたしかに睡眠時間長くなって、夏になると自然に早く起きてる。食べるのは冬でもけっこう食べてるけど」

「美味しい食べ物が近くに沢山あるから、見たら欲しくなるんじゃない?」

「そうかも。体じゃなくて脳が欲しがってるのかも」


この地域の気候は、冬の寒さが北国ほど厳しくはない。

山の方では真冬には時々雪が降るけれど、外を歩くのに難儀するほど積もることはまず無いし、遭難して凍死するような恐れも無い。

琴音が言うには、真冬でも生えている草花はあるらしい。

秋の間に取って残しておいた物もあったし、出る時に持ってきた飴やガムを冬まで残して少しずつ食べたということだった。

「施設を出ようと思ったのは小学校の終わりくらいからだったから。飴とかガムとか、かさばらなくて保存出来る物が出た時は食べないで取っといたんだよね。それとか、他の子と交換したりしてね。パンとかお菓子とか大きくてお腹いっぱいになる物の方が皆んな欲しがるから喜んで交換してくれるし」

「けっこう計画的だったんだね」

「ずる賢いだけかもしれないけど。よく言えば生きる知恵かも」


犬のシロが、琴音の手の甲をペロペロ舐めて尻尾を降っている。

「シロも琴音ちゃんが好きみたいだね」

「そうなの?シロ」

琴音は、シロの首のあたりをワシャワシャと撫でた。

「ここで暮らしてるとね、色んな動物とか虫とか来てくれて、一人でも寂しいって気が全然しないんだよね。最初はどうなるかなあって思ったんだけど。木も草花もちゃんと生きてるし、話しかけたら答えてくれるし、だから友達は周りに沢山いる。食べ物も、自然の中にちゃんと用意されてる。ものすごくお腹空いてきたら、食べられる物がどれかも何となく分かるんだよね。山に一ヶ月位いると、色々分かってくるから面白いよ。暗い時でも物が見えるようになるし、遠くまで見えるようになる。それもあって怖さが少ないのかも。そういえば最初の一週間くらいは怖かったかな。だから出来るだけ日が暮れるのが遅い夏至の頃を選んで出てきたし」

「凄いね。山に居ると視力まで変わるんだ。今が8月だから、ちょうど1年ちょっとぐらいなんだね」

「持ってきた食べ物が完全に尽きたのが、春くらいだったんだけど。冬は越せたし何とかなるもんだね」

「持ってきたのって飴とガム?」

「あとは金平糖とか、黒砂糖のお菓子とか。塩は、中学になってから月千円のお小遣いがあったからそれで買った。自然塩って体にとって一番大事みたいだから。あと、クッキーとか煎餅もあったけど最初の方で食べちゃった」


山の中で一人で住んでいたというのを最初に聞いた時は、きっと大変だっに違いないと良太も喜助も思っていた。

けれど琴音が話すのを聞いていると、そこに悲壮感は全く感じられなかった。

ボストンバッグに詰められるだけの服と食糧を詰めて、夜更けに一人で出てきたと言う。

今まで世話になったお礼と「ごめんなさい」と書いた手紙を置いてきたから、自分の意思で出て行った事は伝わったと思うと琴音は話した。

都会で一人で生きるより山の方に行くのは最初から決めていて、その場合水をどうするか、食べ物をどうするかなど一年以上前から考えていたと言う。

琴音の話を聞いた良太と喜助は、山で逞しく生きていく琴音の日々の生活の様子を、ありありと想像することが出来た。

琴音は話すのも上手いらしい。

話に出てくる琴音の強かな生活力には、悲壮どころか明るささえ感じられた。

三人は、野草を使ったスープとサラダ、喜助達が持ってきた握り飯と漬物、卵焼きなどの食べ物を並べて、賑やかに話しながら食べた。


明日から喜助と良太、シロもこの辺りで寝起きするために、住める場所を探す事になる。今日はもう暗くなったし、明日の朝からゆっくりやろうということになった。

元々洞窟だったところを利用した琴音の住居は、琴音一人が寝るには十分でも、全員が入るには狭かった。

夏のことだし、今日ぐらい外で寝てもどうという事は無い。

この季節蚊が多いけれど、天然のペパーミントオイルを使った自家製の虫除けスプレーを良太が持っていた。


夕食の後、喜助と良太は、どの辺りで寝ようかと地面の平らな所を探し始めた。

「誰か来てる」

琴音が言ったけれど、二人は何も感じなかった。

それから数分もしないうちに、暗闇の中から突然リキが現れた。

馬ぐらいの大きさになっているので、なかなかのインパクトがある。

すっかり暗くなった森の中で、淡く光る体。

緑色の目が爛々と輝き、二つに分かれた尻尾の先がユラユラと揺れている。

「リキ!来てくれたんだ。突然現れたしびっくりしたよ」

もし知らないで見たらきっと怖いだろうなと和人は思った。

「さっき、誰か来てるって琴音ちゃんが言ってなかったか?よく分かったな」

喜助は、ついさっきの琴音の一言を思い返してそう言った。

「そうだ。そういえば。凄いね。俺は全然気が付かなかった」

「俺も今初めて気がついたよ」


「琴音ちゃんに限らず誰でも、山に居ると感覚は鋭くなるよな。っていうか本当は、人間でも他の生き物でも誰もがそれくらい持ってるんだけど。忘れてるんだよね」

こっちへゆっくり歩み寄ってきたリキが言った。

村からここまでを往復するのは、普通の猫だったらけっこう大変な距離だ。けれど、妖怪のリキにとっては、これくらい移動するのは何でもないことだった。

「持ってきてやったぜ。泊まるつもりじゃなかったから、何の用意もなかっただろ。タネ婆さんと茜さんと和人が用意してくれた」

リキは、背中に背負っていた物を下ろした。

下ろしたというのか、リキがスーッと小さくなれば荷物はそのまま下に落ちる。

荷物の中身は、二人用テント、野外で使いやすい鍋や調理器具、缶詰やパン、米などの食料品だった。

「ありがとう。リキ。助かったよ。皆んなも考えて用意してくれて、ほんと嬉しいよ」

良太が言った。

荷物の中身は、今一番欲しい物ばかりだった。

「今日は外で寝るつもりで、どこにしようかって思ってたとこだ。ありがとな。リキ。助かった。用意してくれた皆んなにも礼を伝えて欲しい」

喜助も荷物を受け取りながら、リキに向かってそう言った。

「やっぱりね。必要な物は必要な時に。ありがとう。リキ」

琴音がそう言って笑う。

確かにすごくいいタイミングだった。

外で寝ようと思ったところでテントが来たわけだ。









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