第22話 村を去る事を決めるきっかけの出来事と、山での新しい出会い
「こうなったらもう出て行った方がいいんじゃない?」
「住めそうな場所もあるみたいだし」
「あの村みたいになるんなら、どっちにしろ居られないでしょ」
「だったら早い方がいいかもね」
「戦うより逃げるか」
「この人数で勝ち目無いからね」
「犠牲者が出てもつまらないし」
動物達は、思い思いに話し始めた。
そのうち、人間達もこの部屋に集まってきた。
これから会合を始めようとか誰も言わないし、テレパシーの会話しかしないから、もし盗聴器がどこかにあったとしても聞かれる恐れは無い。
部屋の隅に座って皆の話を聞いている時、和人のスマホが鳴り出した。
会合を邪魔するまいと思い、和人は部屋を出て縁側から庭に降りた。
着信があったのは、見たことのない番号からだった。
知らない人間から電話がかかってくる事は普段まず無いし、一体誰だろうと思う。
出るのも何となく嫌な感じがするけれど、出なくても後からかえって気になりそうだと思った。
「はい」
電話に出て、和人はそれだけ言った。
どうせ知られているのかもしれないけど、自分からわざわざ名前を教えてやることはないと思ったから。
和人が出たのに相手は無言だった。電話はまだ繋がっている。
その時、背後に人の気配を感じた。
素早く振り返ると、すぐ後ろに人が立っていた。
紐状の物を持つ相手の手を、和人は振り向きざまに勢いよく払った。
そのまま体を反転させて、左の拳で相手の顔面を打つ。
相手も咄嗟に顔を逸らして避けたので、もろに当たりはしなかった。
それでもそこそこのダメージはあったようで、一瞬相手の足元がふらついた。
間髪を入れず前蹴りを放つと、相手は足の脛で受けて止めた。
今度は相手から反撃が来て、横から蹴りが飛んできた。
和人はステップバックして避ける。
これで少し距離が出来た瞬間、和人が次に攻撃を繰り出す前に、相手は身を翻して逃げて行った。
和人は追いかけたが、走るのは相手の方が速かったようですぐに引き離された。
男は、倒壊したままの民家の中を抜けて逃げていく。
和人は途中で男を見失ったので、追うのを諦めて引き返した。
自宅への道を歩いて戻りながら、さっきの出来事を振り返る。
すぐ近くに来られるまで、相手の気配に気が付かなかった。
電話に気を取られていたせいもある。
それでもギリギリで気がついたのは、リキと過ごすようになって以来、前よりもずっと気配に敏感になっているからに違いないと和人は思った。
あのまま気付かずに首を絞められていたら、今頃生きていなかったかもしれない。
電話が鳴ったのも、外に誘き出すため、電話の方に意識を向けさせるためだったのかと後から気がついた。
相手の動きを思い出すと、和人の蹴りを脛で受けた。
普通は急所である足の脛は、鍛えれば硬くなり攻撃にも防御にも使えるようになる。
数秒で相手の力を見極め、まともに向き合って余裕で勝つのは難しいと思ったのか、すぐに判断して離れた。
時間をかけていれば中から人が出てきて騒ぎになる恐れもあるし、それも考えたのかもしれない。
あの男は格闘技経験者だろうなと和人は思った。
身のこなしも素早く、逃げ足も速かった。
家の庭まで戻った時、リキが後ろから追いついてきた。
リキも外へ出ていたということに、和人は今まで気が付かなかった。
「来てくれてたんだ。全然気が付かなかった」
「昼間だから姿が見えにくいし、途中からはあえて気配を消したからね。和人が外へ出てしばらくして、もしかしたらと思って来てみて良かった。
男が逃げていくところを追うのには間に合った」
「俺は途中で見失ってしまって・・・体力落ちたのかもな。リキは、あの男がどこへ行ったか見れた?」
「隣村の開発工事やってるところの現場。何十人も居るところに飛び込んだから、その時点で俺も見失った」
「開発の事業と今回の事は関わりがあったってわけか・・・そうかなとは思ってたけど、やっぱりな」
「妖獣の俺が追いかけて見てきたって言っても、証拠にはならないけどな」
「もし他にも誰か見てて本当に証拠があったとしても、どうせ揉み消されるから同じだよ。関わりがあるって事実が分かっただけ良かったと思う。またリキに助けられたな。ありがとう」
「出来ることはやるよ。俺も普通の猫だった時、最初に和人に助けられたからな。それに、これからどうするかはここにいる全員にとって大事な事だから。皆んなと一緒に居る俺にも関係あるし」
「タネ婆さんの家に侵入者があった時も思ったけど・・・俺もやっぱ移動に賛成だな。この調子だと命がいくつあっても足りないし」
8月11日
この前の事があってから、外へ出る時は周りを警戒するようになった。
寝室でも、手を伸ばせばすぐ取れる場所に木刀を置いている。
いつまでもこんな事してたくないけど。
本当は、畑で野菜を作って日々を楽しみ、平和にのんびりと暮らしたい。
もう少し前のことから振り返ってみると、毒入りの餌が撒かれたり、お祓いをしに来たり、最近ではタネ婆さんや俺に対して殺そうとしてきたり。
あいつらは、何に対しても力で排除しようとしてくる。
そういうやり方なんだと思う。
本気で確実に遂行しようというより、それにビビってこっちが出て行くのを待つ、脅しの意味もあるのかもしれない。
けれど最近はそれに対して、負けないぞと意地になる気持ちが無くなってきた。
つまらない事にエネルギーを使うより、ここを出ても新しい場所で、また楽しく暮らせばいいと思う。
頑張って戦うことにエネルギーを向ける代わりに、これから住む場所を探す方にエネルギーを向けたいと思う。
昨日は、俺にとっては二度目に、山の奥まで行ってきた。
数日前にリキと犬達で行っていて、人が暮らしているらしき跡を見つけたということだった。
今回、リキについて行くメンバーは、人間は俺の他に喜助さんと良太君。それに犬のシロ。
途中まで車で行って、獣道に入る手前からはリキが大きくなって皆んなを乗せてくれた。
山道で大変なことが起きた時、リキのおかげで助かった。あの時の事を思い出した。
門番は、俺のことを覚えていてくれた。
ここを通る者は多くないし、人間は特に珍しいと言う。
喜助さんも良太君も犬のシロも、門番の姿が見えるようで「こんにちは」と声をかけていた。
初対面でも、特に怖いとか思わないらしい。
二人も俺と同じく、常にリキと一緒にいたり猫の会合に参加している間に、色々な物が見えるようになった様子。
テレパシーの会話が出来るようになるのと同じように、これも自然に身につくようだ。
門番に向かってリキが頼んだ。
「開けてほしいんだけど」
「いいけど」
門番が、あっさりと開けてくれるのも前と変わらない。
緑のカーテンをくぐって中に入り、螺旋階段を降りて行く。
「すごいな。めちゃくちゃ下まで続いてる」
良太君は、森の奥に入った時からずっと楽しそうだった。
好奇心で目がキラキラしている。
俺は、最初来た時は驚いたり固まったりしてたけど、さすが若いなあと思う。
階段を降り切って今度は登りになると、リキが再び大きくなって皆んなを乗せてくれた。
シロは走る方が楽しいようで、光る布の階段を走ってついてきていた。
この通路の終点には緑色のカーテンがあり、そこを抜けると目的地に着いた。前に来た時と同じだ。
こっちには門番が居るわけじゃなくて、内側から見るとカーテンがあり、そこを開けて出たらカーテンはもう消えている。
外に出ると、手付かずの自然の風景が広がっているのも、前に見た時のままだっに。
二度目でも、変わらず感動する。
喜助さんも良太君も、この風景に圧倒されたようで、しばらく立ちすくんで眺めていた。
樹齢数百年、千年以上と思われる大木が何本も、大地に大きく根を張り、空に向かって枝を伸ばしている。その枝が、風を受けてザワザワと揺れ、木漏れ日が眩しい。
木の幹にも、植物の葉の上にも色んな虫達が居て、鳥のさえずりが聞こえる。蝶や蜜蜂が、花の周りを飛び回っている。
動物達が草の間を走り回る音、川のせせらぎの音も聞こえてくる。
森の息遣いが聞こえる。そこに呼吸を合わせて、ただ立っているだけで最高に心地よくて、自然に抱かれている感覚になれる。
前回と同じく、何故か胸がいっぱいになった。
「今住んでる所も十分自然が残ってると思ってたけど、これって全く別次元だね。凄すぎる」
良太君が、興奮気味にそう言った。
「まだこんな場所が残ってたのか。人工的な物が一切無い。本物の自然の風景だな」
喜助さんも、今まで生きてきてこれは見たことが無いと、感動した気持ちを言葉に乗せて言った。
植物の葉の影からは、とても小さいけれど、人間に近い形の生き物が顔を出している。
草の蔓にぶら下がっている者も居るし、よく見ると何人もいる。
他にも、フワフワとした白い毛の固まりの様なものが、植物の周りを飛んでいる。これも生き物のようで、丸い目があって尻尾がある。
ここに居るメンバーには、彼らの存在が見えるらしい。
彼らを怖がらせないように、邪魔しないように、そっと眺めた。
さらに奥へと進んでいくと、少しだけ開けた場所に出た。
「この前、焚き火の跡があったのはこの辺りなんだけどね」
リキが教えてくれた。
人が居るとしたら、多分この近くということになる。
三人と二匹居るので皆んなで手分けして近くを探した。
30分くらい経った頃、その女の子を見つけたのは良太君だった。
洞窟のような所から煙が出ているのを見付けて近づいていき、中に人が居るのを確認したと言う。
攻撃してくる様子は無く、じっと息をひそめている感じだったので、ゆっくり近付いて優しく話しかけたらしい。
良太君からの「人が居るのを発見」という連絡は、見つけた時点で全員に回ってきていたので、俺も急いでそこへ向かった。
ここに居る方からすると、いきなり外から知らない人間が来たら、きっと怖いに違いない。
俺も、派手な足音など立てないよう気をつけて近づいた。
中から出てきた少女は、まだ十代前半くらいの子供だった。
良太君より少し年下位な感じだし、年の近い良太君が行って話しかけて良かったと思う。
日に焼けた褐色の肌、真っ黒な髪と黒目がちな目が印象的な少女だった。
背も特に高くはないし、どちらかというと痩せているのに、何故かとても逞しい感じがした。
聞けば、何とここに一人で住んで居ると言う。
元々親は居なくて、施設の暮らしが合わなくて逃げて来たらしい。
一人で山で暮らすようになり、もうすでに一年以上経ったということだった。
それを聞けば、逞しくもなるだろうなと納得した。
良太君とはすぐに仲良くなれたようで、二人で楽しそうに話していた。
少女の名前は琴音といって、年は14歳だった。
ここで生きていけるくらいだから、ここには水も食べ物もあるに違いない。
俺達も山で暮らしたいとは思っているけれど、この場所はこの少女のテリトリーなのかもしれないし、むやみに踏み込むわけにはいかない。
「山の主が、今のところ見守ってくれてるみたいだな」
リキから伝わって来た。
「今日は出てこないんだなって俺も思ってた」
「だから見守ってくれてるってこと。怒りに触れたなら、出てくるからね。琴音ちゃんは一年以上ここに居られるということは、山の主達も彼女を認めたんだと思う」
なるほどと思った。
俺達には、山の主との約束もある。
自分達が村を捨てるのはいいとして、開発が山の中まで及ばないように、そこだけは止めないといけない。
どうやるかはこれから考えるしかない。
琴音ちゃんもそれでいいと言ってくれたので、喜助さんと良太君とシロは、このままここに残ることになった。
あの地震で、元々住んでいた家は倒壊していて住めないし、畑も使えない状態になってしまっている。
なので、絶対に村に戻らないといけない理由も無い。
それならここで畑を作って野菜を育てられないか、その方が興味があると言っていた。
俺とリキは、琴音ちゃんの案内で数時間、辺りを散策してから村に戻った。
たしかに山には、小川も流れているし食べられそうな物が沢山あった。
山奥でも困らずに生きていけるイメージが固まった。
今回も行って良かったと思う。
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