第21話 村を去ることを考え始めた
8月6日
あの事件から2日経ったけど、やっぱり何も報道されない。
調べが入るため立ち入り禁止になって、どうせあの場所には入れないし、タネ婆さんも茜さんも避難所である俺の家に戻っている。
あの時は、相手も二人を甘く見て油断してたけど今回の事で、同じ失敗はするまいと奴らも思うだろうし・・・
出来るだけ皆んな一緒に居た方がいいとも思う。
タネ婆さんの家から食糧を持って来れたのは良かった。
置いてあったものが無駄にならずに済むし。
俺の家では、人間18人と動物達の生活が今も続いている。
食べ物に関しては、米の備蓄もあるし漬物などの保存食もあるし、畑で十分採れるから困っていない。
火災があった時は鶏小屋もいくつか燃えたけれど、無事だった鶏小屋から連れてきた鶏が、産んでくれる卵もある。
川へ行けば魚が釣れることもある。
そのうち街へ続く道路が元通りになれば買い物にも行けるし、宅配で食料を頼むことも出来る。
わざとじゃないかと思うくらい工事が遅れているようだけど。
井戸水に変な物を入れられないよう気を付けた方がいいというのは、地震のあった次の日にタネ婆さんから聞いていた。
井戸を囲う様に簡単な小屋を立てて、鍵を壊さなければ入れないようにしたので今のところ大丈夫だ。
盗聴器を発見して以降、聞かれて困る会話は全てテレパシーを使うようになった。
俺達が見つけ切れていないだけで、盗聴器は他にもあるかもしれないし。
言葉に出しての会話では、当たり障りの無い日常のことだけを話す。
料理、掃除、洗濯、風呂の話くらいしかしていない。
この前の事件のことに関しても、あの男は誰かの命令で動いていて、失敗したから消されたのだろうといった話は、テレパシーでやり取りした。
俺に近づいてきた女も、俺を思い通り動かすことを狙っていたか、機会を見て手っ取り早く始末する事を考えていたのかもしれない。
こういう話もテレパシーで、ここの皆んなと話した。
リキと、猫達、犬達の間では常に活発なテレパシーの会話が交わされている。
庭に居る鶏達、外にいるカラス、山鳩、雀、虫などとも、ここの動物達は親しく交流している。
動物達にとっては異種間交流は当たり前らしい。
人間の俺達も、時々その中に交ぜてもらう。
俺はリキと会った影響で、他の皆んなよりは多く動物達の会話の内容が分かるようになった。
タネ婆さんは生まれつきそうだったようで、それは今も変わらない。
俺達以外も、ここに居る人達はだんだん動物達の会話に入れるようになってきている。
動物達側から意識的に何かを伝えようとしてくる時はほぼ全員が理解できるし、自分から動物達へ何かを伝えるのもできる。
雑談の感じで交わされる早い会話には、皆んなはまだちょっとついていけないらしい。
それでも、外に聞かれたくない大事な内容をテレパシーでやり取りする事は、皆んな普通に出来ていて誰も困っていない。
この前の事件のことにしても、声に出して話す内容は
「侵入してきた男がいたんだってねぇ」
「強盗かなんかかねぇ。恐ろしいねぇ」
「その男、何だか急に死んだらしいよ」
「心臓麻痺だとか。人間って死ぬ時は急に死ぬもんだね」
「こう言っちゃなんだけど、だから何も盗られずに済んだしタネ婆さんにとっては良かったのかもしれないねぇ」
こんな感じで、テレパーでやり取りしている本音とは全く違う会話を交わしている。
今日は、シロとタロウとブチの三匹の犬達が、リキと一緒に山を見に行った。暗くなり始める夕方に出て、帰ってくるのは夜中になると思う。
俺が一度行った時と同じように門番に頼んで通してもらい、山の奥の方まで行ってみるという事だった。
目的は、山が大丈夫か確認する事と、住める場所を探すこと。
昨日皆んなで長い時間話し合って最終的には、いざという時はここを捨てようということになった。
タネ婆さんの家での事件があったことで、俺も考えが変わってきた。
こっちは何も悪い事はしてないし、ただ普通に暮らしてるだけなのに、何で追い出されないといけないんだってずっと思ってたけど。
俺達が出て行くまで、奴らがいくらでも強硬手段に出てくるなら、戦うより離れた方が得策かもしれない。
ここの誰かの命が失われるようなことには、なってほしくない。
お年寄り達も皆んな「寿命で死ぬのはいつでもいいけど、つまらないことで死にたくない」と言っているし、俺もその意見には賛成。
あの事件の時、タネ婆さん自身も言ってたけど、もし何の警戒もしていなかったら今頃居なかったと思う。
もしそうなっていたら、奴らにとって後から強盗に見せかけることも簡単だと思うし、それで片付けられていたと思う。
頼りにしているタネ婆さんが居なくなる事は、寂しいだけでは済まなくてここの全員にとって大きな損失になる。
もちろん頼ってばかりではダメだけど。
俺達は毎日、長老のタネ婆さんから、生きていくのに必要な情報を沢山もらっている。
それを受け継いで自分達のものにしていこうと、日々実践しながら生きている。
今、この人数しかいないわけだし、タネ婆さんだけでなく誰が欠けても一人減る事は影響が大きい。
8月7日
昨日の深夜・・・というか日付が変わってたし今日か。
山を見に行ったメンバーが帰ってきた。
今のところまだ、俺とリキで行った時に見た様子からほとんど変わっていないらしい。
さらに山奥に行けば、まだ手付かずの自然の残っている土地が豊富にあると言う。
川もあるから水を引いてこれるし、山菜や果物の木もあると言う。
そういう場所へ移動して、生きていく事も考えられる。
全員一気に移動すれば奴らに行き先を突き止められる可能性もあるし、移動するなら2〜3人ずつがいい。動物達も、数匹ずつ。
こういった話は全部、テレパシーの会話でやり取りした。
開発計画を調べると、二つ隣の村から始まって今は隣の村まで及んでいる。このままいくと、遠からず俺達が住んでいるこの村でも同じ事が起きる。
開発は横にも広げて行って、隣接する他県の村にも繋げていく計画らしい。
豊かな自然と最新のシステムの融合という謳い文句だけれど、実際は元々の自然を壊しまくっている。
隣の村から離れてこっちに来ている猫達に聞いても、色々な事が分かった。
街のシステムを維持するための電磁波が強すぎて、体調を悪くする人も続出しているらしい。
原因不明の病気で亡くなる人も増えたとか。
人間も動物も本来、強い電磁波を浴び続けながら生きるようには出来ていないし、体への影響はあって当たり前だと思う。
和人が日記を書き終えて、畑へ行こうと立ち上がった時にリキが入ってきた。
ここに居る時は大体元々のサイズで、いつも音も無くスッと入ってきて気がついたら目の前に居る。
和人はだんだんこれに慣れてきて、リキが来る一瞬前に気配だけで何となく分かるようになった。
「そういえばさっき一つ言い忘れたんだけど」
ゆったりと体を伸ばして、リキが話し始めた。
内容はテレパシーで伝わって来る。
「山奥へ行った時、人間が生活しているらしい跡を見つけたんだ。もう去った後みたいで、今生活しているというんじゃないけど。焚き火の跡みたいなのとか、穴を掘って何か保存していたらしい形跡があったりとか。それがそんなに古くない。多分人数は多くないと思うけど、山奥で既に暮らしてる誰か居るのかも」
「すごいな。もしそうだったら、山奥での生活の事も聞けるかもしれない。侵入してきた敵だと思われないように、慎重に行かないといけないけど」
「昨日行った時は、俺と犬達だけだったからな・・・人間の姿は結局見かけなかったけど、もし人間を見つけても下手に近付いたら、襲ってきた動物だと思って殺られるかもしれない。戦いになって、逆にこっちが相手を傷つける可能性だってあるし。だから探さなかった」
「なるほどな。たしかにそうかもしれない。相手がどんな奴かわかんぇし。人間が行ったとしても敵だとみなされる可能性はあるから、絶対安心とは言えないけど。今度は俺が行ってみる」
「その時はついていくからな」
「ありがとう。助かる。人が居るのを見つけたら、様子見て大丈夫そうならとりあえず話しかけてみるよ。それで山奥の暮らしのこと聞けたらベストだけど」
リキと和人の今の様子を人が見たら、人間と猫がただ座って寛いでいるようにしか見えない。
本当は、二者の間で活発な会話が交わされている。
リキと和人が座っている周りに、いつのまにか猫や犬達がワラワラと集まってきている。
皆んなここで寛いでいるようで、実は会合が始まっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます