第20話  今度はタネ婆さんの家に刺客がやってきた


8月4日

あの地震から、早くも二週間が経った。

昨日あった忘れられない出来事を書き留めておく。


リキと一緒に山の様子を見に行ったのが先月末。

今のところ、この村の近くの山はまだ無事だったけれど。

今の調子でいくと、それがいつまで大丈夫か分かったもんじゃない。

俺は嫌だと思っていたけれど、最終的にはやはり今の住居を捨てて引っ越す事を考えた方がいいのかもしれない。


俺の前にあの女が急に現れたことも、後から考えるとタイミング良すぎたし。俺がこの村の中で権力があると見られているなら・・・同じ手口か違う手口か分からないけど、また何か仕掛けてくると思った方がいい。

あの女は確かに魅力的だったし、リキが居てくれなかったら危なかったと思う。危うく騙されるところだった。

その後二日間は特に変わった事は何も無かったから、俺が自分から連絡するまでとりあえず待ってるのかなと思った。

連絡があるに違いないと自信たっぷりなのかもしれないし。

リキのアドバイス通り、俺はこの件に対して特に何もせず放っておいた。


8月3日の昨日、タネ婆さんが一旦家に帰るということになった。

特に心配な怪我人も今は居ないし、離れても大丈夫という判断だった。

タネ婆さんの家は地震でも壊れなかったし、今でも普通に入れる。

地震の後こっちに来ていて、しばらく家を放ったらかしにしているから気になっていたらしい。

一日二日帰って、家に風を通して掃除をし、保存している食糧はこっちへ持って来て早めに食べてしまおうという事だった。


茜さんはタネ婆さんについて行くけれど、俺とリキも用心棒としてついて行く事になった。

村の中で長老と言えばタネ婆さんだし、俺の家と同じで代々この村に住んでいる。村の権力者かもしれないと奴らに目をつけられているとすれば、危険が無いとは言えない。

実際、この村では困った事は皆んなタネ婆さんに相談するし、とても頼りにしている。

権力があると言えば、俺なんかよりタネ婆さんの方がそれにあたる。

奴らは俺に対しても仕掛けてきたわけだから、タネ婆さんが安全とは思えない。

家の方は信頼している仲間達に任せて、俺とリキは連れ立って出かけてきた。


タネ婆さんと茜さんが先に帰り、俺達は数時間後に向かった。

どこから見張られているか分からないし、用心棒が居る事を隠しておくためにこういう形にした。

タネ婆さんの直感で「今日は危ないかもしれない」と言っていたから。

何か仕掛けてくるとすれば、用心棒が居ると分かれば相手も多人数で来る可能性が出てくる。

それを避けるために、俺達は夜になってから家を出て、遠回りしてそっとタネ婆さんの家に近付いた。

リキに関しては、姿を見られたくなければ消えるか小さくなればいいので、隠れないといけないのは俺だけなんだけど。

以前から知っている裏庭に通じる扉を開けて、人に見られないように素早く中に入った。


タネ婆さんの家もかなり大きくて、一人で住むには広すぎる感じが俺の家と同じだなと思う。

タネ婆さんが寝室にしている部屋の隣が、一番奥の部屋で茜さんがここに泊まる。

俺はリキと一緒に、タネ婆さんの寝室の手前の部屋に入った。

各部屋の間は襖で仕切られているだけで、何かあればすぐに行ける。

外から何者かが入ってくれば、一番先に俺達の部屋の前を通らないと奥へは行けない。

俺達は、寝ないで朝まで見張るつもりだった。

武器としては木刀を持って来ている。


異変を感じたのは、深夜2時を回った頃だった。

家の中に誰かが入って来た。 

足音を忍ばせて廊下を歩いて、こっちに向かって近付いてくる。

リキが最初に感じ取って、俺に伝えてくれた。

「すぐ出れるようにそこで待機しよう」

リキは、俺達の居る部屋と隣の部屋を隔てている襖の近くに行った。

「タネ婆さんに知らせないと・・・」

俺も反対側の襖の側に行きながら、小声で言った。

「分かってると思う」

リキがそう伝えてくる。

なるほど。タネ婆さんも、相当に感覚が鋭い。

すでに気がついているということか。

今日は何かあるかもしれないと予測するぐらいだから、不審者の侵入などすぐ気がついてもおかしくない。


タネ婆さんは、自分の部屋の扉の鍵をわざと開けていた。

俺達の居る部屋も同じように開けておいた。

廊下から来て、ドアを開ければすぐ中に入れる。

タネ婆さん、まさか眠ってはいないと思うけど。

茜さんには鍵をかけるように言っていたので、茜さんが先に襲われる事は無いと思う。

先に来るのは、俺達の居る部屋かタネ婆さんの寝室だ。


隣の部屋の扉が開けられた。

侵入者を捕まえるなら今だ。

俺は右手で木刀を持ったまま、左手で素早く襖を開けて中に踏み込んだ。

大型犬ほどのサイズになったリキも、俺と同時に飛び込んだ。

部屋の真ん中には布団が敷いてあり、人が寝ているらしい膨らみ。

扉から入ってきてそこに近づく、屈強な大男が見えた。

その時、反対側の襖が開いたのも一緒に目に入った。


俺達より一瞬先に部屋に踏み込んだ茜さん。

気がついて掴みかかる大男を、茜さんが投げ飛ばした。

棒を持って押し入れから飛び出してきたタネ婆さんが、畳に倒れた男の鳩尾を突いた。

男が痛みにうずくまったところで、今度は首の後ろに一撃を入れる。

俺とリキの目の前で、物の数秒で男が倒された。


「今日は危ないと思ったのは当たりだったね。無警戒で寝てた日には、今頃あの世だったかもねぇ。まあこの年になれば、いつあの世へ行ったっておかしくはないけどね」

タネ婆さんはそう言って、豪快に笑った。

「二人とも凄すぎ。俺達来なくて大丈夫だったかも」

「そうみたいだな。向こうも、女性二人しかいないと思ってナメてかかってたんだろうな。一人で何とかなると思ったんだろ」

リキがそう言った。

タネ婆さんは武道の心得があると、そういえば山の主と話してる過去の場面を見た時、たしか言ってたと思う。

けれど、この年になってまだ衰えてないのは凄すぎる。

それに、茜さんまで武道の心得があったとは。

華奢で小柄で、腕力があるようにはとても見えないのに。

リキもそれは知らなかったようで聞いてみると、合気道の技だという事だった。

突進してくる相手の力を利用するらしく、腕力は必要ないらしい。

「相手が完全に油断してたのもあるんですけどね」

茜さんはそう言って柔らかく笑った。

何でもない事みたいに言ってしまう二人ともほんとに凄すぎて、俺は目が点になった。


この男から何か聞き出せるかもしれないし、とりあえず縛っておくかどこか閉じ込めておくかと話していると、男が意識を取り戻して急に激しく苦しみ出した。

そういう演技をして逃げるチャンスを作るつもりかと最初一瞬思ったけれど、そんな物ではない事は見ていてすぐに分かった。

脂汗を流して顔面蒼白だし、見る間に痙攣が始まった。

俺達ではどうしようもない状況だったので救急車を呼んだ。

家に侵入されたわけだし、警察にも連絡した。

けれど救急車の到着は間に合わず、激しい痙攣が来たのを最後に男の心臓は止まってしまった。


茜さんは男を投げ飛ばしただけだし、タネ婆さんにしても、命を奪うような攻撃はしていない。

もし仮にそういう攻撃をしていたとしても、侵入してきて危害を加えようとした(おそらく殺そうとした)のは相手の方だから、正当防衛だと思うけど。

救急車が到着する前、苦しみ出したのを何とかしようと近づいた時、この男が武器を持っている事も確認した。


警察が来て俺達三人とも一通り色々聞かれたけど、警察署には翌日に行けばいいという事になって昨日は行かずに済んだ。

タネ婆さんが高齢だからという事もあるんだろうけど。

今日の午前中行ってきたけど、同じ様な事を一通り聞かれただけで終わった。

男は心臓麻痺で死んだらしくて、たまたまあの時、持病の発作が起きたんじゃないかという事だった。

そんな偶然ってあるのか?

今日になっても、昨夜の事件に関しては一切報道されなかった。

事件らしい事件が起きたことも無い平和なこの村で、家宅侵入、殺人未遂、侵入してきた男が突然死んだという不可解な事が起きたというのに。


今朝家に帰ってみると、ここにいる人達も猫達も犬のシロも、俺が話す前に昨日の出来事を全て知っていた。

一足先に帰ったリキから聞いたらしい。

「その男が死んだのは、心臓麻痺なんかじゃないだろう」というのが皆の共通の意見だった。やっぱりそうだよな。

どういう方法でなのかはまだ不明だけど、タネ婆さんを殺すのに失敗したからおそらく消されたのかと思う。

ここまで色んな事が起きてくると、このまま頑張って村に居続けるのも考えものかなあと思う。























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る