第19話 今回もリキに助けられた 動物達は普通に使っているテレパシーの会話

何でこの女性が、自分の家族の事までこんなに詳しく知っているのか。

和人は一瞬疑問に思った。

けれど、父親と知り合いだということは、父親から聞いたのかもしれないとも思って納得した。

父親が亡くなった頃和人はまだ小さかったので、父親にどんな友人が居たのかなんて覚えていなかった。

最初一瞬疑問に思ったものの、話しているうちにこの女性の美しさと魅力に胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

都会に住みたいと思ったことは無いし、友人が皆んな街に出て行った時でも自分だけは村に残った。都会への憧れなど無いつもりだったのに、都会的な魅力のある女性を見ていいなあと思ってしまっている・・・和人は自分を観察して、そんな風に思った。


「もし差し支えなかったら、一度家に行ってみたいんだけど」

「え?俺の家ですか?」

「ずっと以前に行ったことがあるもので、あなたを見たら思い出して何だか懐かしくて。外から見るだけでもかまわないから」

「俺は・・・別に・・いいですけど」

「嬉しい!行ってもいいのね!」

背後に居るリキの気配が、いよいよ不穏になってきたのを和人は感じた。

刺すようにビリビリと伝わってくる。

ただでさえ普通の猫より大きいリキが、全身の毛を逆立てて倍ぐらいの大きさに見えているだろうと想像出来た。

和人が見る限り、この女性はどう見ても普通の人間で、幽霊や妖怪なんかでも無さそうだし、リキがここまで警戒する理由が全く分からなかった。

女性は和人に対して最初は敬語だったところから、どんどんくだけた感じになってきて、いつのまにか初対面なのにタメ口になっていた。

和人としてはここが気にならないでもなかったけれど、ただフレンドリーなだけかもしれないと思って聞き流していた。

でも、リキからのメッセージを無視する気にもなれない。

リキが普通の猫だった間も、猫又になってからも、いつも一緒に居て、いつも助けてくれている。

今も、自分には分からない何かがあるのかもしれないと和人は思った。


「すみません。急に今からっていうのはちょっと・・・今からは行く所があるので、今日は家には帰らないんです」

和人は、実際これから山へ行くわけだから半分は本当の事を言い、後半は嘘をついた。

「そうなの?残念ね。そしたら近いうちに連絡ももらえたら嬉しいんだけど・・・これが私の連絡先」

女性はそう言って、和人に名刺を渡した。

住所や職業などは書いていなくて、名前と電話番号、メールアドレス、ラインのQRコードだけの名刺だった。

「分かりました。ありがとうございます。俺は名刺って持ってないんで交換できないですけど、そのうちこちらから連絡しますね」

「了解。ありがとう。楽しみに待ってるね」

女性は、艶然と笑って歩き去って行った。

その姿が見えなくなるまで、リキは戦闘態勢を崩さなかった。


女性が離れていくまで待ってから、和人はリキに問いかけた。

「さっきの人って、俺には普通に見えたんだけど、そうじゃなかったわけ?リキがめちゃくちゃ戦闘態勢なのは分かったし」

「関わってはいけない奴って居るもんだぜ」

「あの人って、妖怪とか幽霊じゃないよな」

「人間だと思うけど。ろくでもないこと企んでるし、開発を進めてる奴らの側の人間なのは間違いない」

「リキは、もしかして人の心の中まで読めるの?」

「100%は無理だけど。集中して読み取ろうとすればある程度までは分かる。俺と一緒にいるうちに、和人も色々感覚が鋭くなってきただろ?そのうちこれも出来るようになると思う」

「そうだな。動物達の会話に入れるようになったし。人の精神状態なんかも、前よりは敏感に分かるようになったと思う」

「人の考えてる事を読み取るのはその延長線上の能力で、本来誰にでもあるものだから。今の人間は、頭で考え過ぎたりすぐ理屈で考えるクセがついて鈍くなってるだけで。それがなくなったら、そのうちすぐ分かるようになる」

「そんなものなのかなぁ」

「そんなものだ。ただ、相手が美人だからって鼻の下伸ばしてるようじゃ難しいけどな」

「やっぱりバレてたか。正直、すごく綺麗で魅力的な人だと思った。この辺りでは見かけないタイプだから、余計そう思うのかな」

「男ならほとんどの奴がフラフラ行っちまうような女を差し向けてくるのも、あいつらのやりそうな事だな。小さな村では、権力を持っているのは村長か、長老か、古い家柄で財産家か・・・大体その辺って決まってるからな。そこさえ陥落させれば、あとは容易いと多分思われてる。奴らの狙い通り、和人はフラフラ行きそうだったけど、最後は踏み止まったな」

「後ろから来るリキのエネルギーが凄かったから。助かったよ。これは何かあるなって思った」

「それが分かるだけ和人は敏感だし、感覚が目覚めてきてる。普通だったら気がつかないからな。あの女は、俺が正面からエネルギーをぶつけても気が付いてなかった」

「たしかに・・・そう言われてみればそうだよな」

「これからもこういう事はあると思うから要注意だぜ。感覚はどんどん鋭くなって、そのうち俺が知らせなくても分かるようになると思うけど。あの女の事は、連絡せずにほっとけば多分大丈夫だと思う。名刺の名前だっておそらく本名じゃない。若そうに見えたけどそこそこの年だな。和人の父親を知ってるって話が本当ならだけど」

「・・・そうか。さっき気がつかなかったけどそういえば、俺がまだ小さい頃亡くなった父をよく知ってるってことは・・・」


歩きながら話して、山道に入るあたりまで来た。

少し暗くなり始めているし、周りに人も居なさそうなのを確認して、リキは和人を背中に乗せた。

変わった事が無いか見て回るのが目的だから、ゆっくり目に走る。

以前にも何度か通った、車が走れる山道を逸れて真っ直ぐ奥へ入る獣道では、特に変わった事は無かった。

そこから山の中を横に走って、隣村、更にもう一つ奥の村の方まで行くと、ソーラーパネルが増えているのが目についた。

山林をどんどん伐採してソーラーパネルを敷き詰めるこれが、環境に優しいエネルギーの生み出し方だと謳われているのは、笑えない冗談だと会合では皆んな話している。

開発が進んでいる村では、田んぼや畑の中にもこれがある。

山林を伐採したせいで、土砂崩れも起きやすくなる。

「こっちの方はまだ無事だな。いつまでかわかんねぇけど」

「和人は反対だろうけど、もしも村を捨てて山に逃げるなら、もっと奥まで行かないと無理だな。この辺りはこれからまだどうなるか分かったもんじゃない」

実際村を捨てて逃げるかどうかは別として、それはその通りだなと和人も思った。


山の様子を一通り見て回ってから和人達が家に戻ると、家では騒ぎが起きていた。

避難所になっていて全員が集まっている和人の家から、盗聴器が出てきたと言う。

しばらく使っていなかった花瓶の中から出てきたそれを持ってきて、皆んなが集まっていた。

「花でも飾ったら気分が明るくなるんじゃないかって思ってね。今日摘んできた花を飾るのに、そこにあったこれがいいんじゃないかって思って水入れようとしたんだけどね。そしたら中からこんなのが出てくるし、びっくりだよ」

盗聴器を見つけた時の事を、寿江が話した。

「そのおかげで分かったから、逆に良かったけどな」

近くに居た喜助が言った。

「いつからあったんだろうね。地震があった時はバタバタしてたし、この家に誰も居ない時もあったと思うから、仕掛けようと思えば簡単だったかも」

良太がそう言って、和人は地震があった日のことを思い返してみた。

その日だけでなく、普段から玄関も勝手口も開けっぱなしなのだし、入ろうと思えば誰でも入れる。

普段なら、顔見知りしかいない小さな村で、見知らぬ人間がウロウロしていたら目立つしすぐ分かる。

けれど、地震や火災があった時は普段とは違う。

皆んな災害の方に気を取られて、不審者が居ても見過ごしてしまうかもしれない。


リキの言ってた事は、やはり本当だなと和人は思った。

自分の生まれた家は、古くからこの村に住み続けている一族だし、財産もそこそこあり、緊急事に皆が集まる場所を提供している。

そういった事を知られていて、開発を進めるために自分を陥落させれば後は話が早いと思われているらしいと実感した。

盗聴器の件もそうだし、さっきの女性の件も。

ぼーっとしてる場合じゃないと和人は思った。

あの女性に家族のことを詳しく知られていたのも、ここでの話をあいつらに盗聴器で聞かれたからかもしれない。

「やっぱりここの家って、村の中心として奴らに目をつけられてるな。和人自身だけじゃなくて、この場所も要注意だな」

すぐ近くに、リキが座っていて、そう伝えてきた。

「次からは絶対気を抜けない。あの女に騙されかけたさっきはまずかったし、皆んなが見つけてくれるまで俺は盗聴器にも気がつかなかったし。地震の少し前には花瓶使った覚えがあるから、仕掛けられたのはやっぱり地震の時だと思う。迂闊だった」

「全部抱えなくていいんじゃない?誰かが気がつけばいいんだし」

「そうだな。気をつけるのはいいけど、しんどく考えてもいい事無いし」


「人間ってあんな原始的な道具使って会話の盗み聞きとかするんだねぇ」

近くに居た猫から伝わってきた。

「ご苦労な事だよな。いちいちあんなの使わないと無理ってめちゃくちゃめんどくさいだろ」

今度は犬のシロがそう言っている。

テレパシーで会話が出来る動物達には、そんな物は要らない。

他の猫や犬達も同じような事を言っていて、人間のやってる事は動物達には呆れられているらしいと和人は感じ取った。

「あんなの仕掛けてくるんなら、こっちは会話なんか使わなきゃいいだけだから簡単だな。実際猫の会合の時は人間の会話なんか使わないし。ここに居る人間のメンバーと俺達が話す時はけっこうテレパシーでいけるし。そのうち人間同士もいけるんじゃないかな」

リキがそう言っている。

和人は、今ではリキとも動物達ともテレパシーで普通に会話できるし、聞かれたくたない事はこれで済ませばいいのだし、盗聴器を怖がることも無いのかなと思った。











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