第18話 村に現れた女性は何者なのか
和人が日記を書き終えた時、リキが机の上にポンと飛び乗った。
今日は、大きくなっても小さくなってもいない普通の猫の大きさだった。
とは言っても、リキが普通の猫として生きていた頃のサイズだから、平均的な猫よりはかなり大きめで、机の上がいっぱいになった感じがする。
「和人は最近ずっと深刻な顔してるみたいだけど。一人で悶々と悩んでも解決しないぜ」
「分かってる。奴らはかなり強引に開発進める気みたいだし、早く何とかしないとって俺も思う」
「このまま行ったら多分、村の復旧工事をやると見せて、開発の方向に持っていく流れもあるんじゃないかな」
「あって欲しくない話だけど、きっとそうだろうな。地震で全く壊れてないのは、こことタネ婆さんの家ぐらいのもんだからな。今は皆んなここに集まってて、ほとんどの家は無人だし。皆んなが居ない間に好きなように出来るってわけか」
「元通り直してるだけなのか作り替えてるのか、あそこまで全壊とか丸焼けになったら分かりにくいからな。それにほとんど皆んな居ないし」
「家族のところに帰る人が居るのは仕方ないにしても、あのバスはどうも怪しかったよな。皆んなが喜んで乗るって言うなら、俺達が居たとしても止められなかった可能性は高いけど」
「それはそうかもな。でも、最初から一緒にやってきた和人達7人以外にも、残ってくれた人が居て良かったな」
「それは本当にありがたいと俺も思ってる」
和人とリキが話していると、隣の部屋に居た猫達がゾロゾロと入ってきた。
猫達も、ここに残るのか村を捨てて山に移動するか、何となく考えているのでこの話題には少なからず興味を持っている。
「和人は、出来たらここに残りたいんだろ?」
「そうだな。一番長くここで生きてるタネ婆さんでさえああ言うんだから、相当難しいのは分かってるけど。どうしてもまだスッキリ諦めきれない」
「和人の場合、自分だけじゃなくて、受け継いだものもあるもんな」
「それは大きい。先祖がずっと守ってきてくれた土地と家を、簡単に明け渡すのは何か裏切りみたいな気がするんだよな。それだけじゃなくて、俺が単純にここが好きなのもあるんだけど」
「たしかにここはなんか居心地いいからねぇ」
「そうそう。安らぐねぇ」
「ここがいいって言うのもね、何となく分かるのよ」
猫達は、長々と寝そべってのんびりと話している。
そんな猫達の様子を見ていた和人は、自分もいい感じで脱力してくる気がした。
深刻になって悲壮な決意で「ここを守らねば」という心境になっていた自分に気が付く。
固くなるとアイデアも出ない。力を抜いていこうと思った。
話しているうちに、ここに居る犬達も人間達も寄ってきた。
ここでは人も動物も、誰かが集まって話していると何となく皆んな近くに来て、意識しなくても情報を共有出来ている。
「山の方がどうなってるか、ここしばらく見に行ってないから一回行ってくる」
和人は、集まっている皆に向かってそう言った。
家が沢山倒壊した村の中の様子や、ここに居る人や動物達の健康の方が気になって、山へはしばらく行っていなかった。
「俺もちょうど気になってたし。一緒に行くか」
「ありがとう。リキ。しばらく留守にしますけど今日のうちには必ず帰ってきます」
和人は部屋に居る人達に向けてそう言って、リキと一緒に出かけて行った。
時刻は夜七時を少し回っているけれど、日の長い真夏なので外はまだ明るい。
暗くて人目が無ければリキは和人を乗せて走るけれど、まだそういうわけにもいかないので普通に歩いた。
今から真っ直ぐ山へ向かう。
どんなに遅くなっても日付が変わる前には戻ろうと話した。
数分歩いたところで、向こうから誰か近付いてくるのが見えた。
女性のようだ。
「見慣れない奴だな」
リキが警戒心を向けた。
「誰だろ?」
「俺も見たことない。村の人じゃないな」
「自治体の職員かな」
近付いて来る女性に対して、和人は軽く会釈をした。
自治体の職員だとしたら、彼らに対していい印象は持っていないけれど、完全無視するのも大人気無いと思った。
和人とリキはテレパシーでやり取り出来るので、さっきのように近くで相手のことを話していても聞かれる心配は無い。
リキの姿も、リキが自分で意識して見せようとしない限り、ほとんどの人間には見えない。
今も多分、相手から見ると自分一人が黙って歩いているようにしか見えてないだろうなと和人は思った。
「こんにちは」
近付いてきたのは、やはり女性だった。
にこやかに声をかけてきたので、和人も挨拶を返した。
この村ではほぼ見かけることの無い、若い女性だ。
若いけれど十分大人の女性で、見たところ二十代半ばくらい。
しかも、和人が今まで見たことが無いタイプの、美しく都会的な女性だった。
ほのかに薫る香水の甘い香りに、和人は一瞬頭がぼおーっとなってしまった。
女性はスラリと背が高くて、均整のとれたプロポーションをしている。
豊かなバストを強調するように大きく開いた胸元、キュッとしまったウエストに、和人は視線が釘付けになってしまいそうで慌てて目を逸らした。
ヒールを履いているにしても、身長173センチの和人と目線の高さがあまり変わらない。
美しく化粧を施した顔は彫りが深く整っていて、西洋人のような印象だった。
髪の色も金褐色だし、目の色は深い青だし、肌の色は透き通るように白いし、日本人じゃないか、少なくとも両親のどちらかは欧米人なのかなと和人は思った。
服装もセンスが良くて都会的で、絶対に村では見かけないタイプの女性。
和人は胸の高鳴りを感じた。
こんな人が自治体の職員ってことも無いと思うんだけど・・・と、和人は考えた。
自治体の職員の中にも女性は何人もいたけれど、彼女のようなタイプの女性はもちろん居なかった。
「すみません。ちょっと道を教えていただいてもいいですか?」
女性は、スマホの画面を指しながらそう言った。
「いいですよ。どこ行かれるんですか?」
自治体の職員じゃなかったのかなと思いながら、和人は答えた。
ふと、背後から強い視線と不穏な気配を感じた。
リキだ。
この女性には、リキの姿は見えていない。
和人は女性の方を向いているので見ていないけれど、リキが戦闘態勢に入っているのが分かる。
全身の毛を逆立てて、低く唸っている。
村人の誰に対しても、リキがこんな風に攻撃的になった事は一度も無かった。むしろ村人皆んなと仲良くやっている。
自治体の職員に対してですら、策略的に怖がらせる事はしたけれど、こんな風にはならなかった。
和人はリキの様子が気になりつつも、女性は普通に話しかけてくるし、急に無視して逃げるわけにもいかないと思った。
「ここへ行きたかったんですけど」
と言って女性が指差したスマホの画面を見ると、行こうとしているのはやはり宿泊施設だった。
その場所は、この村のもう少し奥にある隣村の方だった。
更に奥の村から始まって、女性が行きたいと言っている村も開発がかなり進んでいる。
宿泊施設もいくつか出来ているし、行きたい人が居ても全然不思議では無い。
事実、和人は今までにも何度か、旅行者らしき人に道を聞かれたことがあった。
「このままここの道を真っ直ぐ奥に進んだら、多分分かると思うんですけど」
「ありがとうございます。助かりました。あの・・・さっきから思ってたんですけど、もしかして、藤野森さんって家の方じゃないですか?私の知ってるのはもう少し年配の方なんですけど。あまりにそっくりなので」
「え?そうですけど・・・父と知り合いだったんですか?」
女性は、和人と父親の名前だけでなく、母親、祖父母の名前まで知っていた。
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